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第47話 「破綻」

連は目の前の光景を疑った。


何度もそれが現実かを確かめた。


しかし、その光景が変わることはなかった。


「..............」


もう、声を発する気力もなくしてしまった。


そんな彼の目の前にいたのは、虚ろな目で縄に吊られた、ヒロの姿だった。





数十分後、あまりにも遅すぎる連に違和感を抱いた仲間たちもその場へ集結した。


そして、彼らもまた、目の前の光景に目を疑った。


「耐えられなかったな」


ヒカルは一言そう発すると、部屋の中を見渡し、ある一枚の紙を見つけた。


ヒカルは一通りそれを読むと、皆にそれを向けた。


「.........遺書だ。見ないほうがいいが、見るか?」


ヒカルが仲間たちにそう言うと、仲間たちはそれを見ることを選んだ。


そして、後悔した。


その内容は、あまりにも悲痛なものだった。


まずは、これまでの活動に加担してきたことへの後悔、“あの日”皆を止められなかったことへの自責の念、そして、今回の視察の中で、多くの“不幸”を背負うことになったことに耐えられないというもの、謝罪、謝罪、謝罪、謝罪、謝罪


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まるで呪詛のように書きなぐられたヒロの遺書。


サラは耐えきれずにその場で嘔吐してしまった。


ジュンはその場で崩れ落ち、悲痛な叫び声をあげた。


気狐はその場で黙とうをし、ヒカルはそんな彼らを、腕を組みながらただ見つめた。





それから数時間後、彼らは虚ろな顔でホテルから出てきた。


と、そのときだった。


突然『親衛隊』の腕章をした警備兵と思われる者があるものを投げてきた。


それは...


「危ないっ!!」


次の瞬間、ユーがそれをキャッチすると、遠くへ投げ込んだ。


それは何度か地面を弾むと、大爆発を起こした。


手榴弾だ。


「............ユー」


「大丈夫か!?」


「...ああ。ありがとう」


「俺は犯人を追う。アンタらは早く避難するんだ!いいな!?」


そう言ってその場を離れようとしたユーの袖を、連は無意識につかんだ。


「!?」


そのときの連は一瞬、何か懇願するような目をしていた。


「!!.........すまない。行ってくれ」


連がすぐに袖を離すと、ユーはうなずいて犯人の元へと駆けだした。


数分後、街に銃声が鳴り響いた。


その後、ユーによって犯人がその場で射殺されたことが、ユーの報告で明らかになったのだった。





「言ったろ?デカくなってからが本番だってな」


ヒカルがそう切り出す。


彼は知っている。


組織が大きくなればなるほど出やすくなるもの......“裏切り者”の存在を。


連はそんなヒカルの言葉には耳を貸さず、そのままフラフラしながら、自室へと入っていった。


度重なる大切な仲間の死、自分を慕ってくれた『親衛隊』たちの目の前での死、そして、大切な仲間の自殺。


それらが立て続けに襲い掛かってきた結果、連はついに、“破綻”してしまった。





それから数日が経過した。


しかし、連が自室から出てくることはなかった。


「連」


「...サラ?」


「そう、私よ」


サラは扉越しに連に話しかける。


「...ごめんけど、独りにして」


「......ねえ、連。気持ちは分かるわ。私だって辛い...」


「.........」


「分かってる。アンタのほうが辛いわよね............この中の誰よりも、“背負ってる”から」


「............」


「ねえ連、私、どうしたらいい?どうしたら戻ってきてくれる?」


「.........」


「私...連のためなら何だってする...!連が望むのなら、なんでも!連のためなら、私、連の慰み者にだって─」


「やめてくれ!!」


「っ......!」


「もう...独りにしてくれ」


連の声は震えている。


「............ごめんなさい」


サラには、連を説得する力がなかった。


結局サラは、自室に引きこもる連を置いて、その場を立ち去ってしまった。


サラには見えていなかったが、そのとき、連は一人すすり泣いていた。





その数分後のことだった。


突然何者かが連の扉の前に立った。


「...独りにしてって言ったのに」


「......入りますね」


「!?」


そう言って“彼女”は扉を開けた。


そう、その扉の鍵は、初めから開いていたのだ。


そして、仲間の誰もが、それに気づいてはいなかった。


「...メイ?」


「はい。貴方のメイです」


そう、“彼女”の正体は、メイだった。


「どうして...!来ないでって言ったのに...!」


「来なくていいとは言われました」


「......じゃあ」


「来るなとは言われていません」


「!!」


「もう、抑えなくていいんですよ。今まで頑張ったのですから」


ここでついに連は氾濫してしまった。


両腕を広げてしゃがみこんでいる彼女の胸に、彼は飛び込んだ。


連はこれまで抑えてきたものを嗚咽とともにすべて吐き出した。


メイはそんな連の背中をいつまでも撫で続けた。


メイには、彼が“弟”のように見えていた。


いつも家族のために頑張って、頑張りすぎて、たまに沈んでしまう。


それが彼女の弟だった。


彼女の弟は、最期の最期まで明るい少年を“演じていた”。





「...幻滅しちゃった?」


「いいえ。むしろ安心しました」


メイの目は、どこまでも優しかった。


連は、“ずっと追い続けている幻影”を見たような気がした。


彼にとって、その幻影の正体である“彼女”は、姉のような存在であり、初恋の相手でもあった。


「......僕も、安心した。なんだろうな.........メイといると、とっても安心するんだ」


連は自然と、“素”に還っていた。


このとき、メイは確信した。


彼は確かに世界を背負おうとする大きな存在。


しかし、その真相は、まだ年相応な子どもなのだ。


“弟”と同じく、彼も演じようとしている子どもの一人なのだ、と。


「私もです。貴方といると、失った何かを取り戻せたような気がする」


「...それ、本当?」


「ええ」


「...びっくりだ。僕もなんだ」


「...連様」


「...連でいいよ」


「連、私はいつでも貴方の隣にいます。だから...」


「......ありがとう。メイ、正直言うとさ、僕はもう逃げたいんだ」


「はい。ついていきますよ、どこまでも」


「...皆はなんて言うかな。やっぱり僕を責めるのかな」


「責めませんよ。皆、貴方が大好きなのですから」


「...そうだといいな」


すると、連はたちあがり、ついに部屋を出た。


そして、アジトを出ようとしたときだった。


物難し気な顔で話し合う仲間たち全員がそこにはいた。


「連!!」


皆は、連を見つけると、驚きを以って彼の名を呼んだ。


「皆、迷惑かけてゴメン」


「何言ってんだよ...!悪いのは俺たちのほうだ!いっつもいっつもお前に背負わせまくって...ゴメン!!」


そう言うと、ジュンは深々と頭を下げた。


サラもそれに続いた。


ヒカルと気狐はその様子を見つめた。


メイも、建物の陰から彼らを見守る。


「いいんだ。皆だって、辛かったことは同じなんだから」


「なあ連。俺たちにも背負わせてくれよ。その“重み”をさ」


「...ありがとう。じゃあさ、皆にお願いがあるんだけど...」


「おう!どーんと来い!!」


「僕は、もう逃げたい」


「...!?」


皆は驚きを隠せない様子だ。


「...そりゃあそうだよね。いっぱい人殺しといて、逃げようだなんてさ。ゴメン、やっぱり今のは─」


「いいぜ!!逃げよう!!」


「うん!!私たちもどうにかするから!!」


ジュンとサラは、連の意志を快く受け入れた。


連はヒカルと気狐のほうをみる。


2人はうなずいた。


「皆...ありがとう」


連はあふれる涙をぬぐいながら笑顔で皆に礼を伝えた。


彼の心の底からの笑顔は、実に8年ぶりに見るものであった。

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