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第11話 G.O.D

 吸血鬼という存在は――強い。

 その力は、他の生物とは一線を画す。


 下位の吸血鬼であれば、セレナにとって脅威にはならない。

 だが、例えばライアンほどの実力者ともなれば、一人で挑めば苦戦は免れないだろう。

 上位の吸血鬼ともなれば、その脅威は桁違いだ。


 セレナほどの実力をもってしても、一対一で渡り合うのが精一杯。

“聖なる力の使徒”と呼ばれ、次代の英雄と称えられている彼女ですら、上位の吸血鬼との戦いは決して容易ではない。


 **


 吸血鬼の能力は多彩だ。


 血を操る者――己の血液を刃、鞭、矢と自在に変え、死角から襲いかかる。

 姿形を変える者――霧に溶け込み、影と化し、気づけば背後にいる。

 超再生――致命傷を負おうとも、瞬時に再生し、戦場に舞い戻る。

 血の契約――他種族を自らの配下として縛り、絶対服従を誓わせる禁忌の術。


 ――そして、まだ“未知の力”を秘めた吸血鬼も、数多く存在している。


 かつて、魔王が人類を蹂躙した時代。

 吸血鬼たちは、その多彩な力を使い、堂々と戦場に立つことはせず、

 人間社会の“影”へと潜り込んだ。


 だが――彼らは、決して“進化”によって強くなったわけではない。


 **


「アンデッドや魔物は、進化してもほとんどは上位の存在になれずに死ぬ。

 ましてや、今生き残っている吸血鬼たちは、最初から“完成された種”なのよ」


 セレナが静かに言った。


「眷属として吸血鬼になった者たちは別だけど……

 最初から“上位”として生まれた者たちは、どこかが違う。生まれた時点で――最初から“完成”されてるの」


 その瞳には、長年戦いを繰り返してきた者にしか持てない、深い警戒と確信が宿っていた。


「それに……」


 彼女は少し言い淀み、言葉を選びながら続ける。


「人間のような心を持った吸血鬼なんて、ほとんどいない。

 大半は、自分以外の存在を“餌”としか思っていない。

 人間と“対等”の存在だなんて、思っている吸血鬼はほとんどいないわ」


 その言葉には、彼女自身のこれまでの戦いの記憶が滲んでいた。


 **


 吸血鬼の外見は、基本的には人間と大差ない。

 だが、吸収衝動に駆られたとき――彼らの真の姿が露わになる。


 牙が伸び、瞳は深紅に染まり、

 理性の覆いを剥いだ“飢えの獣”が、そこに現れる。


 その姿に、人間の言葉は届かない。


 **


 吸血鬼による被害は、今もなお続いている。


 だが、それが国家的な災厄とならずに済んでいるのは――

 ヴァチカン以外に、吸血鬼や魔物に対抗する“もう一つの組織”があるからだった。


 その名は――


【G.O.D.】(Grave Order Division)


 **


【G.O.D.】は、Grave=「墓」に眠るべき魂に、Order=「秩序」を与え、

 Division=「聖なる任務」として“死の安息”をもたらすために設立された、国際的な対魔組織だ。


 その名には皮肉が込められている。

“神(God)”――だが彼らは決して、救いの神ではない。


【G.O.D.】にとっての“救済”とは、“完全なる死”を与えること。

 彼らはその使命を胸に、魔物や吸血鬼、アンデッドを容赦なく狩る。


 まさに、“死の神”として恐れられる存在だった。


 **


「これからは、警戒すべき敵が増えるわね」


 セレナの声が少しだけ低くなる。


「……髪の色も、身体の変化も大きい。

 ヴァチカンの騎士団は、私が止められるかもしれない。

 でも、【G.O.D.】は違う。彼らは……誰の命令も聞かない」


「……殺しに来るってわけか」


「ええ。迷いなく、最短で、確実に。

 感情を挟まない。生き延びたアンデッドに対しては、“例外なく殺す”」


 **


 僕は、ポケットから一枚の紙を取り出した。


 そこには、“遠藤 修也”と記された身分証があった。

 トレイナが用意したもの。表の世界で生きるための、仮初の名前。


「しばらくは“エンド”として生きるしかねぇか……」


 口にした名前は、自分の本名よりもしっくりくるような気もした。

 あまりにも多くのものを失ってしまった今の俺には、もはや“祐”という名前が眩しすぎたのかもしれない。


「……街の中じゃ、遠藤って名乗るか」


「エンドの方が……私は発音しやすい」


 セレナは、ほんの少しだけ笑った。


 その表情は柔らかくて、けれど、どこか切なげだった。

 彼女が微笑むと、光が夜に差すような錯覚がある。


 だがその光は、もう決して眩しすぎるものではなかった。


 闇を受け入れた者の前でだけ、見せることを許された――穏やかな光だった。


 **


 夜はまだ深い。

 だけどその中で、僕たちは確かに歩き始めていた。


 世界は敵だ。

 ヴァチカンも、G.O.D.も、吸血鬼すらも――

 僕という“存在”を、どこにも受け入れてはくれないだろう。


 それでも――


 隣に立つ彼女の気配がある限り、

 僕はまた、生きる意味を探してみようと思えた。


 **


 夜の中に潜むものたちの気配が、少しずつ濃くなってきている。


 次に出会うのは、友か、敵か。

 それすら分からない闇の旅の途中――


 この足で歩いていくしかない。たとえ、世界すべてが夜に沈もうとも。






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 これで1章の終わりです。

 また明日から始まる2章を楽しみにしてくれると嬉しいですm(*_ _)m

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