『ヤタガラス』が西へ動き始めた。
その知らせは、中華民族政府によって『解放軍』に伝えられた。
(新たな拠点を作るつもりだな...今度はどんな動きをするのか...)
ティエラはそんなことを考えながら準備を進める。
「さて、出発だ」
T・ユカのそんな言葉とともに、『解放軍』も最短距離を使いながら西へと歩みを進め始めた。
が、そのときだった。
「......?」
国境警備隊と思われる者たちがいるのだが、なかなか通してくれないのだ。
『解放軍』には監査免除が認められているはずなのだが。
「...どういうつもりだ」
ティエラは身構える。
相手の一人が口を開く。
「俺たちは...国境警備隊ではない。『親衛隊』だ」
「...一応聞こう。『誰』のだ」
ティエラは小銃に手をかける。
「『ヤタガラス』!!」
そう叫ぶと、相手の一人が発砲した。
そう来ることが分かっていたティエラは、それを軽々とかわし、そのまま相手の頭部に銃口を突き付け、迷いなく引き金を引いた。
「お、おいっ!」
相手の一人は仲間が撃たれたことに動揺している。
(こいつら、『素人』だな)
そのままティエラは、動揺して隙だらけの相手を射殺。
その後も、難なく敵勢力をなぎ倒していった。
そして...
「お前で最後だ」
「ぐっ...貴様ァ...!」
相手が自分に銃口を向けようとした瞬間、ティエラは相手の手を撃ち抜いた。
「...っ!!」
相手は拳銃を落としてしまった。
拾おうとしてしゃがんだ瞬間、拳銃は遠くへ蹴っ飛ばされ、頭にはティエラによって銃口を突き付けられていた。
「くっ...!」
「お前ら...『親衛隊』と言っていたな。『ヤタガラス』が直々に設立したのか?」
「違う!俺たちが自主的に設立したんだ!『あの子』こそ、このクソみたいな世界を導いてくれる存在だと信じてるからな!」
「そうか」
直後にティエラは敵の頭をぶち抜いた。
(『あの子』、か...。確かにアイツ...いや、アイツらはガキだ。それを分かっておきながらなおすがりつくお前ら大人など...)
「...クズが」
「?何か言ったか?ティエラ」
「いや、なんでもない。行こう」
こうして、『解放軍』は再び移動を始めた。
岩陰に残るたった一人の生き残りに気づかぬまま。
“少女”は岩陰から一点をにらみつける。
「よくも...!よくも皆を...“お兄ちゃん”を...!許さない...殺してやる...!ティエラ...!」
そう言いながらも、彼女の拳銃を握る手は震えていたのだった。
『解放軍』一行が歩いている中、突然イドが足を止めた。
「どうした?イド」
T・ユカはイドに歩み寄る。
「...あれでよかったのか?」
「......何が言いたい」
ティエラは冷酷な視線でイドの目を見つめながらイドの答えを求めた。
「ヤツらは、武装していたとはいえ、民間人だぞ...?これは...非人道的行為なのではないか?」
「違うな。ヤツらは『ヤタガラス』に肩入れし、俺たちに武器を向けた。その時点でただの民間人ではない。民兵というのが妥当だろう」
「......」
「お前...さては国際法を知らないな?」
「何だと...?」
「『非戦闘員』。戦争において攻撃してはいけないと定義される者...その中には兵士の階級を示すものがあり、捕虜としての扱いを受けている者または戦闘に参加していない一般市民などのことを指す。だが、民兵はその範囲外だ。攻撃しても法的に何ら問題はない。......まあ、今の世界で法なんて通用するかと言えばそれまでだが、それならむしろルール無用で『敵』を殺し放題ともとれる」
「......それは、正義か?」
「いつから正義になった?」
「!!」
「何度も言うが、『解放軍』はあくまでオリジンを倒すための軍事組織であって、NGOのようなそこらの慈善団体とは違う。我々の活動の邪魔する者は、誰であろうとできる限り消す」
「......」
「それを正義と取るか、悪と取るかは、お前の自由だ」
「オリジンを倒した後は...何をするんだ?」
「さあな、俺は早急にここから抜け出したいからどうなろうと知った事じゃない」
「...アンタに聞いたのが間違いだったかのかもしれない」
ここで会話は途切れた。
イドはこの会話を経て、ティエラに対し、少しばかりの嫌悪感を抱いたのだった。
そんな中、一行の上空を鳥が数羽通過するのだった。
「...ヤツら、俺たちと同じ西に向かってきている」
ジュンがそう言った。
「早すぎる...。大体敵が多すぎるのよ...」
サラは苛立ちを隠せない。
「どうするよ、こんままだと追いつかれるぜ」
ジュンは連に作戦の立案を促した。
「......『盾』を作る」
「......りょーかい」
こうして『ヤタガラス』は、中央アジアのある集落へと足を踏み入れるのだった。
『解放軍』に、『ヤタガラス』が中央アジアで停滞したとの知らせが届いた。
「チャンスだな。少し急ごう」
スマホの画面でその知らせを見ながら、ティエラはそう言った。
皆もそれに従い、早足で歩き始めた。
と、そのときだった。
「総員へ報告!!オリジンがこちらに接近中!!」
偵察部隊からそんな報告が通信機越しに届いた。
「!!シベリアを抜けやがったのか...!」
そう、ここ数週間は、オリジンがシベリアをさまよっているため、束の間の平和期間だったのだ。
ちなみに、そのような機関は毎年ある。
オリジンはあまり知性が高くない。それが唯一の救いである。
しかし、それは裏を返せば、何をしでかすか分からないともいえるのだ。
「総員戦闘準備!!装備確認を怠るな!!!!」
T・ユカは兵士たちに対し、声を張り上げながらそのような指令を出した。
「クソッ!こんな時に...!」
イドは明らかに苛立っている。
「......やってやる...!」
レオは身体の震えを抑えながらオリジンのいる方角に向かって鉄棒の先を向ける。
(何てことだ...!よりにもよってこれからヤツらを追い詰めようとしているときに来るとは...!これではまるで...!まるで......運命がヤツらを生かそうとしているような...!?)
ティエラは淡々と装備を整えているが、心の底はあまりにも“ヤツら”にとって都合の良すぎる出来事の連続に対し、動揺していた。
「このままでは...ヤツは中国地域に突入するぞ」
T・ユカも焦りを見せた。
拳銃、小銃、マシンガン、ロケットランチャー、ロケット砲、戦車などなど...『解放軍』は陸戦においての主要装備を全てオリジンのいるほうへと向ける。
「ユカ、周辺支部の応援は?」
「既に呼んでいる」
そう、『解放軍』は世界各地に支部が存在する。
たった今、T・ユカからの要請を得た各支部は即座に出撃準備を進め始めている。
「さあ...来い、オリジン...!」
T・ユカは堂々と構えている。
彼女の横にいるティエラもそれは同じだ。
「はあ...もう、勘弁してくれ......」
もっとも、彼の場合、戦意など微塵も感じられないものであったが。
地鳴りがだんだんと激しくなってきた。
土煙が彼らを囲い込む。
ある兵士は固唾を飲んだ。
「...来る」
土煙の中、子どものような人影が一つ、重い足取りでこちらに近づいてくる。
それは、どこか無邪気で、そして、おぞましいものなのだった。