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第20話 忘れた夢を煮詰めれば

 休憩広場を出て道なりに進んだ曲がり角の先。


 道を塞ぐように大木が倒れている。


(片側は険しい崖、反対は切り立った壁が続いている……迂回できそうにないか)


 巨木は崖の上から落下してきたのだろう。


 深い爪痕も残っている。


「うわあ、大きな爪跡だにゃあ」


 掌を重ねるロロだが、あまりにもサイズが違いすぎる。


 おそらくハンティングベアーは2~3メートルの巨体ではなかろうか。


「どうしましょう、ムラカミさん。

 これほどの事故なら、数週間待てばヴィーゼ領の兵士が何とかしてくれると思いますが……」


 残念そうだが仕方ないとリリーベルは肩を落としている。


「パパもすぐに派遣してくれればいいんにゃけど、案件が多くて手が回ってないにゃからねぇ」


「なら、いっちょ一肌脱いでみますか。

 うまくいくかは分からんが」


 ワイシャツの袖を腕まくりして、村上は大きく伸びをする。


「ま、まさかこの巨木をおひとりで――!?」


「さすが師匠にゃ!!」


「残念ながら、俺には最強無双系の力ってやつはないのさ」


 村上の言葉の意味は分からないだろう。


 だからこそ、二人は首を傾げる。


「失敗してもオッサンが笑われるだけだ。

 挑戦する価値はある」


 不敵に笑いながら、村上は商人たちが騒めく広場へと、意気揚々と戻っていくのであった。


★☆★


『どうする、戻るか?』


『ハンティングベアーが近くにいたらどうする?』


『戦えるやつはいないのか?』


『戻っても、いつ通れるようになるか分からんぞ』


『商品が全部ダメになっちまうな』


 各々、悲しみの声を上げるとき、何処からともなく広場に音が響く。


 ――パン、パン!


 両手で手を打つ音だ。


 ざわついていた商人たちが一斉に音のなる方へと目を向ける。


「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!

 ここにあるは遠方では当たり前でも、この辺じゃ物珍しい料理だ!」


 簡易テントの前にはスーツ姿で腕をまくって威勢よく話す村上の姿があった。


 だが彼を知る者が見れば違和感に気が付くだろう。


 ――何かが違う。


 リリーベルとロロは離れた場所から村上をじっと見つめていた。


「師匠、普段と別人みたいにゃ……」


「あんなに活力があって、威勢よく話す姿は、まるで……異国の商人のようです」


 二人が言うように、村上は異国の商人を脳内に描いていた。


(遠方から珍しい料理を売りに来た旅人。

 年は30代ほど、屋台から初めて自分の店を持つのが夢――)


 自分の中で演じる役の設定を練る。


 役者時代に学んでいたお芝居の技術が光る。


「聞いて驚きなさんな!

 今日の料理は食べたら力が湧き出る魔法の料理だ!」


 村上の前のシートの上には、飾りつけの鉢植えの他に、銀色の皿がいくつも並ぶ。


 皿の上にはご飯が盛られ、黄色いルーがかけられている。


「野菜を何時間も煮込み、さらに上には精のつく肉を油でこんがりと揚げたトンカツ! フレッシュなキャベツも大量に!」


 見物している一人の腹がなる。


「道が塞がれちゃ、これらの料理も腐るだけだ!

 今日は一つ840Gのところ、400Gでご奉仕さ、さあ、喰っていかねぇか!」


「じゃ、じゃあ俺に一つくれ」


 食欲をそそるロースカツカレーの匂いが鼻孔をくすぐったとき、我慢できずに一人の商人が手を挙げた。


-----------------

【本日の料理】

・ロースカツカレー(ゴリラ印のカレー)

・840Gのところ400G

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 男が先割れスプーンを受け取ると、ごくりと喉がなる。


「では、いただく」


 ソースがたっぷりとかかっているロースを突き刺し、恐る恐る口へと運ぶ。


「ふあ……あああ!」


 あまりの上手さに理性が吹き飛んだようだ。


 続く商人たちも同じように注文をしていく。


「見たこともない肉だが、確かに魔力があるような旨さだ!!」


「フレッシュな野菜も、肉との合間でアクセントになる!」


「このドロッとしたスープは……複雑な味とスパイスが煮詰められているのか……?!」


 この休憩所にいる商人は既に15名ほど、馬の数も同数ほどいる。


 あらかた食べ終えた姿を見ると、知らぬ間に村上の姿は無くなっていた。


「あれ、師匠は……?」


「ロロ、絶対に後であのご飯、食べさせてもらいますよ……!」


 ロロの話を聞かずにリリーベルは、知らずに溢れる唾液をそっと拭う。


「今なら、馬とみんなで巨木を動かせるぞ!

 ロープを持ってきてくれ!!」


 何処からともなく青年の声が聞こえる。


「師匠――みたいな声だけど、なんかいつもと雰囲気が違うような気がするにゃ?」


 誰の声か疑い深いままロロは首を傾げる。


 それもそのはず、村上はすでに巨木へと多くの商人たちを誘導していた。


 村上の一声により、商人たちはロープを巨木に結び、さらに自分の馬へとつなげる。


「崖下に落とすぞ!

 馬に繋いだロープは手前で外すから合図を待て!」


 人込みの中から声が聞こえる。


 だがその声は誰でも良かった。


 異国の料理で体を温め、精が付いたような気持となった商人たちは一致団結して巨木を押す。


 馬たちも指示に従って本来動かないほど大きい木をずらしていく。


「ロープを外せ!

 俺たちで押すぞ!」


 馬のロープを外し、さらに人力で押す。


 場所によってはテコの原理を利用してがけ下へと誘導し――。


 ――音もなく、道を塞いだ木は落下する。


『うおおお、やったぞー!!』

『魔法の料理のおかげだ!』

『俺たちだけでやり切ったんだ!!』


 大歓声を上げる商人たちを横目に、額の汗を拭きつつ、ムラカミが姿を現した。


「ふう……もう少し、差別化を図った方がキャラクターとしては面白かったかもな……」


 芝居の自己分析をしながら広場へと戻り、リリーベルとロロのもとへと向かうと二人が駆け寄ってきた。


「凄いにゃ師匠!

 まるで何人も別人が居たみたいだにゃ!」


「必死だったから、恥ずかしいけどな」


 照れ隠しに頭を大げさにかく。


「ムラカミさん、凄いです。

 戦わず、大きな力を発揮するでもなく、道を切り開くなんて……感動しました」


「リリーベルさんまで、褒めすぎだ。

 いや、ガラにもないことをしたな。

 じゃあ、俺たちも登山を再開しようか」


 歩き出そうとしたとき、袖を強く引かれ、つんのめる。


「うおっ」


 引いたのはリリーベルだった。


 頬を赤く染め、地面を見ながらもちらちらと村上の目を見つめる。


「そ、それで、あの、先ほどのお料理を、あの……ちゅ、昼食にしませんか?」


 村上は微笑み、再び広場で腰を下ろした。


 急ぎの旅ではない。


 ゆっくりと昼食を取るのも、悪くない。


(無謀な挑戦をした後のカレーは絶品だからな)


 三人は目指すべき山間の村と、願掛けの神木について談笑しながら昼食をするのだった。


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