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第37話 Castling

カザフ民族政府のある集落での事件から2日が経過した。


オリジンとの死闘を経て有用な移動手段が激減したこともあり、『解放軍』はこれまでほどの機動力を保てなくなっていた。


そんな中、集落には既に上海から『親衛隊』が到着していた。


「オマエたち...何しに来た?」


「何しにも何もアンタらを助けに来たんだ!『解放軍』はもうこっちに向かって来てる!」


「...だろうな。...オマエも来たのか?」


そう言いながら連はオークションで助けた黒髪に黄色の瞳の女性に目を向ける。


「私たちも『ヤタガラス』の一員...協力しない理由がありません」


女性はうなずきながらそう答えた。


「...オマエの役割は雑用のはずだが。......どうやら、そこは理解しているようだな」


女性は自然な笑みを浮かべながらうなずいた。





これは『ヤタガラス』が西方へと旅立った数時間後のこと、中華民族政府領の国境にて...


「おい!そこのお前!どこに行くつもりだ!」


『親衛隊』の一人である男が、軽トラに乗ろうとする少女に声をかける。


「決まってるじゃない!仇打ちよ!仲間が殺されてみすみす黙ってるわけにもいかないでしょ!?“お兄ちゃん”だけじゃ飽き足らず...!あの男は...!」


「お前、その見た目だとまだ免許持ってないだろ!?」


「それが何よ!今更法を気にするわけ!?」


「.........わかったよ。どこに行きてえんだ?嬢ちゃん」


「カザフ民族政府領内のこの集落」


少女は地図にある目的地を指さす。


「......嬢ちゃん、一応聞くが今幾つだ。成人はしてなさそうだが...」


「16よ」


「はあ...こりゃ、後々面倒なことになりそうだが...仕方ねえな。いいぜ嬢ちゃん!俺がそこまで連れてってやるよ!運転ってのはな、そんな簡単なもんじゃねえんだ!分かったら助手席にとっとと乗りな!」


「!!」


そう言いながら男は運転席に腰掛ける。

少女も助手席に腰掛けた。


「おじさん...ありがとう」


「お兄さんって呼んでほしいんだがなあ...。まあいいや。嬢ちゃん、名前は?」


「フェイ。おじさんは?」


「リーだ。ようし...飛ばすぞ!しっかりつかまってな!!」


こうして2人を乗せた軽トラで西へと急行するのであった。





「皆、忘れ物はないな」


連の言葉に皆はうなずく。


「後方は俺たちに任せてくれ」


武装した『親衛隊』の一人はそういった。


「感謝する」


こうして『ヤタガラス』は『親衛隊』に背後を守られながら、住民たちへの物資を置き土産に集落を出発した。





『解放軍』も、もうすぐ集落へたどり着きそうなところまで来ていた。


そのときだった。


「ティエラさん」


レオが口を開いた。


「どうした。レオ」


「ティエラさんにとって、命の軽さはどれぐらいなんだ?」


「......なぜ『軽い』のが前提の話になっているんだ?」


「...あんな戦い見せられたら、誰だってそう思うさ。皆一人一人の命があるのに、そのほとんどが塵のように散っていったんだぞ!?」


レオは辛抱たまらず、怒鳴り上げてしまった。


T・ユカが口を開く。


「............レオ、その心を忘れるな。いつか、“慣れる”時が来る。そのときが、人としての“終わりのとき”だ」


「......!!」


レオはそう言ったT・ユカの顔を見て何も答えられなくなった。


レオに説いている2人の表情は虚無そのもの。

そう、彼らはもう“手遅れ”なのだ。

“彼女”は、まだ間に合いそうだが。


再び、『解放軍』を沈黙が包む。


そして...


「...着いたか」


ティエラがそう言いながら見つめる先には、集落の入り口があった。


と、そのときだった。


「ま...待て!」


住民たちが『解放軍』の行く手を阻んだ。

皆、鍬等の農具を手にしている。武装しているつもりなのだろう。


「ここから先は...俺たちが行かせない!」


「『ヤタガラス』こそが俺たちの本当の希望だ!だって......だって、お前たち『解放軍』は、俺たちを助けてくれなかったじゃないか!!」


訴えるような目で住民はそう言った。


「......お前たち少数派を救う余裕が俺たちにあるとでも?」


「ッ!!」


「分かったらそこをどけ。......いや、その前に、ヤツらがどこに向かおうとしているのか教えてもらおうか」


「教えるわけがないだろう!!」


「それはつまり、お前らは『ヤタガラス』の一員であると、そう言いたいんだな?」


「あ、ああ...!その通りさ!!」


他の住民も勢いよくうなずいた。


「...なら仕方ないな」


ティエラはマシンガンに手をかける。


「お...おい!!」


イドは動揺しながらティエラを制止する。


「なぜ止める。こいつらは我々を妨害しているんだ。それならそれ相応の対応をしなければならないだろう」


「......民間人だぞ?しかも今回は明確な武器も持っていないんだ!!」


「ヤツらの手にしている物は、傷害能力のある物であることに間違いはない。それに......こいつらは『ヤタガラス』の“駒”であることを認めた。つまりこいつらは、“敵”だ」


「......なんだと?」


「チェスは知っているだろう?敵の駒は、“払う”のがルールだ」


「待っ─」


ティエラは銃口を相手に向けると、容赦なく引き金を引いた。


一人、また一人、人々が倒れていく。


ティエラが手で合図すると、『解放軍』の兵士たちは集落中の民家に突入していき、瞬く間に集落は火の海となった。


「.........」


イドは唖然としながら、見ていることしかできなかった。

T・ユカも拳を握り締めながら歯を食いしばった。


と、そのとき、イドの前に子どもが通り過ぎようとした。


が、次の瞬間、子どもは頭を撃ち抜かれ、その場で息絶えてしまった。


銃弾の軌道の元を見ると、そこにはティエラがいた。


「......どうして」


「子どもは猶更ここで葬っておくべきだろう。放っておくと、いつか報復に来る危険性がある。そう......お前らのようにな」


そう言いながらティエラはイドとT・ユカを見比べた。


結局、集落の者たちは一人残らず葬り去られてしまった。

老若男女問わず、一族郎党、皆。


「これで終わりか」


「はい、しかし、誰一人として『ヤタガラス』の位置情報を吐きませんでした」


「...バカどもが。大人しく吐けば生き延びられたものを...」


ティエラは少し苛立ちを見せた。


「まあいい。じきに情報は回ってくる。行くぞ」


ティエラ、そして『解放軍』の兵士たちは歩みを進め始める。


T・ユカもそれに続こうとしたその時だった。


「待て!!」


イドのその怒鳴り声で皆は足を止めた。


「またお前か」


「お前ら......一体なんなんだ?本当に何も思わないのか?何も感じないのか!?」


兵士の一人がイドの肩に優しく手を置く。


そして


「もう...慣れた」


そう言い残し、歩き出した。


その兵士はイドに微笑みかけていたが、その微笑は、空っぽだった。


「イド......」


「...レオ?」


唖然としているのはレオも同じだった。


「俺たちも...いつか慣れるのかな」


「......お前までそんなことを言うな。絶対に慣れてたまるものか...!」


イドは眉間にしわを刻みながら、進み始めた。

レオも、どこか悲しげな目をしながらそれに続いた。




軽トラの中にて、


「なあ」


「なに?リーさん」


「フェイはどうしてティエラを恨んでいるんだ?そりゃあもちろん、仲間がやられたからってのもあるだろうが、お前にはそれ以外の原因があるように感じられるぜ」


「......リーさんの言う通り。私がティエラを恨む理由は今回の件だけじゃない」


「......“お兄ちゃん”のことか?」


フェイはうなずく。


「お兄ちゃんはね...すっごく優しかった...。私はそんなお兄ちゃんの笑顔が大好きだった。家族みんな、お兄ちゃんの笑顔を見られるだけでも幸せだったんだ。お兄ちゃん、私のためにたっくさん我慢してた...。自分の欲しい物は全部私のために後回し。そんなときにね、私...ひどいこと言っちゃったんだ」


「何て言ったんだ?」


「私の家族、貧乏だったからさ、他の子たちに比べていろいろとあれで...。それで、『お金持ちにさえなれば幸せなのにな~』なんて、なーんにも考えずに言っちゃった...」


「...それで?」


「そしたらお兄ちゃん、突然軍隊に入るなんて言い出して...。軍隊に入って、それから...」


「......」


リーは察した。兄はその後彼女の元へは二度と帰ってこなかったのだ、と。


「...でも、それだけじゃ理由になんねえぞ。ティエラを恨む理由には」


「簡単な話。そのとき、お兄ちゃんが配属された部隊がティエラのいる部隊だったからってだけ。勝手な話なのは分かってる...。でも...でも...!あんなに強いのに...なんでお兄ちゃん一人護ることもできなかったのかなあって...!わざと見殺しにしたんじゃないかなあって...!そう思うとね...アイツが憎くて憎くて仕方なくなるの...!」


リーは複雑な表情でフェイの話を聞く。


「それに、お兄ちゃんが死んでから、皆笑わなくなっちゃって...!私たち、あの日から心まで貧しくなっちゃったんだよ...」


「家族は、生きてんだろ?今も」


「知らない......今はバラバラだし」


「......そうか」


リーは、それ以上何も言わなかった。


重苦しい雰囲気の中、軽トラは荒野を走り抜けるのだった。





「!」


集落の出口まで来たとき、突然ティエラが立ち止まった。


「どうしました?ティエラさん」


「...忘れ物だ。お前らは先に行ってろ」


そう言うとティエラは再び集落へと戻っていった。


(...物資の探索を忘れていた)


ティエラはくまなく集落を回る。


「...はあ」


ティエラはため息をついた。

それもそのはず、見つけた物資は黒焦げになってしまっていた。


(...もう戻ろう)


ティエラが再び皆のほうへと背を向けたその瞬間だった。


(...?何か来る...)


ドドド...という音が聴こえる。

これは、おそらくトラックの走行する音だ。


ティエラが振り返ると、武装した少女と男の姿が乗っている軽トラがこちらに向かってきていた。


「ひでえ有様だな...こりゃあ」


「......。!!!!」


フェイはティエラの存在に気付いた。


「リーさん!!車、停めて!!早く!!!!」


「!?お、おう!!」


軽トラは急停車する。


軽トラの助手席のドアが勢いよく開くと、そこからフェイが飛び出してきた。


「...?」


ティエラはいまいち状況を飲み込めずにいる。


だが、少女が自身に対して底なしの憎悪の感情を向けていることだけは確かだ。


「やっと見つけた...!ここで...!ここで終わらせる...!仲間の...お兄ちゃんの仇を...今、ここで討つ!!」


フェイはそう啖呵を切ると、堂々とティエラへ向かって足を踏み出すのだった。

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