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2-7

 夜の公園で一緒に生チュロスを食べて、それから解散――ということにはならず、滄史は光矢を店まで送るため、彼女の隣を歩いていた。

 とはいっても公園から店までそれほど距離はない。なんの話をするべきか考えている間にも店に着いてしまう。

「それじゃあ滄史さん、また」

 店の入り口のエレベーター前で、光矢が振り返る。

 小首をかしげて上目遣いこちらを見つめる光矢。ふわりと豊かな黒髪が揺れて、滄史はそれを目で追いながら頷いた。

「はい、えぇ、また」

「今度こそ、お食事。行きましょうね」

「あっ、はい! もちろん! 行きます! もちろん! ぜひ!」

 滄史は何度も頷き、その姿を見て光矢が口元を手で隠してクスッと笑う。

「そうだ、その、どこか行きたいところとかありませんか?」

「行きたいとこですか? うーん、でもやっぱりまずは滄史さんとお食事に行きたいです」

 光矢のまっすぐな言葉に滄史はゴクッと生唾を飲み込む。一度は流れてしまった食事だが、光矢の方から行きたいと言ってくれたのだ。思っていたよりもずっと距離が縮まっている。

 食事に行きたい、ということならなにを食べたいのか確認しておくべきなのだろうか――しかし、滄史がどう訊いたものか分からず口ごもっていると、エレベーターが降りてきた。

 扉が開き、エレベーターへと乗り込む光矢。あっという間に訪れたお別れの時間に滄史は突然焦燥に駆られる。

 このまま、なんの確約もないまま、口約束だけで分かれていいのだろうか。もう少し確かなことが、はっきりとしたものがほしい。滄史の頭の中はそんな想いでいっぱいだ。

 もっと踏み込むべきじゃないのか――そう思った次の瞬間、滄史は一歩前に出て、エレベーターに乗っている光矢の手をとっていた。

「……滄史さん?」

 いきなりの接触に光矢は目を丸くする。滄史は彼女を見下ろして小さな手を握りしめる。

「あ、あの……さっき言ってなかったことを」

「さっき?」

「食事に行こうって、誘えなかったことです。光矢さんとの食事を」

 しどろもどろで口走った言葉は滄史が想定していない言葉だった。

 違う、言いたいことはそんなことじゃない。だけど一度出てしまった言葉を戻ることはできず、さらに、いきなり方向転換もできない。

「あ、あぁ。お食事ですよね?」

「言うのが、恥ずかしかったんです。こういうこと、したことなくて」

「……女性を、食事に誘うことですか?」

「好きな人を、食事に誘うことです」

 言ってしまった。自分で言っておきながら滄史はハッとして思わず手を離してしまう。

 耳まで赤くなって顔をあげると、光矢は手を握られていた時と全く同じポーズのまま硬直している。

「あっ、滄史さん」

 光矢が名前を呼ぶ。滄史は真っ赤な顔で口をパクパク動かすが、なにも言葉が出てこない。

 そうこうしているうちに、エレベーターの扉は閉まり、光矢は店へと戻っていった。

「……やっちゃった」

 エレベーター前で1人取り残され、滄史は低い声で呟く。

 これ以上ここにいたら光矢とまた会ってしまうかもしれない。今の状態で彼女とまともに話ができるとは思えない。

 今すぐ逃げなくては。滄史は踵を返し、全速力で走り出した。

「あーもう! これだから! これだから!」

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