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3-10

 映画鑑賞を終えて、カフェで感想を言いあいながら一息つき、2人はショッピングモールを歩いていた。

 光矢は家具を見たいらしい。リビングがあまりにも殺風景だから、なにか置きなさいと父親に言われたそうだ。

「でも私家具っていってもなにを置けばいいか分からなくて。どうすればいいんでしょう」

 モール内にあるオシャレなインテリアショップを歩きながら光矢は困ったように近くの椅子の背もたれを撫でた。

「そうですね、大体生活での目的から逆算して、必要なものを揃えればいいんじゃないですか?」

「ぎゃく、さん……なんか滄史さんの言ってること難しいです」

「なんでもいいんですよ。例えばテレビを見ながらご飯を食べたいとかだったらテーブルと椅子が必要でしょ? もっとまったりしたいならローテーブルにソファとか。そんなんでいいと思いますよ」

「なるほど……」

 細い指で唇に触れ、周囲の家具を観察する光矢。そもそもこれまでの人生でそういった家具とかに触れてこなかったのだろうかと滄史はひそかに首を傾げる。

「あぁ、あとはほら、人を呼ぶ機会があるならこういう大きめのソファとかいいですし、逆に呼ばないなら自分だけがくつろげるいい椅子で十分だったりしますし」

「んーたしかに。パパは時々うちにくるし、酔いつぶれちゃった同僚を泊めたりもしますし。ソファはあってもいいですね」

「……ちなみになんですけど、酔いつぶれた人はどこで寝かせたんですか?」

 おそるおそるといった調子で滄史が訊ねると、光矢は斜め上を見て考えているような仕草から一転し、ハッと滄史を見上げる。

「ち、違いますよ!? ちゃんとベッドで寝てもらいました。床で寝かせるなんてしてません!」

「え? じゃあ光矢さんはその日どこで寝たんですか?」

「寝袋で寝ました!」

 なぜかキリッとした口調で答える光矢。あんないいマンションに住んでいるのになぜ寝袋を持っているんだろうとか、寝袋から顔だけ出して寝ている部屋の主の光矢とか、疑問はたくさんあったが、ひとまず滄史は「そうだったんですね」とだけ言った。

「はい、だから滄史さんも安心してお泊りにきてください」

「泊りに、ですか?」

「はい、いつでも酔いつぶれちゃっていいですからね?」

 なんだか自信ありげな表情を見せ、光矢が近くの売り物のソファに座る。

 なぜ泊まることを前提に話しているのだろう。滄史はとりあえず1人分のスペースを空けて光矢と同じソファに座った。

「あの、別にいいですよ。酔いつぶれたらその場に捨てちゃって」

 前かがみになって膝に肘を置き、手を組んで滄史が言う。

 すると光矢はぐーっと背もたれに身を沈め、「えー?」と言いながら横を向いた。

「だめですよそんなの。風邪ひいちゃいます」

「風邪ひくくらいならまぁ……」

「よくないです。ちゃんとベッドで寝てもらいます」

「いつの間にか光矢さんの家に……いや、仮にもしそうなったらベッドじゃなくて寝袋でいいですよ。ベッドは光矢さんが使ってください」

「えー……そうだ! じゃあソファ買います」

 ムクッと光矢がソファから体を起こす。

 いいことを思いついたみたいな表情で、キラキラしたまなざしを滄史へ向けてくる。

「滄史さんがベッドで寝てくれないなら、ちゃんと眠れる大きめのソファを買います。これならいいですよね?」

 一体なにがいいというのか。滄史は理解が追いつかないまま、座った状態で「そうかも?」と言って光矢を見上げた。

「あとあれ、今日みたいに映画も観たいので、お菓子とか飲み物とか置くテーブルも必要じゃないですか?」

「必要とあらば、そうじゃないですかね」

「ですよね? ですよね! なんか分かってきました! 行きましょう滄史さん」

 勢いにおされて動けないでいると、光矢が滄史の手をとってきた。

 無理やり立たされ、そのまま歩き出す。

 どこかでなにかスイッチが入ったらしい。あれも買おうこれも買おうと目を輝かせる光矢を止めることなどできず、滄史は目の前で大量の金が消費されていくのをただ眺めることしかできなかった。

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