順位を告げる祝砲が轟く。
村上が振り返るとリリーベルとロロウェルミナが、水辺から上がってくる姿が見えた。
二人ともびしょ濡れだがやり切った顔だ。
(親父さんとヴァルに勝ったんだな)
客席近くにある特別露店販売所に気が付いたのか、リリーベルが小さく手を振ってくれた。
手を振り返すと気恥ずかしそうに前髪を整えながら、控室へと戻っていった。
(おめでとう、二人とも)
「ギュウドン一つ、こっちもくれ!」
「こっちもだ!」
感傷に浸る暇もなく、露店へは客が詰め寄せていた。
「はい、こちら牛丼(並)、そっちは大盛ね」
途絶えることない客足を村上は次々とさばいていく。
すぐ近くでは満足そうに見つめるミアウェルナウの姿があった。
「やはり皆さん、ムラカミ様の料理に興味がおありですね」
「一等地をご紹介いただいたおかげで大盛況ですよ」
「とてもおいしい料理を皆に振舞えただけでも、私は満足です」
と言いつつも、牛丼の香りがしっかりと客席に流れるように、風通りの良いところをセッティングする辺り、さすが母君である。
「食事の匂いで二人を釣る気だったんですか?」
「ふふ、どうでしょう。
ムラカミ様の露店販売する料理の選択が勝利へと導いたのかもしれません」
「だと嬉しいですが」
村上とミアウェルナウは笑い合う。
水路を見下ろすとトボトボ歩く領主とその領主の肩を抱いて、観客に豪快に手を振って歩いているヴァルの姿が見えた。
★☆★
その後、決勝レースが行われた。
だが初めて水路レースを経験した二人にとって、前優勝者との争いに勝てるわけもなく、辛くも3位入賞に落ち着いた。
「ずるいですわ、前優勝者があんなに強いなんて聞いていませんもの」
「彼らはアウラレイクの水上保安も務めているからね。
よく頑張ったな、ロロ」
ヴィーゼ家に戻った大広間。
村上、リリーベルはヴィーゼ一家と祭りの余韻に浸っていた。
夕日が街を静かに照らす。
だが人々の熱気は冷めやらず。
これから深夜に向けて飲み屋から人々の語り合う声や歌が鳴りやまぬだろう。
オレンジに反射する湖は窓辺に立つロロウェルミナの表情を照らす。
彼女の言葉を待つように両親は静かに見つめていた。
「シェフムラカミ」
「いかがしました」
決意を秘めた表情は、以前の猫のようになつっこい表情とは違う。
「初めて食べた魚をパンで挟んだ料理を教えてくださらない?」
「ええ、お任せください」
こんなこともあろうかと、軽食の女神にテスターとしてのメールを送っておいたのだ。
(材料とおおよその作り方も詳細ページで分かると親切です――てね)
返信は秒で戻り、数十ページにも及ぶ、「ここ最近人間界を旅行して楽しかったこと」の雑談の最後に対応します、との一文が添えられていた。
「では、調理場で作りましょう」
ヴィーゼ家の調理場へと場所を移して素材を並べる。
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【ヴィーゼ風フィレオお魚バーガー素材】
・ハンバーガーバンズ
・チーズ(本来はチェダーチーズ)
・ソース(本来はタルタルソース)
・塩
・小麦粉
・卵
・パン粉
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調理場のメイドさんに集めてもらったが、素材を準備して村上は唸った。
(ううむ、この世界じゃ手に入らない食材もやっぱり多いな)
「基本的にはタラを油で揚げてフライにして、ソースを乗せてパンで挟んで完成です」
「問題はソースね」
以前、販売したフィレオお魚バーガーの味を思い出しているのか、ロロはエプロン姿で天井を仰ぐ。
「シェフムラカミがいう、まよねーずというものは無いけれど――あれは、卵に酢と塩と油を入れた感じかもにゃ……」
(へえ、世界を旅して料理を学びたいって思いは本当なんだな)
ロロウェルミナは猫耳、銀髪の長い髪とまさにお嬢様といったドレス姿だが、舌に関しては敏感なようだ。
シャカシャカと調理道具でソース作りを始めるが、どうも納得いかないのか、何度か作り直す。
「こんなもんかにゃ……少し酸っぱいけれど、もっと研究は必要だわ。
あの時の魚を挟んだパンはもっと違うものが入っていた……」
リリーベルが不安そうに村上を見上げるが、首を振った。
「大丈夫、ロロウェルミナさんなら自分で気が付けるよ」
「は、はい――がんばれ」
「ええとタマネギ、キュウリ、ピクルス――だったと思うわ!」
村上は拳を握る。
女神が教えてくれたレシピに大きな違いはない。
その後も、四苦八苦してある程度形になったのは日が落ちてからずいぶん経過してからの事だった。
「できたー!!!」
鼻にマヨネーズを付着したままロロウェルミナは飛び跳ねた。
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【本日の夕飯】
・ヴィーゼ風フィレオお魚バーガー
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白いお皿の上には四角い食パンに挟まれた白身魚のフライが挟まれている。
バンズを作ることができなかったので、パンは切っただけになってしまったようだ。
味覚は良い。
飾りつけなどは、もう少し勉強は必要だが、思い出しながら作ったにしては上出来である。
「パパ、ママ、それに二人とも、さあ、召し上がれ」
ケビンとミアウェルナウはヴィーゼ風フィレオお魚バーガーへとフォークを伸ばそうとする。
が、二人は顔を見合わせてフォークとナイフを置いた。
「ムラカミ殿の料理は、かぶりつきましたな」
両親はパンを掴み、フライとパンの香りを楽しみ、一口。
目を大きく見開いた。
手が汚れるのも、言葉を放つのも忘れるほどに、口へと料理を運んでいく。
「俺たちもいただこうか」
「はいっ」
領主夫婦と同じようにフィレオお魚バーガーを運び、いつものようにリリーベルは銀河の如く瞳を輝かせた。
「ど、どうかしら」
エプロンの端を掴みながらロロは両親へと投げかける。
「こんなおいしい料理。
パパは生まれて初めてだよ、ロロ」
「もうここまで作れるようになっていたのね」
二人はロロを見つめて立ち上がって彼女を抱き寄せた。
「良かったですね、ロロ」
「俺たちも少し席を外そうか」
一瞬不思議そうにリリーベルは村上を見上げたが、察したようにすぐに頷いた。
(初めて屋敷に案内してくれた時、寂しいって言ってたのは、こういうことだったのか)
「街をあげたお祭りも、家族の団欒にゃ叶わんな」
フィレオお魚バーガーの最後の欠片を口に押し込んで、村上たちはリビングを後にしたのだった。