目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第59話 「虚像」

連の爆殺未遂により、『ヤタガラス』内部は疑心暗鬼に陥っていた。


これと言った証拠も見つけられず、騒然となっていた。


そして、そのような中で、彼らは犯人としてある“候補”を挙げた。


その名は、ケン・メイ。


連の雑用である彼女は、必然的に連の近くにいるからだ。


そして、ついにメイを拘束しろという声が上がったが、それは連により、承認されなかった。


『ヤタガラス』の皆は、これには頭を抱えた。


それもそのはず、最も今犯人として有力なはずのメイを連の隣に置き続けるのは、リスクでしかない。


せめて身柄を拘束するぐらいはしておかなければならないだろう。


しかし、連はそれをかたくなに承認しなかった。


その結果、一部のメンバーは、連に続くことに対して、懸念を抱くようになっていった。





会議室では、ジュンとサラが連を除いて会議を行っていた。


「なあ、やっぱアイツ拘束しといたほうが良いんじゃねぇか?俺は間違いなく、アイツが連を篭絡しようとしていると思うぞ」


ジュンは顔をしかめながらそう言った。


「でもよく考えて。あの人にとって私たちは恩人よ。裏切る理由がないわ」


「...恩人ってのも、俺たちが勝手に言ってるだけで、アイツにとってはそうじゃないんじゃないか?」


「どういうこと?」


「ほら...そのー、本当はあそこで人生終えるつもりだったとか?」


「それであんなことを?」


「うーん...」


2人は頭を抱えた。


と、そのときだった。


「2人で何を話しているんだ?」


連が入ってきた。


「それは─」


ジュンが答えようとしたが、連はそれを制止した。


連は2人が何を話していたのかを、彼らの“目”で察した。


騙されている自分を憐れむかのような目だ。


連の表情は悲しげなものへと移り変わっていく。


「れ、連...」


「皆も、そう思うんだ...」


それだけ言い残すと、連は部屋を出て行ってしまった。





分かっていた。


今最も怪しいのは“彼女”であるということくらい。


しかし、それでも、認めたくなかった。


もし本当に犯人だったとしても、どうする気も出ない。


今や、彼女は連にとって、なくてはならない存在となっていたのだ。


“あの日”以来、連の時計は止まっていた。


“彼女”の幻影に、囚われ続けていた。


そのような中、誰からも頼られ恐れられ、頂点に立たなければならない...そんな使命に縛られた彼に、心を預けられる相手などいなかった。


そして、度重なる傷の数々を負い、彼はバラバラに壊れてしまっていた。


しかし、そんな彼に、臆することなく彼女は手を差し伸べてくれた。


彼女は、連がこれまで求め続けていた慈愛を、ぬくもりを、光をくれた。


彼のバラバラに壊れてしまった心をつなぎ合わせてくれた。


時計を、少しずつだが、再び動かしてくれた。


そして、連は再び覚悟を決め、進めるようになった。


連はメイに“彼女”の幻影を見出したのだ。


心の底から大切に思える人。


凍てついた心を、溶かしてくれる人。


もう、光を手放したくない。いつまでもこの光を守り続けていたい。


そんな切実な思いが、連を支配し、彼を盲目にした。


そして、ついに連は彼女の身柄を拘束することを認めることはなかった。


それにより、『ヤタガラス』内部では、連に対して不信感を覚える者たちが増えていき、ついに離脱者まで出没し始めるのだった。





そのような中、追い討ちをかけるかのようにある情報が舞い込んできた。


中国戦線にて、前線に出ていたある人物の行方が不明になったというものだった。


その名は、ユー・ダン。


連にとって、ユーは数少ない信頼できる人物の一人であり、消えかけていた彼の命を紡いでくれた恩人でもあった。


中国戦線と言えば、政府軍と『親衛隊』率いる反乱軍による激戦地である。


そのため、死者も行方不明者も多く出ている。


しかし、よりもよってユーがその一人となってしまった。


連の心は、着実に蝕まれていった。





翌日、ついに恐れていたことが起こった。


連に対する不信感を抑えられなくなった連中が連に対し、反旗を翻したのだ。


彼らは我こそが先導し、『ヤタガラス』の掲げる恐怖による平和を実現させると躍起になっていた。


この反乱自体は、連の力によってあっけなく鎮圧されたが、『ヤタガラス』に対して与えた精神的ダメージは大きなものだった。


そして、それは連にひときわ大きなダメージを負わせた。


その日の夜、連は一人、部屋でうなだれていた。


と、そのときだった。


「連、今、起きていますか?」


「...メイ」


「...入っても?」


「......うん」


メイが部屋に入ってきた。


「メイ...ゴメン。実は僕...一瞬君のことを」


「それでいいんです」


「...え?」


「そうなるのが当然ですから」


「......」


「私は、貴方の命に従います」


するとメイは突然刃物を手に取り、自身の首に突き付けた。


「メイ!?何を─」


「貴方が“そうしろ”というのなら、私はそれに従います」


「ダメだ!そんなの許さない!!」


連は刃物を奪い取り、どこかへ投げると自分よりも身体の大きいメイに思い切り抱き着き、悲痛な声でそう訴えた。


「連...」


「イヤだ!“これ以上”はもうたくさんだ!!」


メイはこのとき、自分が連にとってどれだけ大きな存在なのかを知った。


そして...


「...ごめんなさい」


そう一言告げ、メイは連を慈愛に満ちた目で見下ろすと、優しく抱きしめ返した。


「...いなくならない?」


「はい。そばにいます」


こうして2人は寝床に就き、そのまま深い眠りへ入るのだった。





一方その頃、ジュンは事件の真相解明のために動いていた。


その結果、ジュンは通信反応をもとに基地のすぐ近くにあるエレノイアの廃ビルの中にある管制室にたどり着いた。


そして、そのような中で、数日かけてジュンはあることに気づいた。


「やっぱりだ...!エレノイアの防犯カメラは、まだ稼働している...!」


ヒロの遺したハッキングの資料をもとに、ジュンはついにその事実を解明することに成功した。


また、誰かが既にカメラを解析している跡も見つかった。


おそらくヒロだろう。


「はは...だめだなあ。お前ならこんな作業、1日もかからなかっただろ...?なあ...ヒロ...」


乾いた笑いを浮かべながらジュンはそう言った。


そして、ジュンは様々な区画に分けられた過去の映像を一つ一つ確認していく。


そして...


「......!?」


2時間ほどの作業を経てジュンはある映像を見つけた。


目を疑ったジュンは、何度もその映像を巻き戻しては確認する。


そして、ジュンはついに確信した。


そこに映っているのは、信じられない光景だが、映っている以上、受け入れざるを得なかった。


「なんてこった...!こんなこと、あっていいのかよ...!?」


ジュンは大急ぎでデータをとり、USBとノートパソコンを手に立ち上がる。


「こりゃあとんでもねぇぞ...!早く連に知らせねぇと...!!」


ジュンはそのまま基地へ駆けて行くのだった...。





数10分後、ジュンが息を切らしながら基地の扉を壊れんばかりの勢いで開けて入ってきた。


『ヤタガラス』の面々は唖然としている。


人混みを通り抜け、連が先頭でジュンを出迎えた。


「何か分かったのか?」


連は不安げな表情で聞く。


「ああ...!まず、メイは犯人じゃない!」


『ヤタガラス』の面々からざわめきが起きる。


連は少し安心した表情をした。


「じゃあ、誰が犯人なのよ...!?」


サラは興奮気味に聞く。


「お前だ」


ジュンは指をさす。


その先にいたのは、サラ.........








の後ろの軍人だった。


「!?」


これにはさすがの連も拍子抜けした。


「ち、違う...!俺じゃない!!」


「じゃあこれは何だ?」


ジュンはノートパソコンに映る映像を見せる。


皆その映像を食い入るように見つめた。


すると、確かに軍人が爆発事件の前、連の部屋に入って、そのまま数分後出て行く映像があった。


軍人の顔は青ざめていく。


こうして犯人は突き止められ、軍人は銃殺に処された。


事件は、これにて解決となった。


しかし、この事件の中での連の行動がなかったことになるわけではなく、依然として、『ヤタガラス』内部では連への不信感が残っていたのだった。





その後、『ヤタガラス』に衝撃のニュースが舞い込む。


「連!!これ!!」


サラが息を切らしながら、スマホの画面を見せた。


これには連も驚愕した。


それは...


【『ヤタガラス』統治下の中華民族政府、『ヤタガラス』支持者による全人代にて議長による突然の銃乱射事件。多数の『ヤタガラス』派議員が死亡】


「一体...何が起こっているの...?」


連はサラの不安そうな表情をいっとき見つめると、重い腰を上げ、立ち上がった。


「行くぞ」


「どこに行くのよ...?」


連は少し間をおいて言った。





「中国戦線だ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?