12月24日。
街はどこもかしこもイルミネーションに彩られ、ビルの窓にも、街路樹の枝先にも、無数の光が瞬いていた。
浮かれた音楽がスピーカーから流れ、すれ違う誰もがどこか浮き足立っている。
吐く息は白く、乾いた冬の空気にすぐさま溶けていく。
手袋の隙間から覗いた指先は赤く染まり、じんとした冷たさが皮膚を刺した。
空は灰色に曇っていて、雪が降りそうで、でもなかなか降らない。
そんなもどかしい空の下で、街の喧騒だけが明るく響いていた。
カップルたちは肩を寄せ合い、マフラーの中で微笑み合っている。
家族連れは両手に大きな袋を提げ、子供の笑い声を響かせながら足早に歩いていく。
駅前ではサンタの格好をしたスタッフがチラシを配り、
デパートの前には、予約したケーキを受け取る人々が列をなし、手には甘い箱を抱えていた。
コンビニの前では、バイトらしき高校生が売れ残りのクリスマスケーキを掲げ、寒さに耐えながら声を張っている。
誰もが忙しなく、それでいてどこか楽しげに、
凍える冬の街を歩いていた。
だが――第3区だけは、まるで別の国のようだった。
通りに人影はなく、店の明かりも落ち、
華やぐイルミネーションの代わりに街を染めるのは――
道路脇にずらりと並んだG.O.Dの車両のヘッドライト。
白と赤の光が、無機質に瞬きながら、
まるで“戦場のイルミネーション”のように、
この街の静寂を冷たく照らしていた。
そこには祝祭のぬくもりも、浮かれた音楽もなかった。
あるのは、ただ“正義”と“正義”がぶつかり合う気配だけ――
これから始まる“殲滅”の予兆が、夜の街に静かに満ちていた。
この街に残っているのは、芳村のように「居場所を守ろうとする吸血鬼」。
そして、人間を餌としか思わず、逃げる必要などないと判断した吸血鬼。
――それから、G.O.Dの隊員たちだけ。
「四ノ宮2等、君には今回、荒井準特等とバディを組んでもらう。紹介しよう」
振り向いた先にいたのは、無骨な黒いコートに身を包んだ男だった。鋭い眼差しと、銀縁の眼鏡。その奥の瞳は、静かに炎を灯している。
「荒井です。……今日から、よろしく頼む」
「四ノ宮です。よろしくお願いします」
二人は無言のまま、手を差し出し、強く握手を交わした。
「君の背中は、俺が守る。――だから、俺の背中は頼んだよ」
その言葉には、派手な感情はない。ただ、戦場を知る者だけが持つ“覚悟”の温度があった。
四ノ宮も、まっすぐに頷く。
「……了解です。絶対に、背中は預けません」
「作戦開始!」
「……来たね」
芳村が静かに呟いた。冷えた声だったが、その眼差しは揺るがない。
「クッソ……来やがったな」
響華は唇を噛み、忌々しげに吐き捨てる。震える指先には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「んぁ~……」
と間の抜けた声を上げながら、錦がゆっくりと頭を上げる。
「……大量の下等生物の気配。まったく、騒がしい夜になるぜ」
言葉とは裏腹に、口元はうっすらと笑っていた。その笑みには、どこか愉悦すら混じっている。
外では、G.O.Dの車列が街を包囲し始めていた。
“夜”が、いよいよ動き出す――。
僕は昨日の夜のことを思い出していた。
普段は滅多に感情を表に出さない芳村さんが、あの時だけは――
言葉の端に、押さえ込んだ熱を孕んでいた。
けれど、その声音はいつも通り、穏やかで静かだった。
「明日は皆、好きにしていい。逃げたければ逃げていい。戦いたければ戦っていい」
その言葉には、誰も縛らないという優しさと、
誰も助けられないかもしれないという、どこか悲しい覚悟が滲んでいた。
「ひよりちゃんは玄君に任せて、第3区から遠ざけてもらった」
そう言ったときの芳村さんの目は、一瞬だけ曇った。
きっとその判断が正しいことを理解していても、痛みは残るのだろう。
守るという行為が、時に“離すこと”であると知っているからこその、深い葛藤。
「ちょっと店長!私は最初から戦いますよ!」
響華がすぐさま声を上げた。
その瞳には迷いがなかった。
怒っているようで、泣き出しそうな表情――彼女は彼女なりに、もう覚悟を決めていたのだろう。
芳村さんは小さく頷いた。
「うん、それでもいい。だけど命は大切にね。……いつだって逃げ出していいってこと、忘れないで」
それは、“逃げる”ことを“恥”としない、あの人なりの励ましだった。
強さだけを求めない、優しさに満ちた人だからこそ、言える言葉だった。
(僕は――)
その場で、何も言えなかった。
逃げることも、戦うことも、どちらも正しいと分かっていた。
でも、自分がどちらの道を選ぶべきなのかは、あのとき、まだ答えが出せずにいた。
それでも、ひとつだけ確かだったのは――
僕の中にも、もう“何も知らなかった自分”はいないということ。
戦いの意味も、命の重みも、そして――この場所のあたたかさも。
全部、もう知ってしまった。
だから。
(僕も、選ばなきゃいけない)
――もう、知らなかったでは済まされない。
無垢ではいられない。
ならば――
せめて、自分で選ぶしかない。
誰として、何のために戦うのか。
この力を――怒りと祈りの刃を、何のために振るうのか。
「セレナさん、突っ走りすぎです!」
後方から、セレナのバディの声が飛んでくる。
(早く……エンドを探して伝えなきゃ。この数は、さすがに厳しい。私も――行かなきゃ)
セレナは、ピタリと足を止めた。
その視線の先には、一人の若い男がいた。
「あぁ? 俺の喰い場になんか用かよ。……また他所者か?」
男は、ちょうど“食事”中だった。
地面にうずくまった人間の首元に牙を立てながら、口元には血を滲ませている。
「今すぐ殺して、てめぇの血をチューッと吸ってやるよ」
男の血が蠢き、槍のような形を成す。
赤黒く染まったその槍は、まるで肉体の一部のように滑らかに震えていた。
「最近は雑魚ばっかりでつまんねぇんだよ。人間も吸血鬼も。吸血鬼で喰わねぇ奴らが居んのよ……笑えるだろ?」
セレナは、静かに――だが怒りを孕んだ声で呟く。
「そう。……貴方が」
「……あ?」
男が顔をしかめ、血の槍を勢いよく突き出した。
「――死ねよ、雑魚人間ッ!!」
その瞬間、セレナの身体は風のように動いた。
一切の無駄もなく、刺突をかわし、腰に下げた“光滅の刃”を抜く。
閃光のような一閃――
「これは、“エンド”の分」
男の胸元が裂け、血飛沫が舞う。
「そして」
セレナの剣に、光が宿る。
静かに、確かな祈りのように、彼女は続けた。
「……あなたのせいで、命を落としてしまった人たちの分」
刃が再び振るわれる。
その瞬間、空気が一変した。
「
光が迸る。
静かに、追悼するように――彼女は剣を収め