「来たかっ!」
光そのものが落ちてくるような感覚だった。
「エンド、貴様の相手をしている暇などなくなったわ!」
「おいこらァ!セレナ、突っ走り過ぎだろ!」
ライアンたちが遅れて到着した。
「さすがセレナ……もうあの技を使えるなんて」
「やはりヴィザ様の後継者だな」
トレイナは半壊した屋敷から外へ出ていった。
(今のうちに隠れるか……)
「お主ら、不法侵入と器物破損……どう償う?」
「あぁ!? んなもん、おめぇの命以外あるかよォ! 腐れ外道が!」
ヴィザが悠然と姿を現す。
「ライアン、落ち着きなさい。貴方がトレイナ――禁忌に手を染めた研究者か?」
「いかにも」
「少々手に余るものでな。ヴァチカンの名において――死んでもらう」
「拒否する」
トレイナは懐から禍々しいオーラを纏った角のような物体を取り出し、それに力を込めた。
「面倒だな……」
ヴィザが呟いた。
――バァァァァァ!!!
耳をつんざくほどの咆哮が響き渡る。
「あれは……邪龍?」
「まさか、邪龍までアンデッドにしていたのかよ……」
「セレナ、邪龍は私が相手をする。トレイナは君が――やりなさい」
「はい」
「青二才にやられるつもりはないぞ!」
トレイナの姿が闇に包まれ、漆黒の鎌を手に浮遊する姿は、まさに冥府の死神そのものだった。
**
「フハハ……銀の神子よ、貴様の光も“死”には届かん」
トレイナが不気味な笑みを浮かべ、地を這うような声で呟く。
「……」
セレナは静かに剣を抜いた。
その瞳は冷たく、揺らがない。
「
瞬間、光が弾けた。
剣身が眩い輝きに包まれ、波動のように聖なる光が広がる。
地面を這っていた黒い染みすら蒸発するほどの純粋な光。
「
トレイナが大鎌を振るった。
ドオォン……!
黒い瘴気が地を這い、空間そのものが陰りを帯びていく。
地面から無数のアンデッドの腕が伸び、呻き声と共にセレナに襲いかかる。
「
セレナが右手を前に突き出す。
眩い白光が奔流となって広がり、瘴気を飲み込み、アンデッドの腕を次々に焼き尽くした。
「……だが、これで終わりではないぞ」
トレイナの声と共に、鎌が空を引き裂く。
「
空間の亀裂から、無数の黒鎖が這い出た。
うねる蛇のように蠢き、セレナへと襲いかかる。
「煌滅・
その瞬間、セレナの体が光に変わった。
まばゆい光弁となって舞い、鎖の間をすり抜ける。
――一切触れさせない。そう語るかのように。
「――砕け散れ!」
光が空間に縫い付けられるように広がり、無数の光剣が出現。
トレイナの周囲を囲むように展開された刃が、一斉に放たれる。
「グッ……!」
トレイナが咄嗟に鎌を振るい、幾本かを弾くが、残りは容赦なく肉体を貫いた。
黒い血が噴き出し、彼の足元に染みを作る。
「
セレナの剣が一際強く輝く。
刃はもはや“光”そのもの。
見る者すべてに“終焉”を予感させる、純粋な破壊の権化。
「――これで終わりよ」
セレナが地を蹴った。
爆風のような圧力が背後に広がり、彼女は閃光となってトレイナへと突進する。
「くっ……!」
トレイナが大鎌を横薙ぎに振るう。
風を裂くその軌道は正確――だが届かない。
セレナの剣が鎌をすり抜け、胸元へ――
――ザンッ!!
閃光の一撃が、トレイナの胴を貫いた。
瞬間、まばゆい光が内部から彼を焼き、黒き瘴気ごと消し去っていく。
「ぐあああああああああ……ッ!!」
トレイナの叫びが木霊し、その姿が霧のように崩れていく。
静寂が訪れた。
光の粒子が空中に漂い、セレナは剣をそっと納めた。
「……浄化完了。」
その声は冷静で、けれど確かに――世界を“清める者”の声だった。
**
⸻
「こちらも終わったところです」
ヴィザが邪龍を討ち終え、悠然と立っていた。
「アンデッド化し弱体化していたとはいえ、“角の一本”の媒体としては厄介でしたね……ライアン、周囲を確認して」
「はいっ!」
(セレナとヴィザ、圧倒的すぎる……これは見つかる前に逃げないと!)
その瞬間――
シュッ……!!
矢が飛んできた。
「まだいたか、屍鬼か。悪く思うなよ!」
もう一度、放たれる。
――グサッ
「れ、玲……?」
「やべぇ……人間に当たっちまった!誰か治療できるやつ!」
玲の腕に深々と矢が刺さっていた。
「玲、逃げろ!」
「いいの……」
「なんだ……騒がしいな?」
「ライアン! 人間がいる!」
「子供じゃねぇか……しかも屍鬼を庇っている? こいつ……禁忌に手を染めたのか?」
ライアンが剣を抜いた。
「粛清対象だ」
刃が玲に振り下ろされる――
ガキンッ!
「間に合った……!」
僕は距離を詰め、爪を鋭利に変え、剣の一撃を受け止めた。
「玲、逃げろ!」
「屍鬼が……喋った?」
「こいつ……危険かもな」
そして、僕の足が弓で射抜かれ、動けなくなる。
「どうしたの?」
セレナが近づいてくる。
「玲、早く……!」
「……いいの」
ライアンは玲を見下ろし、剣をゆっくりと振り上げた。
「……屍鬼に加担した人間もまた、粛清対象だ」
それは、まるでゴミを処理するかのような冷たい声音だった。
手続きも、慈悲もなかった。
ただ粛々と――決められた通りに命を奪うだけだった。
玲は僕を見て、ふっと微笑んだ。
まるで――すべてを受け入れていたかのように。
「私ね……あなたに会えて、よかったよ」
かすれた声だった。けれど、胸に突き刺さるほど、あたたかかった。
「最初から……長くは生きられなかった。でも、あなたの隣で……少しだけ、人のぬくもりを思い出せたの」
「玲――やめろよ……逃げろって!!」
僕はセレナに向かって叫んだ。
「頼む!僕には前世の記憶がある。だから分かるんだ!玲は悪くない!彼女はただ――縛られていただけなんだ!」
「悪いのは……僕だ。アンデッドの僕だけなんだ……!」
セレナの目が見開かれた。
「うそ……!」
だが、彼女は驚愕の目を見開いていた。
「……ありがとね」
そう言って、玲は静かに目を閉じた。
「人間を庇うだと? こいつも殺るか」
ライアンが剣を振り上げる。
その瞬間、僕の中で何かが崩れた。
「――皆の憧れのお前らが……生者を殺すのかよ!!」
怒りと絶望が、声に乗って噴き出した。
「お前らは、人間を守る英雄だったはずだろ!?
誰かの希望で、信仰の象徴だったはずだろ!?
……それが今、目の前で、生きようとした人間を――お前らが殺すのかよ……!!」
声が震え、喉の奥が焼けるほど苦しかった。
それでも、吐き出さずにはいられなかった。
「それでも……“光”を名乗るのかよ……!」
だが――その叫びも想いも、届かなかった。
スパァッ……
剣が振り抜かれた。
玲の首が落ちた。
玲は、微笑を浮かべたまま――地面に崩れた。
最後に交わした言葉――『あなたに会えて、よかった』。
その言葉だけが、祐の胸に焼き付いて離れなかった。
「あ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
叫びが、空に食い込む。
喉が裂けそうになるほど叫んでも、何も戻ってこなかった。
屍鬼は涙を流せない。
その代わりに、魂が引き裂かれるような悲鳴だけが、森に木霊した。
ヴィザが静かに近づく。
「セレナ、貴女は優しすぎる。これは規律違反に繋がる」
(クソッ……!)
「玲は……生きるのを諦めてた。でも、俺は……俺が見つけてやりたかったんだよ。
あいつが、生きる意味を。――あいつの心を……!」
「なのに、お前らは……生者にまで手をかけたんだ……!」
「黙れ」
――ザシュッ
世界が真っ二つに裂けた。
僕の身体も。
上半身と下半身が分かたれ、地に転がる。
「そこで太陽が昇るのを待つがいい。
セレナの優しさにつけ込んだ罰だ。ジリジリと焼かれて――消えろ」
⸻
彼らは去っていった。
玲の亡骸も、焼かれることすら許されず、ただ森の土に抱かれていた。
残されたのは――
この朽ちかけた身体と、守れなかった命の重みだけだった。
(……玲)
もう声も出せない。
ただ、昇りゆく太陽の熱だけが、皮膚を焼き、肉を溶かしていく。
(また……大切なものを……)
守れなかった。
また、僕は――ひとりだ。