ロンドン潜入作戦、『親衛隊』掃討作戦、ともに失敗に終わり、『解放軍』は一旦合流することとなった。
皆、虚ろな目をしていた。
沈黙が漂い続ける中、ついにイドが口を開いた。
「......聞きたいことがある」
「?」
包帯だらけのT・ユカがピクリと反応する。
「ISという...集団を知っているか?中東に存在していた集落を構えていた集団だ」
「知っているが...それがどうした?」
T・ユカは「今更何を」という風な顔で聞き返す。
「...なぜ知っている?そんなに有名なのか?」
「なぜもなにも、世界でも有数の凶悪なテロリストの団体だ。正式名称はI State。20年ほど前だったか......当時軍人だったヴィレイ・アシュラによって壊滅状態に追い込まれてからは、中東のどこかに集落を構えて密かに活動を継続している。その期間にも、略奪や虐殺などの残虐な行為は行っていたことがしばしば報告されていたが......ある時期を境にそれもなかったことかのように途切れたな...」
「その...ある時期とは...?」
「そうだな...大体2年前ぐらいだったか...」
「嘘だ」
「嘘じゃない。嘘をつく必要がどこにある?」
「連にそう言えって言われたんだ...そうだろう...?」
「一体何を─」
「そうだと言え!!嘘だって言ってくれ!!!!」
「...どうしたんだよ、一体。イド、お前さっきから変だぞ?」
T・ユカはイドを怪訝そうな表情で見つめる。
「あ...ああ...違う違う違うちがうそんなのいやだうそそんなの─」
ついにイドは錯乱してしまった。
「罪人の子。それがお前の正体か」
「!?お、おい...!?ティエラまでなにを!?」
T・ユカは勢いよく立ち上がる。
しかし、傷が痛むため、すぐに座り込んでしまった。
「今ので大体わかった。ソイツはISの中で生まれ育ったヤツだ。そして2年前...俺たちにとってはISが活動を突然停止したとされている時期...しかし、その真実は、イドの証言をたどれば...」
「『ヤタガラス』がISを壊滅させた...そういうことか...!?」
T・ユカはティエラの推理に動揺しながらも答えを出した。
ティエラはイドに向き直る。
イドは滝のように汗を流しながら2人を数秒見比べると、そのまま気を失ってしまった。
「!?イド!おい!!イド!!」
レオはそんなイドを受け止め、声をかけるが、返事がない。
「その様子だとソイツは知らなかったようだな。無理もない。テントに放り込んでおけ」
あまりにも雑すぎるティエラの対応に唖然としているレオ。
すると次の瞬間、軍の一人がイドを抱え、テントへと連れて行った。
「イド...テロリストの子だったのか...」
レオ自身、まだ彼の真実を受け入れられていない。
そしてこのとき、レオはある疑問にたどり着き、それは不意を突いて言葉となっっていった。
「じゃあ...誰が悪いんだよ...」
『解放軍』の撤退からしばらく経ち、完全に追い込まれていった各民族政府は、次々とその主権を『ヤタガラス』へ明け渡してしまうこととなった。
中でも、中華民族政府の陥落は、世界システムの大きな変革の兆しとして、世界中の人々に印象付けることとなった。
しかし、旧政府側も黙ってこのままになるわけはなく、インテリ層が大半を占めるとされる軍部、つまり旧政府軍を味方につけ、抵抗を続けている。
しかし、その抵抗もなかなか実を結ぶことがなかった。
通常ならば、専門性を持つ軍部を味方につけた旧政府側の優勢に傾くように感じられる。
しかし、『ヤタガラス』の戦闘力はある者たちの支えによって強力に保たれている。
そう、『解放軍』の脱走兵たちの存在だ。
彼らのほとんどが旧多国籍軍。
多くが第四次世界大戦従軍者であり、たとえ戦争では敗北を喫していたとしても、実戦経験は並み以上だ。
だが、このような国際情勢の中でも、純粋なパワーバランスは未だ『解放軍』のほうが勝っていたのだった。
そのような中、ロンドンでは、『ヤタガラス』の者たちが束の間の暇を楽しんでいた。
「おい、またその本を読んでいるのか?ユー」
連は、ベンチに腰掛け、独り本を読んでいるユーという名の軍人に声をかけた。
軍人は顔を上げると、少し表情を緩めた。
彼の名はユー・ダン。
『解放軍』から『ヤタガラス』へと移った『最初の脱走兵』である。
彼は、その戦力とまっすぐな人間性もあって、連から絶大な信頼を置かれるほどである。
「ああ。いつ何度読んでも、この本の面白さが消えることはない」
「今まで余裕がなかったからあまり聞くことができなかったが......『擬態』という題名からして推理小説か?」
「正解だ。これは何週も読み重ねることによって、見えてこなかった伏線がたくさん見えてくるようになるんだ。それまではなんでもないものであったものの数々が伏線となっていく」
「まさに、『擬態』だな。伏線たちがなんでもないもののように擬態している。そうだろう?」
「いいこと言うじゃないか。どうだ?お前もこれを機会に読んでみないか?」
「そうだな......すべてが終わったら...」
連はそう言いながら青空を見つめる。
ユーはそんな連を見つめた。
ユーには、連が今にも散ってしまいそうな儚げな一輪の花のように見えた。
「では、オレは行く。また今度、その本のこと、聞かせてくれ」
「ああ。喜んで」
次に連はある武装した少女に話しかける。
黒髪に黄色の瞳をもつ少女...フェイだ。
「おい、オマエはつい最近ここにきたヤツだな?」
「えっ...覚えていてくれたんですか!?」
「ああ。似てるやつがオレの雑用にいるから記憶に残った」
「そうですか...」
その後、数秒の沈黙が続いた。
と、次の瞬間、たくさんの種類の花を乗せたワゴンを押す女性が2人の前を通り過ぎていった。
そして...
「あっ...あのっ...!」
「?」
「連さんには、好きな花とかあるのかな~なんて...」
何を言っているんだ私は、とフェイは思った。
花を愛でる男性など、少なくとも自身の周辺では聞いた事が無い。
こんな話題を提供したところで、連には合わないだろうと考えたからだ。
しかし...
「ある」
「あはは...やっぱそうですよね~...って、ある!?」
「ああ。ある。一つだけだが...」
すると、連は数秒沈黙を挟んだ。
そんな彼は、どこか苦しそうな、そして懐かしそうな顔をしていた。
フェイはそんな連を見つめた。
そして...
「ミモザだ」
「ミモザ?ミモザってあの黄色い...」
連はうなずいた。
「理由はいろいろとある...が、話すと長い。だからやめておく」
「はあ...」
「それでは、オレは行く」
「あっ...!あのっ!」
「?」
「その...さっき言ってた私に似てる『雑用の人』.........もしかしたら私のお姉ちゃんかもしれないんです...!会わせてもらうことって、できますか?」
「それは本人次第だろう。今度会った時、頼んでみる」
「...!ありがとうございます!!」
連は礼をするフェイを見つめた後、数歩あるいた先で突然立ち止まった。
「...ああ、それと。オレも言い忘れていたことがあった」
「...?」
「遠路はるばる、ご苦労だった。ここまでよく生き抜いてくれたな......ありがとう」
「...!!」
その言葉に、フェイはなにか胸からこみあげるものを感じた。
そして、フェイが再び勢いよく礼をするのを数秒見守ると、連はまたどこかへと歩き出した。
一方その頃、フェイと行動を共にしていたリーはというと、近くのパブで、現地人とサッカー中継に熱中していたのだった。
連が歩いた先、それは港だった。
すると...
「!!」
霧の中に一つ、船の影が見えてきた。
その正体は一隻のボート。
そこに乗っていたのは、ヒロだった。
彼はこの期間、『親衛隊』が攻め落とした民族政府の各地を視察しに行っていた。
「ご苦労だった。ヒロ」
ボートから降りたヒロに、連はねぎらいの言葉をかけた。
「...連」
「?」
「休ませてくれねぇか?もう疲れちまったよ...」
ヒロは連のねぎらいの言葉にそう応えた。
「無理もない。ゆっくりするといい」
「サンキュー.........わりぃな」
こうして、ロンドンに帰還したヒロは、拠点の中にあるホテルの一室に早速入っていった。
「やっと、ここまでこれたのね」
サラはしみじみとした表情でそう言った。
「いや、こっからがスタートだぜ。デカくなってからが本番だ」
ヒカルがそう釘をさす。
「にしても長かったよなあ」
ジュンは窓の外を見ながらそう言った。
日が暮れていく...
それはまるで、ある一つの時代の終わりを知らせる者のように、彼らには見えるのだった。
翌日、新たな時代の夜明けを迎えた朝。
これからの世界をどうするか、その重要な局面を迎えた『ヤタガラス』は新たなフェーズへと舵を進めることとなった。
メンバーが集結していく。
「ふあー...ねみぃ」
「全く、アンタ最近だらけすぎなのよ」
あくびを繰り返すジュンの頭をサラがチョップする。
「儂も式神として力を貸す。しかし、儂の知っておる『治め方』は古い物ばかりであまり役に立たぬかもしれんが......」
「んや、意外と古いころのほうがよかったってのもあるもんだぜ?だから安心しな、キツネのばーさん」
気狐は自身が役に立てるか心配であったようだが、ヒカルがはげます。
もっとも、気狐にとってその励まし方は不服であったようだが。
その後、少しの間沈黙が流れる。
「...なあ」
そのような中、ジュンが最初に沈黙を破った。
「ヒロ遅くねぇか?」
このとき、今の状況の異常性に皆はやっと気づいた。
ヒロは情報能力の高さを武器としている。
印象操作、ハッキング、探知...それらすべてを担ってきたのがヒロ。
それらの遂行のためには、大量の情報を収集、解析しなければならず、一刻の無駄があってはならないのが基本だ。
事実、彼が寝坊をしたことなど一度もなく、組織の中でも最も時間に厳しい男であった。
「疲れてるんじゃない?」
サラがそう言った。
「確かにそうかもしれないな」
しかし、連にはその自身の言葉が、自身に言い聞かせようとしているものであるように感じた。
あの時、港で再会していた時の彼の表情.........それを一言で表すならば、苦悶であった。
気づけば、連は会議を放置してホテルへと駆けていた。
そして...
「はあっ...はあっ...」
連はヒロの休んでいる部屋の前に来た。
「おい!ヒロ!いるか!」
返事はない。
手汗にまみれるその手をズボンで拭うと、彼はドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開けた。
連は言葉を失った。
その先にあったものを一言で表すならば、地獄...そして、“縄”だった...。