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第6話 運命に抗う亡者の決意

『ヴァチカン』

 かつて魔王を討ち果たし、長き戦いに疲れ果てた神子は、第一線から退き、騎士団の本部を『ヴァチカン』に置いた。


 神子がこの世を去った後、その遺志を継いだのは彼女の三人の娘――『三賢者』と呼ばれるヴァチカンの最高顧問たちだった。

 彼女たちは神子の意志を受け継ぎ、光滅騎士団を指揮し続けた。


 それ以来、光滅騎士団は『三賢者』の護衛と人類最終兵器としての役割を担い、ヴァチカンを離れることはほとんどなくなった。

 今や、彼らは“神の代行者”とすら呼ばれている。


 **


 今日も少女の護衛として町へ向かう。

 いつもと同じようにフードを深く被り、目立たぬように彼女の後ろを歩く。

 この姿はただの“影”だ。

 俺は表を歩ける存在じゃない。だから黙って従う。


 だが――


(今日はいつもより…光が鋭い…)


 肌に刺さるような太陽の熱。

 ただでさえアンデッドの身には辛い光だというのに、今日はいつも以上に鋭く、皮膚が焼けるようだ。


 焼け焦げた肉の匂いが鼻を突く。

 喉がひりつき、視界の端に陽光が滲んで揺れる。


(……痛ぇ……なんだよ、今日の光)


 もはや天からの裁きのようだ。

 まるで何かが、この地の“穢れ”を暴こうとしているような……


(もう少し深く被るか…)


 そう思い、さらにフードを引き下ろした時だった。

 通行所の前で、妙な集団が目に入った。


 **


「老師、なぜこんな辺鄙な田舎にまで足を運ばねばならないのです?」


 若い男の苛立った声が響く。

 声には焦りと不満――だが、その背後にある“信頼”も透けて見える。


「ヴァチカンの命令ですよ」


 そう応えたのは、老人――光滅騎士団の中でも伝説と称される英雄『ヴィザ』その人だった。

 老いてなお衰えを感じさせず、むしろそこに立つだけで周囲の空気が澄んでいくような錯覚を覚える。


 その全身からは眩いほどの聖なる気配が放たれ、まるで太陽そのもののような存在感を放っている。


「ですが、なぜヴィザ様ほどの方が…」


「それほどまでにヴァチカンが警戒しているのです。

 ここに潜む禁忌に手を染めた研究者――『トレイナ』が、頂きにまで登りつつある」


 遠目からでも、空気が違うのがわかる。

 まるで空そのものが、あいつらを中心に澄み渡っていくみたいに――


(……僕のことか)


 言葉に出されなくても理解できる。

 あいつは俺を“作品”と呼ぶが、それが異端だと知らぬはずがない。


「しかし…奴はまだ2級異端者。俺たちだけで十分かと…」


「やめなさい、ライアン。私たちだけでは力不足なのよ」


 若い女性が制止するように声をかけた。

 その視線が一瞬だけ後ろの少女へと向けられる。


 銀の戦士、あるいは銀の神子と呼ばれるべき存在――

 彼女は銀色の髪を風にたなびかせながら、老師とライアンのやりとりなど耳にも入っていないかのように静かに立っていた。

 その姿は、神々しくも儚げで、見る者の心を奪うほどの威圧感を持っている。


(……圧が違う。あれは……本物の“光”だ)


「次代の英雄の育成もあるのよ」


「…くっ、セレナ、お前はいつも期待されてばかりだな…

 そろそろその重圧に押し潰されるんじゃないか?」


 ライアンは苛立たしげに言い放った。

 だが、その言葉の裏には、憐れみに似た不器用な優しさがあった。


 ゆっくりと振り向いた銀髪の少女――セレナは、静かな声で答える。


「私は、私のすべきことを果たすだけ」


 その言葉に迷いはなかった。

 強い覚悟と、どこか儚げな悲壮感を感じさせる声だった。

 光は、眩しすぎると冷たく見える――だがその奥にあるのは、静かで壊れやすい“炎”だ。


「さぁ、ライアン、行きましょう。

 あなたたちはまだエクソシスト、光滅騎士団の卵なのだから」


 そしてライアンにしか聞こえない声で囁いた。


「セレナは優しすぎる。貴方が彼女に強さを教えてください」


 **


(…なんだアイツらは…!?)


 遠目から見ていた僕の全身に悪寒が走る。

 7人ほどの集団――しかし、2人だけ別格の存在感だった。


(アイツらが…俺が憧れた光滅騎士団…?)


 ヴィザ――その身体には太陽そのもののような聖なる光を宿し、近づくだけで焼かれるような錯覚を覚える。

 あれは“希望”ではない。“脅威”だ。


 しかし、さらに危険なのは――


(銀髪の女…セレナ…)


 彼女は太陽ではなく、凝縮された光そのもの。

 密度が桁違いの神聖な力をその身に秘めている。


 見ただけで、背筋が凍る。

 息をするのも忘れそうになる。


(アイツらに見つかれば…俺は――)


 焼かれる。消される。跡形もなく。


 震えが止まらない。

 隣にいる少女には、この恐ろしさは分からないだろう。

 僕だけが感じ取っている、彼らの脅威を。


 **


 突然、銀髪の女――セレナが話しかけてきた。


「あの、震えてますよ?大丈夫ですか?」


「ッ!!」


 突然声をかけられ、心臓が跳ね上がった。

 一瞬、心を読まれたかと思うほど、的確な“突き刺し”だった。


 気づかれたか――と焦るが、どうやら彼女はただ心配しているだけだった。


(それが……余計に、怖い)

 どんな怪物よりも、“本物の光”の優しさは、僕みたいな存在を一瞬で暴いてしまう。


「だ、大丈夫です。町に入ってすぐ休みますから…」


 隣の少女が間に入って、さりげなく誤魔化してくれた。


「そうですか」


(…なんとか誤魔化せたか)


 内心、冷や汗が止まらなかった。


 **


 館へ戻った僕は、少女――れいが老人に報告するのを物陰から聞いていた。


「なにっ…!?光滅騎士団の英雄『ヴィザ』が来ているだと!?

 もう嗅ぎつかれたのか…くそっ、もう少しだというのに…!」


 老人――トレイナは苛立ちを隠せず、床を踏み鳴らす。

 その様子を見て、僕は内心でほくそ笑んだ。


(ざまぁみろ…だが…)


 胸に押し寄せる不安を抑えきれない。

 アイツらがここに来たら、間違いなく僕まで浄化される。


(どうにか…潰しあってくれればいいが…)


「玲、報告ご苦労。

 エンド、貴様は早く進化しろ。時間がない。――命令だ。」


 老人の冷たい視線が僕に向けられる。

 相変わらず、僕の意志など微塵も考慮していない。


 それでも――


(進化しなければ、俺は…)


 消される。切り捨てられる。



 僕は従うふりを続けるしかなかった。

 だが、すべては――


(力をつけるまでの…我慢だ)


(できるのか……? 本当に、僕に……)

 でも――

(やるしかないんだ)


 その時こそ、僕は『エンド』ではなく、本当の自分――『祐』に戻るのだ。


 **


 その名を呼ぶたびに、魂がかすかに熱を帯びる気がする。

 だから、忘れない。決して。



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