「はーい、今開けてッギャァッ!」
インターホン越しに悲鳴が聴こえてきた。
続いてバタンッとなにかが倒れる音。気まずい表情で滄史が立ち尽くしていると、きぃっとドアがほんの少しだけ開く。
その先には当然、部屋の主である光矢がいた。髪がどこかしっとりとしていて、いつもとは違う雰囲気だ。
「ど、どうして滄史さんが……?」
光矢からの質問に滄史はポリポリとうなじを掻く。
戸惑うのも無理はない。光矢は同僚である玲奈が来たと思っていたのだ。だからこそここへ招き入れた。
それなのに実際入ってきたのは玲奈ではなく滄史。大して知らない奴が自宅まで押しかけてきたのだから驚くどころか怖がるに決まってる。
このままだと光矢が先ほどのコンシェルジュとやらに通報し、滄史はあっけなく捕まってしまうだろう。そうならない前になにか行動に起こさなければ。
「あの、違うんです光矢さん。ここに来るまでは玲奈さんと一緒だったというか、玲奈さんについていく形だったんですけど、玲奈さん、ついさっきお店から連絡が来て、ヘルプとして呼び出されたみたいなんです。それで僕も帰ろうと思ったんですけど、玲奈さんから自分の代わりにお見舞いに行ってくれって頼まれて。それで今に至るというか……」
早口で事情を説明する滄史だったが、段々と勢いが弱くなり、最後の方は呟くような声量だった。
ただそれでも、なんとか一通り話し終えて、滄史は光矢の反応を窺う。
今ので信じてくれたのだろうか。ドアの隙間からおそるおそる光矢の顔を覗き見ると、彼女は顔を赤くしてぷるぷると小刻みに震えていた。
「あ、あの……光矢さん?」
初めて見る表情に滄史は思わず声をかける。光矢はふるふると首を横に振って顔を上げ――たかと思ったら自分の頬に手で触れてハッととなにかに気づいた。
「えっと、あれだったら僕、荷物置いて――」
「10分! いや! 5分だけ待っててください! 待っててくださいね!」
言葉と共にバタンッと勢いよく閉じられるドア。滄史は手を前に出したまま固まることしかできない。
バタバタと部屋の中を走っているのであろう、光矢の足音だけが聴こえていた。
「やっぱり8分待って!」