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1-2

 突如現れたバニーガールは1時間ほどで店を出ていった。

 店を出て横断歩道を渡る姿を思わず目で追ってしまい、やばいと思ったが、通りを歩いている人もみんな、バニーガールを見ていたのでなんだか安心してしまった。自分だけじゃなかったらしい。

 強烈な出会い――といっても一方的に見ていただけだが――にドキドキしながらも、滄史はひとまずプロットを書き上げた。といってもこれはまだ叩き台のようなもので、ここからまた色々と練ってはバラし、組み立てては壊してく予定だ。

 時刻は現在23時半を回ったところだ。今日はひとまず切り上げた方がいいかもしれない。

 データを保存してノートパソコンを閉じる。ケースにしまってリュックに入れ、財布をとりだす。

 スマホも回収し、伝票を持って席を立つ。レジの前まで来ると、レザー調のキャッシュトレイの前にスマホが置かれていた。

 誰のスマホだろう。と思いながら滄史は伝票を置いてベルを1回だけ鳴らす。奥にいた男性の店長がバタバタと足音を鳴らしながら現れる。

「すいません、お待たせしました。えー……アイスコーヒーですね。400円です」

「……これで」

「はい、500円お預かりします。100円のお返しですね」

「どうも、ごちそうさまです」

「いつもありがとうございます。あっ、お客さん、スマホ」

 支払いも終わり、店を出ようとしたところで店長が声をかけてきた。あれが滄史のものだと勘違いしているらしい。

 滄史は軽く手を振って答えた。

「いえ、これ僕のじゃないんです。誰か忘れてったんじゃないですかね」

「あっ、そうだったんですか。うーん、そっかぁ……」

 店長がスマホを持って考え込む。

 実際のところ、滄史はそのスマホが誰のものなのか察しがついていた。

 まず滄史がこの店に来た時はなかった。そしてあのバニーガールが現れ、その数分後に1人の男性客が来た。

 しかしその男性客はなにかあったようで、コーヒーを持ち帰りにしてもらい、スマホで誰かと通話しながら店を出ていったのだ。

 そしてバニーガールも帰った。それから客が訪れることはあれど、帰ることはなかったので、このスマホは十中八九バニーガールのものだろう。

 だが滄史はなにも言わない。滄史がすぐに思い至るのだから、他の人でも同じだろう。なにより関わるのが面倒という気持ちもある。

 ゆえに、なにも言わず立ち去る。財布をリュックの定位置のポケットに入れて今度こそ踵を返す。

「おっ、これあれだ。『Jewel Dream』の人のだ」

 店長が閃いたといった感じで声を上げる。『Jewel Dream』という知らない単語が聴こえたが特に気にせず帰ることにする。

「すいません、お客さん」

 また呼び止められ、滄史はついつい足を止めてしまう。

 嫌な予感を覚えながらも振り向くと、店長がスマホを持って微笑んでいた。

「な、なんでしょうか」

「このスマホ、さっきいたお客さんのものみたいなんですよ。ほら、バニーガールの格好してた子。いたでしょ?」

「……えぇ、まぁ。分かりますけど」

「あの子、向かいの大通り沿いの『Jewel Dream』っていうクラブのバニーガールだと思うんですよね。良かったら、届けてあげてくれませんか?」

「……」

 思わぬ展開に言葉を失う滄史。なんで僕がという顔をしていると、店長が「いやー」なんて言いながら太い指でこめかみを掻く。

「私が届けたいとは思うんですけど、店を開けるわけにもいかないので、良かったらなんですけど」

 良かったら、なんて言いながらも店長はスマホをさっきよりも前に出していた。

 明らかに押し付けようとしている。店にはもう1人女性の店員がいるだろうから別に開けても問題ないはずなのに。

 そもそも、滄史としてはわざわざ届ける必要があるとすら思えなかった。スマホを置き忘れたのならすぐに気づくだろうし、向こうが取りに来るまで保管していればいいだろう。

 なぜ見ず知らずの人間に自分が店へ出向いてまで届けなければならないのか。

 ここははっきりと断らなくては。今は忙しくてそれどころじゃないのだ。

「……まぁ、いいですよ。届けるだけなら」

「本当ですか? ありがとうございます」

 店長が朗らかに笑い、スマホを渡してくる。

 滄史はぎこちない手つきでそれを受け取り、「それじゃあ」と言って店を出た。

 パタンっとドアが閉まり、夜の空気が首に張り付いてくる。

「……なにやってんだ僕は」

 だっはぁーっと滄史はため息を吐く。嫌われたくなくてつい了承してしまった。

 手元にあるスマホを見下ろす。どう考えたって断った方がいい。物騒で疑念が蔓延る世の中だ。なにか裏があるんじゃないかと疑われてしまうかもしれない。

 こうなったら交番に届けようか。いや、もしも持ち主があの喫茶店で忘れたことを憶えていたとしたら面倒なことになる気がする。

 店のポストに入れておくとか――もしもそこを誰かに見られたら怪しまれるだろう。

「しゃーない、普通に渡すか。確か大通りの店って言ってたよな……」

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