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夜を歩く術

第12話 夜、牙を隠して

 1年後。


 ネオンの光が夜空を彩り、無数の人々が忙しなく行き交う中、僕は東京の街に足を踏み入れた。


 空気は冷たく乾いていて、吐いた息が白く霧のように浮かぶ。手袋越しでも指先がじんじんと痺れるほどの冷え込み。冬の東京は、熱気と寒気が入り混じる奇妙な街だった。



「人が多すぎる。それに、何よりも騒がしいな。」


 フードを深く被り、周囲の雑音と人々の動きを遮断するように歩き続ける。


 東京は、その活気の裏に、確かに“暗闇”が潜んでいる。

 G.O.Dと吸血鬼の抗争が激化し、本来は影に徹していた吸血鬼たちが、徐々に表の社会に姿を現しはじめた。

 表向きは平和な日常――だが、その裏では、“人間の皮を被った異端者たち”が、今も確実に息を潜めている。

 そんなことを考えながら、僕は気を引き締めて歩を進めた。


 この1年間、セレナと各地を巡ってきた。

 東京に来た目的は2つ。G.O.Dの日本支部がここにあること、そして、この街には「彼」がいるからだ。

 僕の存在に関わる重要な情報が、この場所に隠されている。


 でも、目を凝らすと、東京は何か異常な空気に包まれていることがわかる。

 異変は、吸血鬼同士の縄張り争いにまで及んでいる。

 特に、「喰い場」を巡る争いが激化しており、近年、吸血鬼による被害は急増している。

 街全体がその影響を受け、普通の人々の生活にまで陰りをもたらしているのだ。


 僕も変わった。

 セレナから直接血をもらうことはなくなった。

 吸血欲は未だに強烈で、時にはその衝動に耐えるのが限界を感じることがある。

 でも、なるべく吸血せずに済ませ、どうしても我慢できない時だけ、予め準備しておいた血を摂取するようにしている。

 それでも、時折、衝動に飲み込まれそうになり、気づけば冷たい汗が背中を伝う。


「まずは、活動拠点と資金源を確保しなきゃな。」


「うん、分かった。」


「それと、エンド。あなた、ずっと吸血衝動を抑えてるよね。無理しすぎると、油断した時に牙が伸びるよ。」


 セレナが心配そうに言いながら、僕にマスクをかけてくれる。

 彼女の優しさに胸が締めつけられるが、今はその優しさに甘えるわけにはいかない。


「私はG.O.D支部に行って、あなたの指名手配とかがないか確認してくるから。」


 そう言って、彼女は足早に歩き出す。その背中を見送ると、僕は再び静かに夜の東京を歩き続ける。


 ⸻


 狭い路地を進みながら、僕はセレナとの待ち合わせ場所に無事たどり着けるか、少し不安になる。


(迷ったな……あの場所、確かこっちの方だったはずだ)


 視線を細め、周囲の音を探る。

 人々の話し声、車のエンジン音、そしてどこからか漂う異臭。それらの音が混ざり合って、東京という街を独特の雰囲気に変えている。

 そんな時、突如として鼻を突く、強烈な食欲をそそる匂いが漂ってきた。


(こっちか?)


 直感的に足を止め、匂いを辿る。

 薄暗い道を進み、人気のない橋の下に辿り着いた。


 そこには風が吹き溜まり、冷気が肌を切るように吹き抜けていた。夜の気温は一段と下がり、耳の先がかじかむ。



 そこに立っていたのは、若い顔立ちをした吸血鬼。彼は、目の前で人間の男を押さえつけ、血を啜っている。その姿は、まるで狂ったようだった。


「お前、人間じゃねぇな?ここは俺の喰い場だってぇの!わかんねぇのか?他所から来た奴か?」


 吸血鬼が僕を見つけると、目を細めて侮蔑の笑みを浮かべながら言った。


(やばい、気づかれたか)


 吸血鬼の五感は、常人の比ではない。それはもちろん、僕にも分かっている。


「じゃあ、教えてやるよ。この場所のルールをな。」


 吸血鬼はニヤリと笑いながら、僕に向かって歩み寄る。その姿に隙間を見せない危険を感じると、僕はすぐに身構える。


 次の瞬間、吸血鬼の鋭い一撃が僕の体を吹き飛ばした。

 地面に叩きつけられ、身体が痛みで痺れる。


 アスファルトの冷たさが背中から染み込んでくる。冬の地面は、痛みとは違う“凍え”を与えてくる。


「ふん、弱すぎだろお前、ちゃんと喰ってんのか?」


 吸血鬼の言葉には、明らかな侮蔑が含まれていた。

 無防備に倒れ込んだ僕の身体は、あちこちから痛みを感じながら、地面に擦れる音が響く。


(……やっぱり、油断できないな)


 まだ立ち上がることはできたが、体力は完全に戻りきっていない。

 僕の体に残っているのは、セレナの血で保たれたわずかな力だけだ。吸血鬼の力を甘く見ていた。


 男は、さらに容赦なく僕を殴り続けた。

 身体に痛みが走るたびに、意識が遠くなっていく。

 もう、立ち上がる体力も残っていない。


 男は血が蠢き、空中で槍の形を成していく。その光の中で鋭く輝かせながら僕を見下ろしていた。


「これ以上やりすぎると、“杭”の連中に嗅ぎ回られるから、これくらいにしてやるよ。」


 倒れた僕に向けて、その槍が迫る。

 次の瞬間、その鋭い一撃が僕の体に突き刺さった。


「クハァ!」


 全身に走る激痛と共に、意識は完全に遠のいていった。

 血の味が広がる中、僕は意識を失った。

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