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第61話 「凶弾」

「ティエラ、お前に悪いニュースだ」


中国戦線に向かう途中、T・ユカがある情報をティエラに見せた。


それは、『ヤタガラス』のほうが早く中国戦線に到着したというものだった。


「厄介なことになりそうだな......」


ティエラは眉間にしわを寄せながらそう言った。


「それだけじゃない。連は上海で演説をするらしい。アイツらは国民を...民間人を集めることでアタシたちにむやみに攻撃できないようにするつもりだ。しかも記者どものオマケつきだ」


「なるほど...考えるようになりやがったか」


しかし、だからといって引くわけにはいかない。


こうして『解放軍』は中国戦線へと足を進めるのだった。





一方その頃、『ヤタガラス』は着々と演説の準備を進めていた。


世界各国の記者たちもその瞬間をカメラに収めるべく、上海に集結した。


そして、反『ヤタガラス』のデモ隊と『ヤタガラス』支持派のデモ隊の衝突も相次ぎ、怪我人が大量に出た。


今、上海はまさに、人の海と化していた。


「今のところは順調だな」


「ジュンが進めてくれてたおかげね」


サラの言葉に連はうなずく。


そう、ジュンは連の爆殺未遂の犯人糾弾の後、中国戦線の視察に赴いていたのだが、今回連らが来訪することを聞きつけ、即座に演説の準備を進めていたのだ。


連の今回の演説の目的。


それは、再び『ヤタガラス』を一つにするためだ。


以前の爆殺未遂時の連の対応や、戦局の不安定さによって『ヤタガラス』の支持は徐々に下がりつつある。


それを打開するべく、連は今回の演説に踏み切った。


それに、この準備期間、民間人や記者も集まる。


となると、『解放軍』はむやみに手出しできない。


もし『ヤタガラス』に攻撃を加える際、非戦闘員に被害が出れば、『解放軍』の支持は地に落ちるだろう。


連はこの期間を戦局打開の準備期間としても利用するつもりなのだ。


連は騒然とする上海を、ビルの一室から見下ろすのだった。





その間、『解放軍』はついに上海に到着した。


ティエラは上海の異常な光景に戦慄した。


たとえ戦局が自分たちに有利だったとしても、『ヤタガラス』の影響力は依然として大きいことを実感させられた瞬間だった。


「これは...下手な動きはできなさそうだな」


ティエラはそう呟く。


「とにかく、今回は様子見だ。今回の結果を見て、作戦を立て直そう」


T・ユカの提案に対し。ティエラは渋い表情でうなずき、上海のホテルへと入るのだった。





それからは特に何も起こらず、日は過ぎていった。


日に日に『ヤタガラス』の支持者が上海に集結していく。


その様をメディアは大々的に報じ、『解放軍』はじっとそれを見守った。


ティエラにとって、その様子は何かの“前兆”に見えた。


そうして、ついに演説当日へと突入したのだった。





その日は朝から騒然としていた。


その日は曇りだった。


会場ではいまだに機材調整、ステージ調整が行われていた。


演説開始の数時間前から、支持者も記者も既に会場に集まっていた。


そして、会場から少し外れていた区域の建物の陰に、『解放軍』は構えているのだった。





「そろそろ時間だ」


連がそう言った。



「ねえ、連。本当にやるの?私、アンタのやろうとしていることはかなり危険だと思う。言ってしまえば、的を群衆の前にさらすようなものよ」


「分かっているさ。それでも行かなければならない。それが、“導く者”の使命なのだから」


そう言うと、連はステージの裏の出口へ歩いていく。


と、そのとき、連は突然振り返ってこう言った。


「そういえば、言ったことあるっけ」


『?』


「ここまでついてきてくれて...僕のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。これからもよろしく」


連は少し儚げな笑顔を浮かべ、そう言った。


サラとジュンは微笑み、うなずくと、連とともにステージへと向かうのだった。





「時間だ」


ティエラがそう言うと、『解放軍』の皆は建物の陰からステージへと目線を集めた。


皆、隙をつくために、銃を握り締めていた。



そして...





「おい!見ろ!」


一人の観客がそう言って指をさすと、その先には、左からジュン、連、サラがステージへ来る瞬間があった。


観衆は大歓声を上げた。


記者陣も、一斉にカメラを構える。

記者はビルの窓、地上、そして、空にも構えていた。


連は用意された玉座に手を触れ、一息つくと、そのまま登壇した。


世界中が見守る中、演説が始まろうとしていた。


連は深く息を吸い、一言目を発しようとした。





その時だった。





一発の銃声が、観衆を静寂に包んだ。





その後の光景に、人々は衝撃に支配された。


それは『解放軍』も同じだった。


観衆の中には、泣き叫ぶ者、悲鳴を上げる者、怒号を上げる者、それぞれがそこにいた。


記者陣もその瞬間に気をとられ、誰もシャッターを切ろうとはしなかった。


それはなにも、上海にいる者たちだけではなかった。


その様子を淡々と映し続ける世界中の液晶に、誰もが釘付けになった。




サラは唖然とした。


目の前の光景を、ただ見つめた。





連が倒れている。


頭から血を流しながら倒れている。


サラは銃声の鳴った方向......『真横』に目線を移す。





そこに在ったのは、未だ煙を上げ続ける拳銃を連の居る方向に向けたジュンの姿だった。

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