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4-3

 暗闇の中、滄史は目を覚ました。

 賃貸マンションの自室、くたびれたベッドで横になっていて酒なんてどこにもない。

 ベッドからおりてのろのろと室内を見回す。

 数秒ほどで暗闇に目が慣れて、室内の輪郭が出来上がっていく。

 ひとまずデスクの上にある置時計を叩く。照明がついて現在時刻が表示される。午前4時51分。あまりにも中途半端な時間だ。

 パッと照明が消える。なんとなくまた叩くと当然ながら同じ時間が表示される。

 そして、その光に照らされて、ぬいぐるみが姿を現した。

 きらめく瞳をもった黒いウサギのぬいぐるみ。デスクの上に座っていて滄史のことをジッと見つめている。

『この子を……その、私だと思っておうちに置いてあげてください』

 光矢の声が、ぬいぐるみから聴こえてきた。

 全身の毛穴が開き、ドッと汗が噴き出る。

 視界の端に捉えていたスマホがパッと光る。おそるおそる手に取るともうずいぶん入っていないボイスチャットのチャンネルが盛り上がっているようで、しきりにメッセージを受信していた。

 問題はそこではない。ボイスチャットの通知とは別にメッセージアプリが少し前にメッセージを受信していたようで、その通知も届いていたのだ。

『明日、楽しみにしてますね』

 光矢からのメッセージ。彼女の家を訪れる約束。

 日程が決まって、観る映画も、夕食も決まった。あとは彼女のマンションを訪れるだけ。

「……だめだ。このままじゃ生きていけない」

 暗い部屋でひとり呟く滄史。慌てて電気をつけ、パソコンと充電ケーブルをいつものリュックへと詰め込む。

 汗で濡れるのも無視して着替え、乱暴にパーカーをとって袖を通す。

 鍵と財布、スマホを持ってリュックを背負い、バタバタと足音をたてて玄関へと向かう。

 靴に足を突っ込んだところでハッとする。慌てて部屋に戻ってイヤホンを回収し、最後にまたデスクの上へ視線をやる。

 黒いウサギのぬいぐるみが滄史を見ている。輝く瞳に見つめられながらも、滄史は部屋を出て今度こそ靴を履き、ドアノブに手をかけた。

 部屋を飛び出して、鍵をかける。スマホのアプリを立ち上げ、光矢へメッセージを送る。

『すいません、急用ができたので、明日は行けそうにないです』

 あまりにも簡潔で無機質な言葉。滄史は正真正銘、全力で逃げるため、早朝に家を飛び出した。

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