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3-2

 翌日、滄史はクラブ『Jewel Dream』の前で人を待っていた。

 安達からの話によると、光矢は昨日熱を出し、急遽店を休んだらしい。

 そして今日、熱は下がったので出勤すると話したのだが、オーナーが良しとせず、やむを得ず今日も休んだということだ。

「あっ、久我峰さーん」

 暑い中店の外で待っていると、不意に名前を呼ばれた。

 声が聴こえてきた方へ振り向くとそこには『Jewel Dream』のバニーガールである玲奈がいた。初めて店に来た時、安達についていた女性だ。

「どうも……えっと、ご無沙汰してます」

「あらら、いいんですよそんな丁寧な感じじゃなくて」

 楽し気に笑いながら玲奈が叩くように手を振る。

 以前会ったときはバニーガール姿だったが、当然ながら今は普通の服を着ている。ロングスカートと袖が絞られた五分丈のブラウス。片手に白いレース模様の日傘をさして持ち、もう片方の手にはハンドバッグとどこかのドラッグストアのビニール袋があった。

「それじゃ、さっそく行きましょうか。光矢ちゃんのおうち」

「あの、それなんですけど。ほんとに僕も同行していいんですか? お見舞いならお店の人間がいいんじゃ――」

「まぁまぁまぁ、いいじゃないですか。久我峰さんだって光矢ちゃんのこと、心配でしょう?」

「それはまぁ、そうですけど……」

 滄史は口をムズムズさせて口ごもる。

 なぜこの昼の時間帯に滄史は店を訪れたのか。それは今も家で休んでいるであろう光矢のお見舞いに同行するからだ。

 もちろん最初は断った。所詮滄史と光矢は客と店員だ。深い関係ではない。

 復帰した彼女へ快気祝いとしてなにか贈るとかならまだ分かるが、寝込んでいるところへお見舞いだなんて、家族や仲のいい友人がすることだろう。

 ゆえに、滄史は丁重にお断りしたのだが、この玲奈という女性に半ば無理やり予定を決められてしまった。

「だいじょーぶ、光矢ちゃん、きっと喜んでくれますよ」

 ニコっと笑い、玲奈が歩き出す。彼女をこのまま見送るわけにもいかず、滄史は仕方なく動く。

「お見舞いの品、僕、持ちます」

 玲奈の隣まで追いついたところで手を差し伸べる。

 すると玲奈は「え?」と素っ頓狂な声を出して滄史の顔を覗き込んできた。

「久我峰さんなんでこれお見舞いのやつだって分かったんですか?」

「なんでって、そりゃ分かりますよ。近くのドラッグストアの袋ですし、スポーツドリンクにプリン、レトルトのおかゆ。あとカップスープ。どれも風邪ひいたときとかに必要なものですから」

 言いながら玲奈からビニール袋を受け取ると、彼女は大きな目をキラキラと輝かせた。

「すごっ! 名探偵じゃないですか!」

「いやぜんぜん……これくらい誰でも分かると思いますけど……」

 そもそも今日は光矢のお見舞いへ行くのだ。それなら持っているものがそれに関連したものだと普通は思うだろう。

 滄史は玲奈を大げさな人だと思いながら隣を歩く。

「えーそんなことないですよ。やっぱ小説家だから普段からそういうのは細かく見てるってことですね?」

「そういうことではないですけど……まぁでも、そういうことですかね」

「やっぱそうなんだ。じゃあじゃあ、久我峰さんはお見舞いの品、どういうの持ってきたんですか? 私とお見舞いの品バトルしましょう」

「お見舞いの品はバトルするものではないですけど。でもそんな凝ったものは買ってないですよ」

 今朝、ここへ来る前に買ってきた蜂蜜入りののどあめとフルーツのゼリー飲料がいくつか。ラインナップで見れば玲奈が買ってきたものとあまり変わり映えがない。

 ただ、物量で言えば玲奈の方が多かったので、彼女はフフンと不敵に微笑んで勝ち誇った。

「私の方が光矢ちゃんのこと、分かってるみたいですね。光矢ちゃんはミネストローネが好きなんですよ」

「……そうなんですか」

 やや引きながら相槌をうつ滄史。彼女の方が光矢を理解しているのは当然だろう。なにせ玲奈は光矢の同僚だ。付き合いだって滄史よりずっと長いはず。

 マウントをとられているのだろうか。そもそも滄史と光矢は客と店員の関係でしかないので、最初っから勝負にならないのだが。

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