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3-11

「あっ、滄史さん。ここも見ていいですか?」

 一通り家具を買ったところで光矢が滄史の腕を軽く引っ張った。

 そこはインテリアショップに隣接している雑貨屋だった。というよりインテリアショップのグループの雑貨部門だ。店の名前はもちろん会計のレジも違うが、店員が同じデザインのエプロンをつけている。

 無論断る理由などないので、滄史は二つ返事で了承する。光矢に腕を引かれ、雑貨屋へと入った。

 ちなみに家具を見ていたときは滄史の手を握っていたが、会計のときに財布を出す必要があったのであっさりと手を離した。しかし会計が終わると当たり前のように滄史の腕に自身の腕をひっかけてきたのだ。

 滄史としてもなにか言おうとしたが、光矢があまりにも自然に歩いているので言うのも野暮なのだろうかと思い、言わなかった。決してこの状況が喜ばしいというわけではない。

 むしろ緊張する。付き合う前の女性とこんなことをしてもいいのだろうかと、なんとも恋愛経験が浅い考えを抱いてしまう。

「あっ、滄史さん見てくださいこの子」

 悶々としながら光矢について回っていると、彼女がなにかを見つけたのか近くの棚の商品を手に取った。

「かわいくないですか?」

 黒いうさぎのぬいぐるみだ。なにかのキャラクターというより、単純なマスコットらしいフォルムでふわふわの手足がある。キラキラの大きな目と垂れた長い耳、首元にはレースのリボンがついている。

 そんなどこにでもありそうなうさぎのぬいぐるみを顔の横で持って見せて、手をつまんで振って見せてくる光矢。お前の方がかわいいよと思いながら、滄史はにへらっと笑った。

「そうですね、かわいいです」

「ですよね? えぇ~かわいい~どうしよ~」

「光矢さんに似てます」

「……へ? わ、私ですか?」

 びっくりといった様子で光矢が目を丸くする。

 うさぎのぬいぐるみを持ったまま固まり、やがて似ているという言葉の中にある意味に気づき、顔を赤くしていく。

「そ、そんなに似てますか? このうさぎ……」

「はい、目が似てます。おっきくて、綺麗で」

「そう、ですかね……」

 唇を尖らせて恥ずかしがる光矢。今みたいに自分が攻められるターンなんてあまりないので、滄史はつい調子に乗って続ける。

「かわいいと思いますよ。家に置いておきたいくらいです」

「おうちにですか? このぬいぐるみを、滄史さんの?」

「こう、ベッドのところとか、デスクのところとか」

 どこかに置いてそれを眺めるジェスチャーを見せると、赤い顔をしていた光矢がプッと小さく笑う。

 しかしこのぬいぐるみが光矢に似ていてかわいいと言った後に、家に置きたいなんて些か攻めすぎな発言の気もするが、今の滄史は光矢をからかいたくてそんなこと考えてもいなくて――

「ふーん、じゃあこの子、滄史さんにプレゼントします」

 だからあっさりと光矢に切り返された。

 きゅっとぬいぐるみを顔の前に持ってきて、小首をかしげる光矢。ぬいぐるみで顔の下半分を隠し、布でできた前足を振る。

「え? プレゼント? えっと、僕にそのぬいぐるみを?」

「はい。すごいかわいいって言ってくれるので。ぜひおうちでかわいがってください」

「いや、そんな。悪いですよ。元々光矢さんがかわいいって言って選んだものだし。大体、野郎の1人暮らしにぬいぐるみなんて」

「いいじゃないですか。こんなにかわいいんだから。この子を……その、私だと思っておうちに置いてあげてください」

 最後の言葉はさすがに恥ずかしかったのか、光矢はぬいぐるみで完全に顔を隠して囁くように呟いた。

 どうしたものかと、滄史は困り果てる。

 正直普通にいらない。だが先ほどの自分自身の発言はもちろん、光矢からも置いてあげてくれなんて言われたら断るのも気まずい。

 調子に乗ってからかった結果がこれだ。滄史は恥ずかしそうに手で口を覆い、光矢と同じように「分かり、ました……」と囁くように呟いた。

「光矢さんがそこまでおっしゃるなら、こちらのぬいぐるみは僕が買います」

「え? あっ、だめです。これは私が買いますから」

「いやでも、僕の家に置くわけですし、僕が買った方が」

「いえ、大丈夫です。私が買いますから……そうだ、じゃあ滄史さんは違うぬいぐるみを選んでください」

「違うぬいぐるみですか?」

 光矢からの提案に滄史は軽く首を傾げる。光矢はうさぎのぬいぐるみを持ったまま背中を向け、棚に並んでいるぬいぐるみを吟味する。

 いくつか触っていったと思ったら、やがて「あっ」と跳ねるように声を出して1体のぬいぐるみを手に取った。

「これ、私この子がいいです」

 光矢が見せてきたのは猫のぬいぐるみだった。黒と茶色が入り混じった毛色とちょっと短い足、丸い尻尾。そして今にも泣き出しそうな潤んだ瞳。

「この子はちょっと滄史さんに似てませんか?」

 光矢が嬉しそうにそう言ってふにふにとお腹を触る。これまでの人生で猫に似ているなんて言われたことがなかったので、滄史は困惑気味に肩をすくめた。

「そ、そうですかね? えっと、例えばどこらへんが」

「んーなんか雰囲気とか? あとこの目。うるうるしててかわいいです」

 ぬいぐるみだというのに、顎の下を撫でる光矢。映画を観た後の話がそこまで印象に残っていたらしい。

 滄史としてはそんなことはないと言いたかったが、光矢本人がああも気に入っている以上なにを言っても無駄だろうし、水を差すのも良くないだろう。

 ひとまず滄史はフッと笑い、光矢が持っている猫のぬいぐるみにそっと触れた。

「じゃあこれ、この子を僕がプレゼントしますね」

「はい、滄史さんだと思って大事にしますね」

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