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第16話 勝利への架け橋は甘じょっぱい。

「リリーベルさん、ロロウェルミナさん!!」


 市街地を抜けた先で巨大な水柱が上がり、虹を作る。


 村上はコースを一望できる高台から、二人の健闘する姿を目に焼き付けていた。


「俺に出来ることはもう何もないのか……!」


 これはリリーベルとロロウェルミナの戦いだ。


 旅人の村上が手を出す余地はないのだろうが、二人の熱意を感じ取るとこちらもいても立ってもいられない気分だ。


「市街地を抜ければ、橋の下を幾つかくぐり、円を描くように戻ってくるのみか……」


 となると、生き残るために射手の活躍が重要になる。


 と、視界で小さく手を振る姿が見えた。


 頭に揺れる猫耳は娘と同じ。


 ドレスは優雅で美しい淑女は――。


「ミアウェルナウさん」


 彼女も同じ観客席で観覧していたようだ。


 村上が人込みをかき分けて、彼女が座る場所まで進む。


 するとミアウェルナウさんは、嬉しそうに村上を出迎えてくれた。


「お呼び出して済みません。

 動きが取れなかったもので」


「お気になさらず、それよりいかがなさいましたか?」


「ロロは大きくなりましたわね。

 自分の道を勝ち取るために戦う程に」


「はい、ロロウェルミナさんは立派だと思います」


 村上自身は、会社で現状を変えることができなかった。


 なので、自分の力で道を切り開く者は、年齢性別問わず素直に尊敬していた。


「ですがあのエルフの戦士はなかなかの強者ですね――」


 ミアウェルナウもヴァルの只者ならぬ能力には気が付いているようだ。


「ええ、けどリリーベルさんならきっと、彼女を超えます」


 激戦を繰り広げながら、進む二つの舟を見つめながら村上は断言した。


 会ってまだ数日だが、リリーベルの決意にはそれだけの説得力があった。


「――ふふ、ムラカミ様はロロもリリーベルさんも信頼しているのですね」


 信頼、それは現代で自分に向けられることはなく、それ故に相手に向けることすら忘れてしまった気持ち。


「そうかもしれません」


 気恥ずかしくて頭を掻きながら、村上は答えた。


 ミアウェルナウは、にこやかに笑い、手をポンと打った。


「話は変わりますが――ムラカミ様は色々な料理を扱っているのですよね」


「ええ、そうですが」


「では、少しお願いがあります」


 瞳の奥にきらりと輝く瞳孔は、娘を思う気持ちが強く込められているようだった。


★☆★


「くっ、追い抜けませんわ!」


 水の上でも小回りが効くケルピーだが、ヴァルの直撃無視のウォーターアローの雨はなかなか超えられない。


「――気分を落ち着けて」


 自分に言い聞かせるようにリリーベルの囁くような声がロロの耳に届いた。


 リリーベルは杖を両手でしっかりと握る。


 まるでライフルを構えるように膝をついて片目を瞑る。


『おおっと、ロロ艇の射手が不安定な足場で膝をついたぞ。

 ヴァル選手の猛攻により、ついに膝を屈したかー!?』


「波を感じて――」


 桜色の小さな唇から僅かな空気が吸い込まれては吐き出される。


「リリー、あんたらやれますわ――!!」


 水爆撃や他の選手の攻撃を避けつつ、ロロはリリーベルへと叫んだ。


 リリーベルの意識が集中し、水色の瞳が収縮していく。


「はあ――はあ――」


 時間が停滞していくのを感じる。


 ヴァルが杖の先端にウォーターアローを作りだす。


 魔力を溜めたまま杖を振り上げる。


 ヴァルの視線が水面へと向かい、長杖を叩きつけ――。


「――ふっ」


 時間が停止したような世界の中、リリーベルは鋭くイメージしたウォーターアローを放った。


 矢は針のように鋭く、音よりも早く進む。


 着弾した場所は、ヴァルの杖の先端にある水晶。


 魔力がたまり、今まさに水面に叩きつけられようとしている瞬間だった。


「なっ――」


 水晶を狙撃され、行き場を失った魔力は叩きつけられる前に、その場で暴発を起こす。


「――にっ!」


 ――ドオオン!


 ケビン艇自体が水柱を上げた。


『おおっと、何故か我らが領主様の舟が爆発したあああ!!!

 民としては面白いが、表向きは心配しておこう――領主様は無事なのか―!?』


 昇る水流が落ち着いたとき、ケビン艇の姿が見える。


 舟艇の左わきが破損したが、どうやら転覆は免れたらしい。


 領主は再び抗議を上げているようだが、 観衆の声にかき消されていた。


 失ったスピードを取り戻そうと、ケルピーの手綱を握ったその時、爆速で追い抜いていく影。


『ここで1位を勝ち取ったのは、我らが天使、我らが聖母、ロロウェルミナ様&リリーベルの二人だあああああ!!!』


「パパ、残るところの直線、いただきますわ――!!」


「ま、またんか!

 ヴァルさん、後ろから狙い撃ちを!!」


「ちっ、さっきの衝撃で杖が消えちまった!」


「な、なんですと!?!?!

 で、ではもう終わりじゃないですか、世界の!

 私の大好きな娘が旅立ってしまうではないですか!?」


「まあ、そう泣き言いいなさんな!」


 ヴァルはにやりと笑うと、並走している他の舟へと狙いを定める。


「今、武器は調達してきてやるからよ」


「ヴァルさん、な、何を!?」


 ――ケビン艇が一瞬軽くなったかと思うと、再びすぐに重さを取り戻した。


「ただいま……っと」


 取り戻した、というのは生ぬるい。


 さらに重くなったともいえる。


「ヴァルさん、舟が異様に重いのですが」


「ああ、他の射手が杖をどうしても離さなかったからよう。

 叩き落して、をもらってきたわ」


「ふ、ふねですか!?」


 あまりの驚きにケビンが後方を確認すると、両手で軽々と舟を持ち上げているヴァルがいた。


 しかもすでに投擲の態勢に入っている。


「こいつをぶつける。

 だからスピードはしっかりあげてけよ――!!」


 大きく船が揺れるが、ヴァルはお構いなしに舟をぶん投げた。


『前代未聞だ!

 相手の舟を武器代わりに投げる姿はまさに戦乙女!!

 ウォーターアローではございませんが――武器を失ったため、知恵と工夫によりセーフとします!』


「そ、そんなのありにゃの!?」


「ロロさん、撃ち落とせません!!」


 ロロがいくらスピードを上げようが、リリーベルがウォーターアローで打ち抜こうが、投擲された舟から逃れられない。


 影はぐんぐんと迫り、ついに二人を捉える。


「「きゃあああああああああああ!」」


 ――ドンッ!


 巨大な水柱が上がり、天から打ち上げられた水が豪雨のように落ちてきた。


「どおおだ、これが私の力だ!

 マリアベル、てめぇには、絶対に負けないからなあ!!」


「うははは、パパの勝ちだ、ロロ!!!

 毎日パパと一緒にお出かけしてご飯を食べて、可愛がるんだもんねー!」


 真っ二つに折れて沈む舟を追い越して、高笑いしながらケビン艇は進む。


 残る直線は100メートル。


 迫る他の舟もいつの間にかヴァルの水柱で撃沈していた。


 会場の誰もが領主の優勝をイメージした。


 あの謎の自信に満ちた憎たらしい顔で表彰台に立つ姿が、誰の目にも明らかだった。


 よくできた領主だが、民と仲が良いからこそ、優勝して威張る姿は、それはそれで面倒くさそうだった。


「ロロウェルミナ様……!」

「リリーベル!」


 どこの誰が発したのかもわからない。


 小さな声が響き渡りそれはやがて波になる。


「ロロウェルミナ様……!」「リリーベル!」

「ロロウェルミナ様……!」「リリーベル!」


 波はやがて大歓声となる。


「ロロウェルミナ様……!」「リリーベル!」

「ロロウェルミナ様……!」「リリーベル!」


「ぬははは、いくら叫んでも無駄よ!

 ロロたちの舟は撃沈したからな!!!」


 台詞は完全に悪役である。


「なあ、領主さんよう。

 しかし、なんか匂わねえか?

 甘ったるいような、煮詰めたような……?」


 鼻をクンクンとさせながら、ヴァルがいぶかしむ。


「これこそ勝利の味というものでしょう。

 人生で一度も勝利したことないので知りませんでしたが、勝つときは本当に匂いがするんですな。うーん、腹が空く良い香りだ」


 距離は残り50メートル。


 領主が手綱から手を放して、両手を上げて観衆に勝利宣言をしたときのことである。


 領主とヴァルの頭上に影を落とす二つの何かが飛び越えていった。


「な――!?」


 それはケビンかヴァルの声か、誰も分からない。


 観客たちはよく見ていたであろう。


 割れた板を、サーフボードのようにして、水中から飛び出した二つの影。


 二人はびしょ濡れになりながらも、離れ離れにならないようにケルピーの手綱をお互いに握り合っている。


 もう片方の手にはお互いに長杖を装備している。


 ウォーターアローを放ち、ジェット水流の要領で前進し、推力を利用したダブルバックフリップとダブルバレルロールを決めていた。


「親を超えさせてもらうにゃ、パパ!」


「ヴァル――、1位の景色、見せてもらいます!」


 ゴールテープを切ったのは言うまでもない。


 破壊されながらもお互いを支え合い、知恵と勇気で立ち上がったロロとリリーベルの勝利だった。


 ――だが、彼女たちの活力を呼び起こした立役者も存在する。


 特別販売所にて、小腹が空いた観客へ牛丼を振舞うオジサンが一人、二人へと拍手を送っていた。


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