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第26話 聖夜に、咎を刻む

 12月24日。

 街はどこもかしこもイルミネーションに彩られ、ビルの窓にも、街路樹の枝先にも、無数の光が瞬いていた。

 浮かれた音楽がスピーカーから流れ、すれ違う誰もがどこか浮き足立っている。


 吐く息は白く、乾いた冬の空気にすぐさま溶けていく。

 手袋の隙間から覗いた指先は赤く染まり、じんとした冷たさが皮膚を刺した。


 空は灰色に曇っていて、雪が降りそうで、でもなかなか降らない。

 そんなもどかしい空の下で、街の喧騒だけが明るく響いていた。


 カップルたちは肩を寄せ合い、マフラーの中で微笑み合っている。

 家族連れは両手に大きな袋を提げ、子供の笑い声を響かせながら足早に歩いていく。


 駅前ではサンタの格好をしたスタッフがチラシを配り、

 デパートの前には、予約したケーキを受け取る人々が列をなし、手には甘い箱を抱えていた。


 コンビニの前では、バイトらしき高校生が売れ残りのクリスマスケーキを掲げ、寒さに耐えながら声を張っている。


 誰もが忙しなく、それでいてどこか楽しげに、

 凍える冬の街を歩いていた。






 だが――第3区だけは、まるで別の国のようだった。


 通りに人影はなく、店の明かりも落ち、

 華やぐイルミネーションの代わりに街を染めるのは――

 道路脇にずらりと並んだG.O.Dの車両のヘッドライト。


 白と赤の光が、無機質に瞬きながら、

 まるで“戦場のイルミネーション”のように、

 この街の静寂を冷たく照らしていた。


 そこには祝祭のぬくもりも、浮かれた音楽もなかった。

 あるのは、ただ“正義”と“正義”がぶつかり合う気配だけ――

 これから始まる“殲滅”の予兆が、夜の街に静かに満ちていた。


 この街に残っているのは、芳村のように「居場所を守ろうとする吸血鬼」。

 そして、人間を餌としか思わず、逃げる必要などないと判断した吸血鬼。

 ――それから、G.O.Dの隊員たちだけ。






「四ノ宮2等、君には今回、荒井準特等とバディを組んでもらう。紹介しよう」


 振り向いた先にいたのは、無骨な黒いコートに身を包んだ男だった。鋭い眼差しと、銀縁の眼鏡。その奥の瞳は、静かに炎を灯している。


「荒井です。……今日から、よろしく頼む」


「四ノ宮です。よろしくお願いします」


 二人は無言のまま、手を差し出し、強く握手を交わした。


「君の背中は、俺が守る。――だから、俺の背中は頼んだよ」


 その言葉には、派手な感情はない。ただ、戦場を知る者だけが持つ“覚悟”の温度があった。


 四ノ宮も、まっすぐに頷く。


「……了解です。絶対に、背中は預けません」



「作戦開始!」




「……来たね」


 芳村が静かに呟いた。冷えた声だったが、その眼差しは揺るがない。


「クッソ……来やがったな」


 響華は唇を噛み、忌々しげに吐き捨てる。震える指先には、抑えきれない怒りが滲んでいた。


「んぁ~……」


 と間の抜けた声を上げながら、錦がゆっくりと頭を上げる。


「……大量の下等生物の気配。まったく、騒がしい夜になるぜ」


 言葉とは裏腹に、口元はうっすらと笑っていた。その笑みには、どこか愉悦すら混じっている。


 外では、G.O.Dの車列が街を包囲し始めていた。


“夜”が、いよいよ動き出す――。






 僕は昨日の夜のことを思い出していた。

 普段は滅多に感情を表に出さない芳村さんが、あの時だけは――

 言葉の端に、押さえ込んだ熱を孕んでいた。

 けれど、その声音はいつも通り、穏やかで静かだった。


「明日は皆、好きにしていい。逃げたければ逃げていい。戦いたければ戦っていい」


 その言葉には、誰も縛らないという優しさと、

 誰も助けられないかもしれないという、どこか悲しい覚悟が滲んでいた。


「ひよりちゃんは玄君に任せて、第3区から遠ざけてもらった」


 そう言ったときの芳村さんの目は、一瞬だけ曇った。

 きっとその判断が正しいことを理解していても、痛みは残るのだろう。

 守るという行為が、時に“離すこと”であると知っているからこその、深い葛藤。


「ちょっと店長!私は最初から戦いますよ!」


 響華がすぐさま声を上げた。

 その瞳には迷いがなかった。

 怒っているようで、泣き出しそうな表情――彼女は彼女なりに、もう覚悟を決めていたのだろう。


 芳村さんは小さく頷いた。


「うん、それでもいい。だけど命は大切にね。……いつだって逃げ出していいってこと、忘れないで」


 それは、“逃げる”ことを“恥”としない、あの人なりの励ましだった。

 強さだけを求めない、優しさに満ちた人だからこそ、言える言葉だった。


(僕は――)


 その場で、何も言えなかった。


 逃げることも、戦うことも、どちらも正しいと分かっていた。

 でも、自分がどちらの道を選ぶべきなのかは、あのとき、まだ答えが出せずにいた。


 それでも、ひとつだけ確かだったのは――

 僕の中にも、もう“何も知らなかった自分”はいないということ。


 戦いの意味も、命の重みも、そして――この場所のあたたかさも。

 全部、もう知ってしまった。


 だから。


(僕も、選ばなきゃいけない)


 ――もう、知らなかったでは済まされない。

 無垢ではいられない。

 ならば――

 せめて、自分で選ぶしかない。


 誰として、何のために戦うのか。

 この力を――怒りと祈りの刃を、何のために振るうのか。







「セレナさん、突っ走りすぎです!」


 後方から、セレナのバディの声が飛んでくる。


(早く……エンドを探して伝えなきゃ。この数は、さすがに厳しい。私も――行かなきゃ)


 セレナは、ピタリと足を止めた。


 その視線の先には、一人の若い男がいた。


「あぁ? 俺の喰い場になんか用かよ。……また他所者か?」


 男は、ちょうど“食事”中だった。

 地面にうずくまった人間の首元に牙を立てながら、口元には血を滲ませている。


「今すぐ殺して、てめぇの血をチューッと吸ってやるよ」


 男の血が蠢き、槍のような形を成す。

 赤黒く染まったその槍は、まるで肉体の一部のように滑らかに震えていた。


「最近は雑魚ばっかりでつまんねぇんだよ。人間も吸血鬼も。吸血鬼で喰わねぇ奴らが居んのよ……笑えるだろ?」


 セレナは、静かに――だが怒りを孕んだ声で呟く。


「そう。……貴方が」


「……あ?」


 男が顔をしかめ、血の槍を勢いよく突き出した。


「――死ねよ、雑魚人間ッ!!」


 その瞬間、セレナの身体は風のように動いた。

 一切の無駄もなく、刺突をかわし、腰に下げた“光滅の刃”を抜く。


 閃光のような一閃――


「これは、“エンド”の分」


 男の胸元が裂け、血飛沫が舞う。


「そして」


 セレナの剣に、光が宿る。

 静かに、確かな祈りのように、彼女は続けた。


「……あなたのせいで、命を落としてしまった人たちの分」


 刃が再び振るわれる。

 その瞬間、空気が一変した。


煌滅こうめつ――」


 光が迸る。


 若い吸血鬼は、セレナの刃によって浄化され、その場で塵と消えた。


 静かに、追悼するように――彼女は剣を収め

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