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第19話 無理と笑われても、見たい景色

 エメラルド山脈は緑豊かな木々が生い茂る。


 森林の隙間から指す木漏れ日は頂上から流れてくる小川をキラキラと輝かせる。


 村上一行は商人たちの往来によって踏み固められた山道をのんびりと歩いていた。


 リリーベルだけ革の手帳を開きながら先頭を歩く。


「エメラルド山脈で、母は山間の村で朝日と夕日に感動したそうです」


「こ、この傾斜の先に村があるなら……はあ、はあ、見下ろす風景は相当綺麗だろうな」


 40代の村上はすでに息が切れている。


 軽食の女神から貰った巨大なリュックに重みはないので、単純に運動不足が原因だ。


「師匠、わたしが手を引いてあげますかにゃ?」


 うしし、と笑いながら軽快な足取りで並ぶのは猫耳お嬢様のロロウェルミナ、通称ロロだ。


「孫とお爺ちゃんみたいになるから、さすがに遠慮するわ……」


「あと願掛けの神木でお参りしたそうです」


「はあ、はあ、ひー……キツイぜ。

 願掛けの神木……が、あるんだな」


「はい、旅の無事を祈ったそうです」


「そういえばリリーママの旅の目的って何だったんだにゃ?」


「エルフは土地に根ずく種族なんです。

 母はその考えが嫌で、冒険者になって世界に名を轟かせたい――そんな想いを持った旅だったようです」


「大きな夢を持ってたんだな」


 体力が限界だったので村上は開けた場所で休憩を促した。


 丁度、商人たちも馬車を止めて休んでいる広場があるのでリリーベルとロロは頷いた。


「大きな夢――大きすぎたようです」


「どういう意味かにゃ?」


「現実味がなくて、誰に話しても理解されず、止められ、嘲笑され――だから、さらに火が付いたようですね」


 リリーベルは苦笑しながら座りやすい切り株へと腰を下ろした。


(俺にも思い当たる節があるな。

 周りが辞めろ、無理だと、無意味だとばかりいう環境か)


 村上は氷河期時代の人間だ。


 様々な将来を選択できる青年時代は、声優業が人気絶頂期だった。


 結局しがないサラリーマンになってしまったが、当時はお芝居を学んで声優業を一生の仕事にすると意気込んでいたものだ。


「それを笑わずに支えてくれたのが父だったようです」


「へえ……それで結局お母さんはどうなったんだい?」


 チートスキル「ファストフード」により、アップルジュースを3本呼び出して、二人にも手渡す。


「神眼のマリアベルと呼ばれるほどには有名みたいですよ」


「し、神眼のマリアベル――!?」


 ロロはジュースを口に含み、危なく吹き出しそうになっている。


「有名なのか?」


「ゆ、有名なんてもんじゃないにゃ!

 小さい頃、よく冒険譚をママに読んでもらってた人にゃよ!

 滅びた古代王国を復興したり、魔王の末裔を改心させたって話にゃ」


「そ、そりゃすげえな」


 ということは旅の仲間だったヴァルも、もしかしたら伝説急に有名な人だったんじゃなかろうか。


 もしかして水路レースではリリーベルの成長のために手を抜いてくれてたから、終わってからもスッキリとして別れたのかもしれない。


「様々な街を巡ってトラブルを解決して――皆にとっては英雄だったのかもしれません」


 両手で優しくコップを包みながら、溶けだしている氷を見つめた。


「もちろん私にとっても英雄でした。

 だからこそ、亡き母をもっと知りたい、超えたい――と思ったとき、同じような旅路を歩いてみたくなったんです。

 それこそ、『無理だ』、『無意味だ』と沢山言われ続けましたけどね」


 エルフの里を思い出しているのか、遠い目で草原に目を向ける。


「俺も今思えば、周りの声なんて無視すれば良かったよ」


「ムラカミさんも、何かあったんですか?」


「オッサンになるほど生きるとな。

 自分では『行ける』、『俺って天才!』って想いを、握りつぶさずに挑戦してたら良かったんだ。

 他人の正論はってのはいつも正しいけど、挑戦する夢には呪いだったんだと後で気が付いたよ。

 他人の呪いで諦めた想いってのは、ずっと心の片隅に残っちゃうんだよな」


「……そう、ですよね」


 リリーベルは、自分の想いも流し込むように、ぐっとオレンジジュースを飲み干す。


「ありがとうございます、ムラカミさん。

 ええ、私も私の想いを大切にしたいと思います」


「うんうん、それがいいにゃ!」


 大きくうなずくロロ。


(ロロは自分を信じることは得意そうだな)


 その時、広場がざわついた。


「ん――?」


 一人の商人が、他の商人に大きな声で説明しているようだ。


「少し聞いてくる」


 村上は他の休憩中の商人たちと共に、声を上げる男性へと近づいた。


「ダメだ、この先、進めそうにもねぇ!」


「何かあったんですか?」


「あったも何も、大木が倒れて道を塞いでんだよ。

 ありゃハンティングベアーの仕業だな。

 くそ、どうすんだよ!」


「なるほど、大木ですか」


「曲がってすぐだから、見てきたらいい。

 ハンティングベアーも近くにいるかもしれないしな。

 今日は引き返すしかないかもしれん」


 うーんと村上は唸り、腕を組む。


 戻ってもいいが、リリーベルの母を追う想いを無下にはしたくない。


(無理だと笑われても……か)


「……やってみるか」


 無謀に見えることは、時に踏み出してみなければ、その先の景色は見えやしないのだから。


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