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第27話 血鎧の夜

 街は、クリスマスイブとは違う意味で“喧騒”に包まれていた。


 祝福の音楽ではなく、悲鳴――

 人と吸血鬼の、断末魔が入り交じる声が、ビルの谷間に木霊していた。


 血の匂いが漂い、遠くで爆発音が響く。


 どこかの建物が崩れた音がした。だが、誰も足を止めない。

 止めれば、次は自分が“消える”からだ。


 G.O.Dの隊員たちは、統制された動きで次々と区画を制圧していく。

 その中で、黒瀬の落ち着いた声が無線に乗って響いた。


『こちら黒瀬、目標地点を確認した。』


『了解した、各班は支援体制に入れ』


『……黒瀬と冴島で目標地点Yumeに突入する。以降の指揮は我々が行う』


 短く、それでいて重みのあるやり取りだった








『こちら荒井。目標を視認した。人形の仮面の吸血鬼――ナンバー96。これより戦闘に入る』


 無線の向こう、司令部が短く応じる。


『確認した。引き続き制圧を最優先とする。応援要請があれば即座に伝えろ』


 荒井は無言で無線を切ると、隣を走る四ノ宮へ目を向けた。


 その目の先――

 路地の先に立っていたのは、冷たい仮面をつけた女吸血鬼。

 まるで感情のない“人形”のように、ただ静かにそこに立っていた。


「……ナンバー96……!」


 四ノ宮の喉が、かすかに震えた。


「根津さんの、仇……!」


 拳を強く握る。

 冷たい風が頬を叩きつけても、その熱だけは冷めなかった。


(俺が……決着をつける)


 隊列の隙間を抜け、四ノ宮は一歩、前へと踏み出した――。







「冴島、突入するぞ」


「……おう」


 黒瀬の号令と同時に、二人は一気に《Yume》の外壁へと突撃した。


 バァァン――!


 破砕音が夜を切り裂く。


 壁が崩れ落ち、粉塵が舞う視界の中から――

 現れたのは、“それ”だった。


 全身を血の鎧で覆った吸血鬼。


 その姿は人とはかけ離れ、両腕は鉈のように湾曲した赤黒い刃へと変化していた。

 その血の鎧には、まるで感情の代わりのように**無数の“目”**が浮かび上がっていた。

 どれも見開かれたまま瞬きもせず、こちらを睨みつけている。

 意志なき殺意だけを帯びて、沈黙のまま“戦場”に立っていた。


 まるで意思も言葉も持たず、ただ殺戮のためだけに生み出された兵器。


「……お前は、あの時の……」


 黒瀬が一歩前に出る。

 かつて戦場で見た悪夢が、今、再び現実となる。


 吸血鬼は何も言わない。

 ただ、静かに首を傾ける。


 その動きだけで、殺気があたりに満ちる。


 冴島がすっと構えを取る。


「やるしかないな。……あの夜の続きだ」


 黒瀬が静かにそう告げると、指輪に宿るレヴナントが赤く脈動し始めた。


 次の瞬間――

 血のような光が彼の全身を包み、重厚な鎧が浮かび上がるように形を成していく。

 鋭利な突起を備えた肩甲、厚く硬質な胸部装甲、そして――


 右手に握られたのは、斧と槍を融合させた巨大な武器。

 振れば大地を割り、突けば鋼をも貫くその異形の刃は、まさに“殲滅”のための兵器。


 それはかつて彼が目の前の吸血鬼と交戦した際、その戦闘スタイルを模して生み出したもの。

“力には力で対抗する”――その執念が、武器の形となって現れた。


 黒瀬の発動に続き、隣に立つ冴島も静かに指輪に触れた。


 何の言葉も要らなかった。


 瞬間、彼の足元から重く鈍い音を立てて、血鉄のようなエネルギーが噴き上がる。

 それは一気に冴島の全身を這い上がり、頑強な装甲へと変貌する。


 黒瀬のレヴナントが「攻めの獣」なら、冴島のそれは「制圧の盾」。


 左腕には巨大な鋼盾、右手には重力すら感じさせる戦鎚が現れる。


 一撃で壁を砕き、あらゆる攻撃を受け止めるために作られた、“沈黙の防衛者”。


 その武装もまた、過去に対峙した吸血鬼の破壊力と再生力を“完全に封じる”ために設計されたものだった。


 冴島の目は、冷たく、正確に戦場を見据えている。


 一切の感情も揺れもない。

 そこにあるのは、ただ――確実に仕留めるための意志だけだった。


 戦場に響いたのは、重低音のような地鳴りだった。

 血の鎧に全身を包んだ吸血鬼が、無言のまま一歩を踏み出す。

 その動きは獣ではない。だが、人のそれでもない。

 冷静で、無駄がなく、圧倒的な力強さと速さを備えた“完全な戦士”の姿だった。


「俺がいく、冴島、援護頼む!」


「了解した」


 黒瀬の手に握られたのは、斧と槍を融合させた巨大なレヴナント。

 両断と刺突、両方を備えた殺意の塊が、風を切って吸血鬼へと迫る。


 ズバッ!!


 だがその一撃は、吸血鬼の前ではあまりにも軽い。

 血の鎧がまるで生き物のように脈動し、刃が吸血鬼の呼吸に合わせてわずかに震えた。

 まるでそれは、意思ではなく本能だけで動く生物兵器だった。


「……!? 受けた……のか?」


 黒瀬の表情に、わずかな困惑が走る。

 その隙を突くように、吸血鬼の肘から突き出た血の刃が、背後から迫った。


「甘い!」


 冴島が鋼盾で割り込んだが――


 ガギィィィィ!!


 盾が砕けるような音が響く。冴島の体が後方へ弾き飛ばされ、電柱に激突した。


「っぐ……クソッ……!」


 口元から血が滲む。冴島は盾を立て直し、すぐに立ち上がるが、明らかにダメージは深い。


(速すぎる……そして、力も重すぎる……)


「こいつ、今までの奴らとは桁が違う……!」


 黒瀬が言葉を吐き出す間にも、吸血鬼は間合いを詰めていた。


 一瞬の視界に入るのは、無数の血の刃。

 それは武器ではない――もはや“本能そのもの”だった。


「ぐっ――!」


 黒瀬の斧槍が軌道を変え、三連撃を繰り出す。

 だがどれも空を斬る。吸血鬼はその重さに頼った攻撃の隙を、すべて読み切っている。


 そして、反撃。


 ドンッ!


 肩口に鋭く突き立つ血の刃。黒瀬の肩が裂け、血が飛び散る。


「黒瀬ッ!」


 冴島が横から飛び込み、盾で追撃を逸らす。だが、その隙に吸血鬼の爪が、彼の腹部を裂いた。


「ぐあっ……!」


 冴島が膝をつく。その目にはまだ闘志が残っていたが、動きが鈍い。


「くそっ……持たねぇぞこれ……!」


 二人とも、既に満身創痍だった。


 斧槍の刃は鈍り、盾の表面はひび割れ、戦鎚の振りも重たくなっている。

 そして吸血鬼は――未だ一言も発さず、表情すら変えない。


 血の刃が再び宙を舞い、夜の空気を裂いた。


 黒瀬と冴島の体はすでに傷だらけだった。レヴナントで覆われた防具の継ぎ目には細かな裂傷が走り、呼吸も荒い。けれど――二人の眼差しにはまだ光が宿っていた。


「……冴島、やっぱこいつ、動きが読みづらい」


「ああ、だが完全に無軌道じゃない。防御に入った瞬間、左肩が甘くなる。さっきの攻撃で確信した」


「そこを狙う。俺が囮になる。お前の盾、もう少しだけ頼めるか?」


「何度でも貸してやるよ。お前の無茶を受け止めるのが、俺の役目だ」


 小さく笑ったその瞬間、吸血鬼が再び動いた。


 地を滑るような速さで距離を詰め、右腕から伸びた血の刃が横一文字に振るわれる。

 黒瀬が前に出る。


「構えろ!」


 斧槍の巨大な刃が、吸血鬼の攻撃と激突する。

 火花と共に衝撃が走り、黒瀬の足元が砕けた。


「……まだまだ!」


 吹き飛ばされかけながらも、その勢いを活かして斧槍をぐるりと回転させ、吸血鬼の視界を奪う。


「今だ、冴島!!」


 冴島が飛び込む。


 盾を前面に出し、敵の視線を引きつけるように突っ込む。

 その瞬間、吸血鬼が鋭く反応し、血の槍を突き出した。


「――そう来ると思ったよ」


 冴島は槍の軌道を読み、盾を傾けて受け流す。

 わずかにできた空白。そこへ、彼の戦鎚が叩き込まれる。


「喰らえ……ッ!!」


 ガンッ!


 鈍い音と共に、吸血鬼の左肩が弾ける。血の鎧が大きく歪み、肉の奥が露出した。


(血の鎧が、明らかに“後退”している……)

 戦いの中で初めて、奴が“防御”を選んだ。


 冴島は確信した。この一撃は、“届いた”。


「よし、通った!連携維持!」


「詰めるぞ!」


 その瞬間――吸血鬼の“鎧”に浮かぶ無数の目が、一斉にこちらを睨んだ。

 感情など宿していないはずのそれらが、まるで“怒り”を訴えるかのように、黒瀬と冴島の動きを追っていた。


 黒瀬と冴島が、互いに息を合わせて動き出す。


「――この1年、何度も模擬戦を繰り返してきた。全てはこの瞬間のために。」


 黒瀬の斧槍が上段から振り下ろされ、吸血鬼の頭部を狙う。

 吸血鬼がそれを避けようと後退した瞬間、冴島が横から盾を叩き込んでバランスを崩す。


「盾を使って体勢をずらす……いけるぞ!」


「次、左斜め下から突く!お前は右へ流せ!」


「了解!」


 斧槍がうねるように突き出され、吸血鬼がそれを迎え撃とうと動いた瞬間――


「そこだ!」


 冴島が背後から再び戦鎚を振り上げた。


 連携はもはや呼吸のようだった。

 五年前ではできなかった動き。

 だが今の二人は違う。


「お前の動き、見えてきたぜ……!」


 黒瀬が一歩踏み出す。冴島がその背を守る。


 血の鎧が再び盛り上がり、吸血鬼が大きく跳躍しようとする。


「逃がすか!!」


 冴島の盾が空を裂き、その跳躍を潰す。

 黒瀬が下段から突き上げ、刃の先端が吸血鬼の腹を貫こうとした――


 ガギッ!


 またしても血の鎧が間一髪で受け止めたが、今までとは違った。

 鈍い呻きのような、血の滲む音。


(通ってる……こいつに、“痛み”がある)


「冴島……もう一押しだ!」


「行け、黒瀬!」


 二人の連携は、まるで一つの“武器”のように洗練されはじめていた。

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