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第32話 血の降る聖夜、そして祈りの丘

12月24日の戦いは、大々的にG.O.D側の勝利として報道された。


「計画通りの掃討作戦」「脅威の一掃」「秩序の回復」


各メディアはそう謳い、人々は安心を買うように報道に拍手を送った。

政府は声明を出し、G.O.D本部は戦果を誇示し、

人々はそれを“正義”として受け入れた。


――それは、いつもそうだ。

勝った者こそが正義を名乗る。

敗れた側の言葉は、誰にも届かない。


けれど、第3区に足を踏み入れた者は、

その“勝利”の裏側に広がる異様な静けさと、あまりにも多すぎる血の痕跡に言葉を失った。


焼け焦げた建物。

崩れた瓦礫の下から覗く、白く凍った手。

誰にも回収されることのなかった吸血鬼たちの亡骸と――

同じように、G.O.Dの兵士たちの壊れたレヴナント。


雪が降っていた。

冷たいはずの白が、赤く染まっていた。


だから人々は、いつしかこの夜をこう呼んだ。


――『血の降る聖夜』と。


それは、報道が語らなかったもうひとつの“真実”。

この夜に失われたすべての命と、誰にも救われなかった祈りの名だった。




芳村さんの遺体は、街の喧騒から遠く離れた、雪深い山の中に埋めた。


山肌は白く、静かだった。

人の気配もなく、ただ風が枝を揺らし、時折粉雪がふわりと舞う。

その静寂は、まるで芳村さんの眠りを守るために世界が音を失ったかのようだった。


埋葬のときは、皆で手を動かした。

誰かが命じたわけでもない。自然と、全員が鍬を持ち、土を掘った。

その輪の中には、セレナの姿もあった。

彼女は黙ったまま、黙々と作業を続けていた。

その横顔は、凍てつく風の中でも微動だにせず、ただまっすぐに向き合っていた。

死を、現実を、そして――Yumeの終わりを。


「……芳村さん……」


響華が、声を震わせて呟いた。

彼女の頬を流れる涙は、すぐに冷たく凍えた空気に奪われる。

それでも、泣くことをやめなかった。


誰よりも優しくて、

誰よりも不器用で、

それでも誰よりも“戦いたくない者”たちを信じてくれていた――


そんな芳村さんを、太陽の下で焼かせたくなかった。


まるで穢れのように処理されることを、

人としての最後の尊厳を、誰にも奪わせたくなかった。


だから、ここに連れてきた。

誰にも見つからないこの山に。

春が来れば草が生え、鳥が鳴き、

やがて、ただの“静かな丘”になる。


「……今まで、ありがとう」


響華が、小さく嗚咽しながら言った。


「本当に、ありがとう……」


「みんなの……Yumeを、ありがとう」


祈るように、泣くように。

その言葉は、空へ、雪へ、そして埋められた土の奥へと染みこんでいった。


セレナはそっと目を伏せ、白い息をひとつ、静かに吐き出した。


エンドは何も言わなかった。

ただ、手の中で芳村の指輪を静かに握りしめていた。


やがて空から、ひとひらの雪が落ちてくる。


それはまるで、

“ありがとう”という言葉に応えるかのように――


しん、と音もなく、白が積もっていった








帰り道、雪に濡れた地面を踏みしめながら、俺たちは山を下っていた。


だが――その道の先に、静かに“存在”が待っていた。


黒い車。

艶やかな塗装が、街灯のわずかな光を映し出している。

その車を取り囲むように立っていたのは、スーツ姿で統一された者たち。

匂いからして、全員が“人間”だった。


顔の上半分を仮面で覆い、まるで仮面舞踏会からそのまま現れたかのような風貌。

無言で、整然と、威圧するでもなく――ただ、“役目を果たす”ためにそこにいるかのように立ち尽くしている。


その異様な光景に、響華がわずかに身をすくめた。

俺の横で、セレナが一歩前へ出る。


「……セレナ」


「うん」


彼女の声は揺れていなかった。

この訪問が、いずれ来ると知っていたように――いや、覚悟していたように。


遂に来たのだ。


「エンド様、セレナ様――」


仮面の一人が一歩前に出る。

その声は抑揚がなく、しかし明らかに“礼節”と“警戒”を滲ませていた。


「我が主が、お待ちです」


背筋が凍るような言葉だった。


“あの男”――


影からすべてを見ていた者。

俺の存在を知り、力の“意味”を知り、この世界の歪みにすら関与している人物。


セレナと二人で車に乗り込む。

ついに、今から“会える”のだ。


東京に来た、もう一つの目的。

――“あの男”に。

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