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第44話 The Unknown Hero

アシュラ一族と戦うのは実に8年ぶりだ。

T・ユカにとって、その記憶はまだ新しい。


相手は極限までの疲労状態であるにもかかわらず、自分とH・タイゾウ、ティエラ、N・ヤスヒロの4人相手に互角に渡り合った。

この世の者とは思えないほどの戦闘力を有する一族。


そして、自身の人生で最大の過ちを犯した相手。


それが彼女にとっての、アシュラ一族だ。


まず攻撃に出たのは、T・ユカだった。


一気に距離を詰め、風穴形成を仕掛ける。


相手からは、かわす気配など微塵も感じられない。


「喰らえッ!!」


T・ユカの風穴形成をヒカルは見据える。


「...!」


ヒカルはそれをなんと掌で受け止めた。


「!?なッ...!?」


「!!っつ~...!お前ホントに人間かよ...!」


ヒカルはT・ユカの拳を押し出すと、受け止めたほうの掌をヒラヒラさせながらそう言った。


「...普通は、胴体に穴ぶち空く一撃なんだが」


「だろうな。フツーの人間じゃこりゃ死ぬぞ」


「まるで自分が普通じゃないみたいな言い方だな...」


「...腐っても“救世主”だからな」


「“救世主”...?ヴィレイと同じ...?グッ!?」


T・ユカはヒカルの蹴りを受け流す。

信じられない威力だ。


「ヴィレイ...それがこの世代の救世主か。...死んだんだよな?」


「ああ、アタシが殺した」


「...なるほどな」


ヒカルは一旦距離をとる。


「そりゃあ期待できそうだ」


そう言うと、ヒカルはところどころの骨をポキポキと鳴らし、T・ユカを見据えた。


「じゃ、ちょっと本気出すかな」


次の瞬間、ヒカルは大地を蹴ると、“消えた”。


T・ユカは背後に気配を感じる。

そのときにはもう既にヒカルの拳がT・ユカの顔面に達そうとしていた。


「ッ!!」


と、そのとき、T・ユカは突如として、消えた。


「!!」


ヒカルは瞬時に周りの位置情報を把握し、自身の背後にいるT・ユカの存在を察知した。


2人は反射的に拳を出し、ぶつかり合った。


その後、再びT・ユカは消える。


「!!」


直後、ヒカルは側面からのT・ユカの蹴りを腕で防御した。


「こいつ...早い...!」


その後も、T・ユカは攻撃を仕掛けてきては消え、そして再び攻撃を仕掛けてきては消えを繰り返してきた。


今のヒカルは、八方塞がりだ。


そして、数分後


「はあっ!!」


「うぐッ!?」


ついにT・ユカはヒカルに一撃を与えることに成功した。

ヒカルの脇腹にT・ユカの足がめり込む。

そのまま勢いに任せ、T・ユカはヒカルを思いっ切り蹴っ飛ばした。


ヒカルは大地を弾みながら吹っ飛ぶ。


「ッ!!」


ヒカルは真上に現れたT・ユカの肘打ちを体をくねらせるとそのまま掌で受け止めた。


その後、ヒカルはもう片方の手を使い、バネのようにして地面を弾み、T・ユカから距離をとり、ティエラと同じ“あの構え”をとった。。


T・ユカが顔を上げた次の瞬間、彼女の腹部に、突然目の前に現れたヒカルの足がねじ込まれ、そのまま蹴っ飛ばされてしまった。


T・ユカは一時視界がチカチカするのを感じた。


「あ...あぶねえ...トブところだった...」


T・ユカの顔を冷や汗が伝う。


近づけば激しい肉弾戦に持ち込まれ、離れれば神速の攻撃が下る。


「肉弾戦しか...ないか」


T・ユカはストレッチをし、一旦体勢を立て直す。


「...よし!」


T・ユカは大地を蹴り、消えた。


「...やっぱそう来るか」


ヒカルは身構える。


数秒後、顔の前に突然紫色の拳が飛び出してきた。


「!?」


ヒカルは咄嗟にガードする。


次の瞬間、側面からの蹴りがヒカルの顔面を襲った。


「ッ!!」


ヒカルはそのまま蹴っ飛ばされ、岩に激突した。


岩は崩れ去る。


「いてて...」


ヒカルは自身の背中をさする。


「まだ余裕がありそうだな」


T・ユカはそう言った。


「...お見通しってか」


ヒカルは少し笑うと、そう答えた。


「お前、さっきから一瞬で俺の背後に回ったりしやがるけど......もしかして、特殊能力者ってやつか?」


「まあな」


「......なるほどな」


「!!」


やらかした。


T・ユカはそう思った。


T・ユカの特殊能力は『空間移動』。

8年前、H・タイゾウが撃破したセイレーンであるサターンのものを抽出して得たものだ。


「そういうお前はどうなんだ」


T・ユカは聞き返す。


彼の時折見せる高速移動は、人間のなせる業ではない。


「んあ?あー、あれはフィジカル」


T・ユカはあっけにとられた。


数秒2人はにらみ合っていたが、T・ユカがその沈黙を破る。


T・ユカは再び消えた。


次の瞬間、今度はヒカルの視界いっぱいの距離に紫色の拳が現れた。


目くらましのつもりか。


そう考えたヒカルは素早く振り返るが、そこにT・ユカの姿はない。


と、そのときだった。


とてつもない風圧を正面から感じたヒカルはそこに向き直るが、時はすでに遅かった。


「フンッ!!」


「──グハッ!─」


ほぼゼロ距離からの風穴形成がヒカルの腹部にジャストミートした。


これにはさすがのヒカルも悶絶しそうなほどの痛みを感じた。


「グッ...思い切りやがったな、テメー...」


「へっ」


裏の裏をかいた一撃だった。


「だが、まだだ!」


「!?」


ヒカルは両手で、自身の腹部にまだ残っているT・ユカの片腕をつかむ。


そして...


「うっらあああああ!」


そのままヒカルは体を半回転させながら背負い投げを決めた。


T・ユカは大地をえぐるほどの威力で身体をたたきつけられた。


「ガッ...アッ...!」


T・ユカはそんなうめき声をあげる。


直後、T・ユカの顔面を、ヒカルの大地をえぐりながらの蹴りが襲った。


T・ユカは身体を回転させながら吹っ飛んだ。


「グッ...!クソッ...!なんつー力だよ...!」


T・ユカは起き上がる。


常人とは思えないT・ユカの耐久力にヒカルは驚きながらも、ワクワクを隠しきれないでいる。


「...さっきので確信した。特殊能力は俺には効かねえ。そうだろ?」


「......」


「図星。つまり正解だな」


「...!」


ヒカルは不敵な笑みを浮かべる。


「...そういうお前だって、まだ全然全力出してねえだろ」


T・ユカがそう言うと、ヒカルは「ほう...?」といったような表情を見せた。


「少しは知っている。アシュラ一族は『神通力』を通して、超常的な身体能力をその身に宿すことができるんだ」


「その通りだ。...見たい?」


「見たくはな─」


「俺ん一族の勉強頑張ったご褒美だ。見せてやるよ。なに、ただ俺が見せたくなったって、そんだけのこった」


そう言うと、ヒカルは全身に力を加え始めた。


次の瞬間、ヒカルの瞳が桜色に変化すると同時に、彼の周りを桜色のオーラが炎のように覆った。


『トランス』だ。


その衝撃波だけでも、T・ユカは圧倒された。


「なんてやつだよ...!ちょっとでも気ィ抜いたら、吹っ飛ばされそうだ...!」


数十秒後、衝撃波が止んだ。


ヒカルからオーラも消えている。


「さて、第二ラウンドと行こうぜ」


そう言うと、ヒカルはいきなり襲い掛かってきた。


1秒も立たずにヒカルがT・ユカの目の前に現れる。


直後、ヒカルの拳がT・ユカの顔面へ急接近するが、T・ユカは空間移動で姿を消し、ヒカルの背後に回り攻撃に出たが、またその直後、ヒカルの姿が消えた。


攻撃、回避、攻撃、回避、攻撃、回避、攻撃......この応酬は数分ほど続いた。


そして、この応酬の末、ヒカルの顔面にはT・ユカの拳が、T・ユカの顔面にはヒカルのかかとがめり込んだ。


「ッ...!!」


T・ユカは少しふらついた。


ヒカルも少し痛そうなそぶりを見せる。


が、


「こ...!こんの野郎!美人の顔にきったねえ足ぶち当ててんじゃねえ!!」


「ゴハァッ!?」


むきになったヒカルの一撃がT・ユカの顔面に直撃し、そのままT・ユカは殴り飛ばされた。


「はあ...キレイな顔が台無しだぜ」


ヒカルは顔の傷をぬぐう。


「うっ...ぐっ...!」


T・ユカはなんとか立ち上がる。


「...まだだ!」


「だな。そうこなくっちゃ」


ヒカルはニヤリと笑う。

心から今を楽しんでいるようだ。


「!!」


T・ユカが再び消えた。


さて、次はどう来る。


ヒカルは辺りを見渡す。


と、そのとき


「これは...!」


360度、どの角度からも紫色の拳がヒカルを襲った。


「考えたな。でも残念」


「!?」


T・ユカは奇襲を仕掛けようとしたが、次の瞬間、ヒカルはそんなT・ユカの居る方向へそう言った。


探知能力も段違いだ。


「クソッ...!」


T・ユカが再び姿を消した。


数秒後、T・ユカが姿を現すと、そんな彼女の目の前にはヒカルの拳が迫っていた。


「ッ!!」


T・ユカはすんでのところでそれをかわし、距離をとろうとする。


ヒカルはそんなT・ユカを逃がすまいと、驚異的な跳躍力でT・ユカに追随した。


お互い前進しながらも戦闘態勢を緩めない。


一瞬でT・ユカのもとに到達したヒカルは迷いなくパンチをお見舞いした。


T・ユカは腕をクロスさせ、それを防ぐ。


「ッ...!」


物凄い威力だ。


あまりの激痛に一瞬でも隙を作ってしまったT・ユカの顔面には容赦なくヒカルの拳がめり込んだ。


T・ユカは、この一撃で完全にガードを解いてしまった。


次の瞬間、T・ユカの顔面には休む間もなく右ストレートが撃ち込まれ続けた。


が、


その後、ヒカルが慢心した瞬間を狙ったT・ユカは、突然その場で停止。


俊敏にしゃがむと、両手で自身の身体を支えながら、ヒカルを蹴り上げた。


蹴り上げられ、空中に舞ったヒカルの真上にT・ユカが現れる。


「!!」


そのまま蹴り下ろそうとしたT・ユカだったが、ヒカルはそれを高速移動で消え、かわす。


T・ユカの背後に現れたヒカルはそのまま彼女に攻撃を加えようとしたが、T・ユカは空間移動で消える。


その後、2人は地に足が着くまでの間、互いの背後のつこうと姿を消し合った。


地に足がついた瞬間、T・ユカはヒカルの足を蹴り払う。


バランスを崩されたヒカルの視界は、一瞬90度回転した。


その直後、T・ユカの風穴形成がヒカルの腹部に決まった。


手応え十分。文句なしの一撃だった。


拳が胴体を貫通しないのはもはや想定内。


そのままT・ユカは拳をねじ込みながらヒカルを殴り飛ばした。


ヒカルは吹っ飛びながら岩を一つ貫通し、大地を転がった。


土煙が彼の周りを舞う。


「いってえー......いやマジで、さっきのはすごかったぜ...。お前やるな!」


「......は、はは...クソッタレ...全然効いちゃいねえじゃねえか...」


T・ユカはもう笑うしかなかった。


「さて...そろそろ頃合いかな」


ヒカルはT・ユカの様子を数秒見つめると、そう言った。


蓄積ダメージもあってか、T・ユカにはもうほとんど体力が残されてはいなかった。


ヒカルは“あの構え”をとる。


終わらせる気だ。


「楽しかったぜ。またな」


そう言うと、次の瞬間、彼は消えた。


来る。


どうする。


T・ユカの思考が打ち出した行動、それは...


回避─


「ゴハッ!?」


彼女には、考える時間しか、残されていなかった。


ヒカルの右足がT・ユカの身体にねじ込まれる。


ブチブチというような、“聴いてはいけない音”が、聴こえたような気がした。


その後、ヒカルは容赦なくT・ユカを蹴っ飛ばした。


その瞬間、周りにあった岩の数々が衝撃で吹き飛んだ。


ヒカルはそのまま、ポケットに手を突っ込み、吹っ飛ぶT・ユカに背を向けて歩き出した。


T・ユカは数分いくつもの岩を貫通しながら吹っ飛び、最後は大地をえぐりながら失速すると、やっと止まった。


蹴っ飛ばされたその時、T・ユカは既に気を失っていた。


彼女は土埃の中、白目をむいてそのまま大地にその身を預けたのだった。

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