『解放軍』がカザフ民族政府へと足を進めていくその頃、『ヤタガラス』はロンドンで熱烈な歓迎を受けていた。
『ヤタガラス』がロンドンに入ったとき、そこら中のイギリス人が警察などものともせず、『welcome!』のプラカードや『ヤタガラス』の家紋が描かれた旗などを掲げているのが何度も見受けられた。
「活躍は聞いてるぞー!!」
「俺たちはアンタたちのようなのを待っていたんだ!!」
「我々の“救世主”!万歳!!」
これも時代の力なのだろうか。
『ヤタガラス』の活躍は、SNSを巡り、瞬時に世界中で知られていた。
『社会の闇を裁く“真の救世主”』
そのような見出しのニュースが世界中で出回った結果、『解放軍』の知らぬうちに、『ヤタガラス』は世界中の不満を抱く人々の崇拝の対象となっていた。
一方その頃、カザフ民族政府領内でも動きが出ていた。
『親衛隊』と現地民による激しい反政府武力活動を受け、ついに指導者が国外へ逃走。
ここにカザフ民族政府の政権転覆が実現した。
『親衛隊』の者たちは、革命の英雄として、パレードにて凱旋を飾った。
そして、カザフ人の大半による『ヤタガラス』への支持が確固たるものとなった。
中華民族政府でも、動きは始まっていた。
領内の各地で『親衛隊』とその支持者たちが突如として一斉に武装蜂起を起こし、その脅威はすでに政府にまで迫ってきていた。
上海での事変によって、財政に大ダメージを負っていた政府は、迅速な対応などできるはずがなかった。
『解放軍』はカザフ民族政府の国境周辺にて...
そこら中に『ヤタガラス』の旗が掲げられている。
(なんということだ...既にここは『ヤタガラス』の手中にあるというのか...)
と、そのときだった。
「止まれ!!」
「!?」
突然、国境警備隊が一斉に銃口を向けてきたのだ。
「...どういうつもりだ」
ティエラは彼らをにらみつける。
「貴様ら!『解放軍』だな!?」
「ああ、そうだが...」
「立ち去れ!でなければ皆殺しだ!」
「.........」
ティエラは片手をあげる。
『解放軍』の兵士たちは一斉に銃口を国境警備隊へ向けた。
その数の差は歴然だった。
「ッ...!撃てーッ!!」
国境警備隊の一人のその掛声によって、戦いの火ぶたが切って落とされた。
結果は、『解放軍』の圧勝。
圧倒的な物量を前に、国境警備隊は為すすべもなく蹂躙された。
カザフ民族政府領内に入った『解放軍』は、 『親衛隊』との交戦状態に入った。
その後、あるニュースが再び世界中に出回る。
『対オリジン武装組織『解放軍』、カザフ民族政府領内にて『ヤタガラス』と武力衝突。彼らも社会を牛耳る闇なのか』
これに対し、世界は『解放軍』を擁護する者と『解放軍』を“偽りの救世主”、“倒すべき敵”であると煽る者に二分された。
こうして、世界を股にかけるボードゲームは佳境に入ったのだった。
「ロンドンか......200年経っても、あんま変わんねえな」
ヒカルは、連の手配したボートでイギリスへ上陸し、ロンドンに入った。
そして...
「!!お前が......連、だな」
「......ああ」
ついに2人は対面した。
ヒカルは連に案内された建物の中で、話をすることとなった。
「...ヒカル・アシュラだな」
「ああ。ヒカルでいいぜ」
「ヒカル、単刀直入に聞こう。今、どんな気分だ?」
「まずまずだな。年頃の女の子の身体に入るのは」
ヒカルは苦笑いしながらそう答えた。
「お前はどこまで覚えている?」
「生前のことか?」
連はうなずく。
「そうだな...。このレイってやつ、俺のことそこまで分かってないのに呼び出しやがったからか、25から先の記憶がない。オリジン封印して、キャンパスライフ(笑)送って......あー、あと、バー開いた」
「バー?」
「ああ、岩手にな」
「なぜバーを?」
「なんとなく。やってみたかったから」
「.........」
連はヒカルの尋常ではない行動力に驚愕した。
「英雄であることを知られさえすれば、アンタは生涯働かずに暮らせたはずだろう」
「ええ?やだよお!目立ちたくねえもん!!」
「...そうか」
「他には?」
ヒカルは例の雑用の女性が出したお茶に手を付ける。
連は少し考え込んでこう言った。
「25になっても独身だったのか?」
「ブッ!!!!!」
ヒカルはお茶を吹き出してしまった。
雑用の女性は床をモップできれいにし始めた。
「おッ...!お前ッ...!もっとあんだろ!?聞くことがよォ!?」
「いや...すまない。つい気になったんでな」
「はあ...あーそうだよ!独身だよォ!てめーぶっ殺すぞ!?」
「いや...本当にすまない。悪かった、本当に」
「...もういいよ。すまねえなそこのアンタ、床汚しちまって」
「いえ、仕事ですので」
雑用の女性はそう言って少し微笑む。
「...あの人結構キレイじゃね?良い人そうだし、お前あの人狙えよ」
「......何の話だ」
「名前は?知ってんのか?」
「知らん」
「はあ!?知らないぃ!?」
ついさっきまでひそひそと話していた連とヒカルだったが、ヒカルが突然怒鳴ったことで、連と雑用の女性はビクッと体を震わせた。
「あ、あの...私、何か至らぬことを?」
「いや、そんなことはない。オマエはよくやってくれている。ところで...」
連は少し目を泳がせている。
ヒカルは「早く言え」と言わんばかりに貧乏ゆすりを仕掛ける。
「オマエ...名前は、何というんだ?」
ヒカルはガッツボーズをした。
「メイです」
「メイ...か。良い名だ」
「ふふっ...ありがとうございます」
その後、連は黙ってしまった。
「まっ、まぶしいっ...!笑顔がまぶしいっ...!」
その正面でヒカルは目を両手で塞ぎながらそんなリアクションをしていた。
「......さて、と」
「!!」
「本題に入ろう」
「.........そうだな」
連のその一言をきっかけに、ヒカルは一瞬で態度を切り替えた。
「アンタは、オレたち...『ヤタガラス』に何を求める」
「俺はお前らに協力する。だから、お前らも俺に協力しろ。言っとくが属するつもりはない。組織間のごたごたはめんどくさいったらありゃしねえからな」
「オレたちの協力を得て、何をするつもりだ」
「オリジンをぶっ倒す」
「...なるほど」
連は少し考え込んだ。
そして、
「確かに...アンタはオレたちに協力すると言ったな?」
「ああ、言った。お前らの身の安全は俺が護る。ただし、内のごたごたに介入するつもりは微塵もない」
「.........いいだろう」
「交渉成立、だな」
2人は席を立ち、互いに握手を交わした。
こうしてヒカルは、『ヤタガラス』と正式に手を組むこととなった。
一方その頃、カザフ民族政府領内では止まることなく銃声が鳴り響いていた。
フェイとリーも戦火に身を投じていた。
「フェイ!また一つ防衛線が破られたらしい!ここに来るのも時間の問題だぞ!」
「でも...!仲間を捨てて逃げることなんてできない!!リーさんだって、そんなことできないでしょ!?」
「うっ...!」
と、そのときだった。
「お、おい......嘘だろ」
上空には数十機の“影”がある。
リーは絶望した。
「爆撃機......」
リーがそう呟くと、フェイも空を見上げる。
数秒後、数えきれない量の爆弾が爆撃機から投下され始めた。
多数の爆弾が空を切る音によって現実に引き戻されたリーは、フェイを抱え、建物の陰へと駆け込んだ。
「......いてて、フェイ...無事か」
「う、うん......って、リーさん!その怪我!!」
「ん?あ、ああ。ちょっとな......」
リーは頭から出血していた。
しかし、フェイに心配をかけるわけにもいかないので、笑ってみせた。
「大丈夫なわけないでしょ!!」
すると、フェイは自身の袖を破り、リーの頭に巻いた。
「これで止血はできるはずだから...!」
「...悪いな」
「立てる?」
「ああ、行こう。皆も待ってる」
こうして2人は歩き始めた。
「爆撃機...いくら『解放軍』でもあんなのは...」
「ああ、ありゃあ『解放軍』のもんじゃねえ。ありゃあ米軍のだ」
「アメリカ!?どうして...」
「そうか、お前の世代ではそう言うんだな。俺ん時は『ア連』って呼んでたんだぜ」
「そうなんだ...で、なんでアメリカが?」
「...あの国は、隠してることが多すぎるからな。それに、元から『解放軍』とアメリカはグルだ」
「......そっか」
それからは2人とも黙って焼け野原を歩いた。
数十分歩き続けたその時、ついにフェイが立ち止まった。
「...リーさん」
「フェイ...」
「皆...皆、いなくなっちゃった...!」
フェイの顔は悔しさと怒りと悲しみでぐしゃぐしゃになっていた。
無理もない。
ついさっきまで勝利の歓喜を共有し、テーブルを囲いあった者たちだ。
そんな彼らの命の灯が、こんなにもあっけなく消し去られたのだから。
こうして、カザフ民族政府の『ヤタガラス』新政権は一瞬にして崩壊した。
そして、代表の居ないカザフ民族政府領内は、現地政府に代わって、米軍による軍政が敷かれることとなった。
その後も、カザフ民族政府領内では、『親衛隊』や現地民が武力抵抗を続けることとなる。
一方、『解放軍』は、『親衛隊』の捕虜を多数獲得し、激しい“尋問”の結果、ついに『ヤタガラス』の根城を突き止めることに成功したのだった。