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1-5

 同日、夜9時。滄史は会員制クラブ『Jewel Dream』の目の前に来ていた。

 隣には担当編集である安達行平がビシッと高そうなスーツを着て立っている。

「よし、行くぞ滄史」

「なんでだよ! なんで僕が安達さんとクラブ行かなきゃいけないんですか!」

 思ってもいなかった展開に改めてツッコミを入れる滄史。安達は「ハッハッハ」と適当に笑うだけだ。

「なんだまだ言ってるのか滄史。お気に入りの作家を連れていくって言っただろ?」

「いやだからそれは、僕じゃないというか、僕以外にもいるじゃないですか」

「あのバニーガールに会ったのはお前だろ? お前がいなきゃ会えないじゃないか」

「別に探して指名すればいいじゃないですか……マジで行くんですか?」

「行くよ。大丈夫、私のおごりだ。遠慮するな」

 安達がニカッと白い歯を見せて笑って見せてくる。自他ともに認めるイケおじの爽やかスマイルに滄史は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、チラッと視線をやる。

 安達行平は中年と呼ぶにはあまりにも眩しい男だ。

 180センチを優に超える身長とスラリと伸びた長い足。学生時代はスポーツに勤しみ、今も週3回のジム通いを継続しているおかげでその体はしっかりと均整がとれていて、全く腹が出ていない。

 シワがなくハリのある顔や首元、しっかりと手入れされた黒髪は艶があり、あまり年齢を感じさせない。ドラマや映画に出てくる中年のイケメン俳優みたいなビジュアルだ。

 対する滄史はあまり冴えない表情だ。ほとんど昼夜逆転した生活を送っているせいか、どうにもその瞳はくすんでいて、慌てて剃ったせいで無精ひげが首に少し残っている。

「あの、安達さん。僕スーツじゃないんですけど、こういうとこってドレスコードとかあるんじゃないですか?」

 店へ入る前に滄史は恐る恐る訊ねる。そう、滄史は安達と同じスーツスタイルではなく、黒いチノパンと白シャツにネクタイなしと、カジュアルな服装なのだ。

 今の季節が夏だからというのもあるが、単純にすぐ用意できるカチッとした服装がこれくらいしかなかった。スーツは一応持ってはいるが、もう1年以上袖を通していない。

「なんだよ、大丈夫だって。ドレスコードなんて言っても相当酷い格好じゃなければいいんだから」

「……まぁ、別に追い出されてもいいんですけど」

「そんなこと言うなって。美人バニーガールに会うんだろ? ほら行くぞ」

 バンッと軽く背中を叩かれたと思ったら、安達が笑いながら階段を上っていく。

 別に会いたいわけじゃない。心の中でぼやきながら滄史はとぼとぼと歩き、安達の後に続いた。



「いらっしゃいませ安達様」

 仕立てのいい燕尾服を着た男性が厳かに迎え入れる。

 入り口前にいたガードマンのボディチェックも済み、静脈認証も難なく通り、2人はクラブ『Jewel Dream』に入った。

「本日はお連れの方もご一緒で」

「あぁ、実は彼とここの女性と縁があってね」

 気さくな調子で安達が燕尾服の男性と喋る。

 ただの世間話ではなく、今日店に来た目的を探っているらしい。大っぴらにお姉ちゃんと遊びに来たという人もいるらしいが、安達はそういうタイプでもないらしい。

 安達が滄史とバニーガールとの出会いを話して、燕尾服の男が頷く。やがて準備ができたのか、ホールへと案内される。

 受付と廊下を抜けて、メインのホールへ。扉を開いたその瞬間音と光の洪水が襲い掛かってきた。

 煌びやかで豪奢な内装。明るい雰囲気ながらもシックかつゴージャスな空間。まさしくテレビドラマで出てくる高級クラブそのもので、滄史はそわそわしながらフカフカのカーペットの上を歩く。

 すでに店内でバニーガールと一緒に遊んだり、お酒を飲みながら談笑している客は見るだけでそれなりのステータスを持っていることが分かる。

 なぜこんなところにただの売れないラノベ作家である自分がいるのか。なにも入れていないのに胃の中がおかしくなりそうだった。

 対する安達は特に緊張していない。接待で何度か来たことがあると言っていたが、ここまで自然体になれるものなのだろうか。頼もしいと思う半面、理解できない感情が滄史の胸の中で渦巻く。

「こちらにどうぞ」

 燕尾服を着た男性に席をすすめられ、皮張りのソファに座る。

 目の前にあるガラス張りのローテーブルには灰皿とレザー調のメニュー表だけが置かれていて、滄史は確認したくなる衝動に駆られるが、どうにか抑え込む。

「それではすぐにご案内させていただきます。ごゆるりとおくつろぎください」

 そう言って、燕尾服の男性が去っていく。滄史は改めて周囲を見回して、落ち着かない様子で安達へ視線をやった。

「なんか、想像してたよりもずっと派手というか、賑やかですね」

「今日はそういう日なんだろう。いいことじゃないか」

「……安達さん、やっぱ手慣れてませんか? 出版社の副編集長ってそんなに儲かるんですか?」

「まさか、どちらかというと私の家業だな」

「家業? 編集以外も仕事してたんですか?」

 色々とな。そう言って安達は背広のポケットから加熱式の煙草を取り出す。

 ますます謎が深まった気がしたが、滄史はひとまず流すことにした。

 奥の方の席で複数人の客がこれまた何人かのバニーガールと遊んでいるところが見える。きゃあきゃあ言いながら盛り上がっており、時折客やバニーガールがショットグラスに入ったお酒を飲んでさらに歓声をあげている。

 まさにクラブといった感じの光景に滄史がギャップを感じていると、不意に視界の奥から2人のバニーガールが歩いてくるのが見えた。

 1人は茶髪で正統派美人といった顔立ちとスタイルでパチパチと長いまつげが印象的だ。

 そしてもう1人は――彼女だった。長い黒髪、小さな背丈、左右対称の整った顔は美人という表現が陳腐に思えてしまう。

 そんな2人がまっすぐにこちらへ向かってくる。滄史があまりにも無言で見つめているものだから、隣にいる安達が「彼女だな」とすぐに呟いた。

 2人のバニーガールがすぐ近くにやってきた。滄史と安達、それぞれの隣へ着く。

「お久しぶりです安達さん」

「あぁ、玲奈ちゃん。しばらく見ないうちにまた綺麗になったね」

「えぇ~本当ですかぁ~? やだぁ」

 玲奈と呼ばれたバニーガールが嬉しそうにはにかみながら安達へおしぼりを渡す。

 マメなおっさんだ。女性へのアプローチに勤しむ安達を見て、滄史は呆れて乾いた笑みを浮かべた。

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