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第62話 「魔王」

サラは未だ唖然としている。


「......ジュン?どうして─」


「ミッション・コンプリート」


するとその直後、ジュンはそう言って何かを投げた。


「これは...!?」


サラの足元に転がってきたもの...それは...


「閃光弾!?グッ!?」


次の瞬間、辺り一帯が光に覆われ、サラの視界は一時奪われた。


数十秒後、そこにジュンの姿はなかった。


それと引き換えに上空をあるヘリコプターが通過した。


「あれは...自衛隊の...?」


サラがヘリコプターの中を見たとき、そこにジュンはいなかった。

しかし、ジュンの服装をした別人がいた。


「...擬態?まさか...」


聞いたことがある。


自衛隊には、擬態の特殊能力を使う諜報員が存在すると。


彼は化ける対象を殺害し、その者に扮するという。


つまりそれは、ジュンの死を意味する。


サラは追い討ちをかけられるかのように絶望に塗りつぶされた。





彼女の推測はおおむね当たりである。


その正体は、自衛隊特殊能力課諜報員...名は、鈴木太一。


そう、8年前にはルナを戦死、ティエラを記憶喪失に追い込み、第四次世界大戦では日本海での世界連合艦隊の旗艦を爆破するなどの華々しい戦果を挙げた軍人だ。


そして、今回も“作戦”に従事し、見事完遂した。


その”作戦“の詳細を、これから順を追って説明していく。


まず、今回の作戦の最終的なゴールは、連の暗殺。


『ヤタガラス』のリーダーとして世界中で秩序に反する行動を続ける彼を暗殺するというのが、今回の作戦であった。


そのため、太一はまず『解放軍』に入り、一時期の行動を共にし、『ヤタガラス』が動き出したタイミングを計って『解放軍』を離脱。


ユー・ダンという偽名を名乗り、『ヤタガラス』に入る。


そして数々の作戦に従事し、連の信頼を得ることで、彼に接近。


特に、連の暗殺未遂...これに関しても太一と自衛隊員の共謀であるが、これの阻止に貢献。


もちろん暗殺未遂を仕掛けた者は銃を発砲しただけで殺害はせず、そのまま日本に帰還させることに成功している。


その後、連の暗殺の機会をうかがっていたのだが、そんな太一に朗報が入る。


連がオリジンの能力を大量に奪い、最高戦力の一人であるヒカルが戦死したのだ。


また、気狐は依然として前線の警備。


こうして、チャンスは巡ってきた。


まず太一は連を救出するという名目で、オリジンとの戦闘後、意識がもうろうとしている連を回収。


その後、体温を確認するという名目で自身の後頭部に接触させ、自身の愛読書にして、アイデンティティである『擬態』を言語確認という名目で連に言わせる。


これに関しては完全に賭けであったが、運は太一に回った。


こうして太一は自身の特殊能力であった『擬態』の奪還に成功。


その後、適当な軍人を選んでその者に擬態し、連の爆殺を狙うがここは失敗。


だが、この失敗は『ヤタガラス』内部を疑心暗鬼に陥らせ、連の精神状態を悪化させるという点では成功。


また、その修正策をすぐに編み出した彼は、ジュンの暗殺および彼の姿を手に入れる方針へと作戦をチェンジ。


防犯カメラ管制室で事件の真相を目にしたジュンを、防犯カメラの死角をあらかじめ確認したうえで殺害。


それを隠滅した後、連らに合流し、適当に擬態していた対象である軍人に濡れ衣を着させ、彼の殺害に成功。


そして、その後すぐに悪化し続ける中国戦線の戦局打開のため、視察という名目で中華民族政府領内に潜入。


その後、『ヤタガラス』支持派のみで構成される全人代に潜入。


開催前に議長を殺害し、彼に擬態。


そしていわゆる『全人代銃乱射事件』を引き起こした。


それから、数日後、連の演説の護衛...ジュンという“役”に就き、ついに作戦の完遂を果たした。





目の前の光景に唖然としていたのは、何もサラだけではなかった。


それは『解放軍』の皆も同じだった。


「死んだ...連が......死んだ」


イドは未だに信じられないという様子でそう呟いた。


ティエラも、T・ユカも同じように、この状況を飲み込めずにいた。





空にいた報道陣はこぞって地上に降り、その様子をカメラに収め続けた。


そこにあるのは、悲鳴と怒号と、カメラのフラッシュの渦だった。


そのような中、サラは連を起こそうと体を何度もゆすった。


そして...


「気狐!!どこにいるの!?」


その呼び声に反応したのか、恐るべきスピードで気狐はサラのもとに駆け付けた。


気狐は『親衛隊』とともに周辺警備を行っていた最中だったのだ。


上海の境では、『親衛隊』の面々が依然警備を行っていた。


「気狐さん...どこ行っちまったんだ...?」


「さあ...」


警備の者たちはそんな会話をしていた。


そう、警備の者たちは、何が起こっているのか分かっていないのだ。


「一体...何が起こってるの...?」


その中にはフェイがいた。


不吉な予感がする。


「......行かなきゃ」


そう呟き、フェイは上海へと走り始めるのだった。


それは、彼女の姉、メイも同じだった。


彼女は、連の上海での部屋の整理を行っていた。


しかし、外の騒がしさが異常なものであることに気づくと、すぐさま会場へと向かって行った。





「気狐...連は......」


「............」


気狐は無言で首を横に振った。


サラは衝撃で数秒声も出なかった。


そして...


「もう、どうしようもないの...?」


サラは絶望に塗りつぶされた声色でそう言った。


すると、気狐は少し考え込み、言った。


「............方法なら、ある」


「!!じゃあ─」


「じゃが、その方法をとるためには、多くの犠牲が伴う」


「......どういうこと?」


「死人を蘇らせるというのは、この世にあるまじき事象.........それ故、それを成し遂げるためには、それ相応の対価を払わねばならん」


「対価って...?」


「数万の...命の『灯』を捧げるのじゃ。それも...今生きている人間から」


「......そんな、そんなのって」


「...............」


「ここの会場にいる観客...全員分?」


「それと“捧げる代表”も必要じゃ」


「それは私がやる!」


サラは自身の胸をドンと叩いてそう言った。


「一つ言っておく.........死ぬぞ?」


「連のためなら死ねる」


サラの目に、迷いはなかった。


気狐は一息つくと、承諾した。


「良いじゃろう...しかし、皆がそれに協力してくれるかは分からんぞ」


サラは突然ステージへと走り出し、マイクを手に取った。


そして...


「皆!連は......死んだ!でも...一つだけ、彼を助ける方法があるの!!」


その言葉に人々は耳を傾け始めた。


「どうやって助けるんだ!」


一人の観客がそう叫ぶ。


「それは......皆の...皆の命を捧げなきゃいけない!!」


その言葉に対し、観客は驚愕した。


「お願い.!!連を助けたいの!!だから、どうか...!どうか、皆の命をください!!」


サラは頭を下げる。


その後、待っていたのは、数秒の静寂と、怒号だった。


「ふざけるな!なんで俺たちがそんなことしなきゃいけないんだ!」


「そうよ!そんなのあんまりだわ!なんで私が彼のために死ななきゃいけないのよ!!」


無理もない。当然の反応だ。


サラは絶望のあまり、その場で立ち尽くした。


気狐も目線を落とす。





と、そのときだった。


突然何者かが壇上に上がってきた。


そして、“彼女”はサラからマイクを奪い取る。


会場へと走るメイは、“彼女”の姿を目撃し、驚愕した。


「......フェイ...!?」


フェイは大きく息を吸い込み、声を力いっぱい発し始めた。


「アンタら...どの口が言ってんだ!?何もできないくせに!!!!」


彼女の言葉に皆は反応し、今度は彼女へと怒号が向けられ始めた。


しかし、


「黙れッ!!!!!!」


彼女の叫びに対し、人々はだんだんと怒号を発さなくなり始めた。


「これまで...どれだけ私たちが苦しんできたかは、アンタら自身が一番わかってるでしょ!?オリジンは好き放題暴れるし、カネや権力をもつヤツばかりが好き放題やって、私たちはいつだってその支配でひもじい思いをしなきゃいけないこんな世界...どうにかしたいって思ってたでしょ!?」


会場は静まり返った。


「他の誰かにできた!?」


フェイは切り出す。


「アンタに!!ひもじい思いをしてるカザフの人たちを助けられた!?」


「アンタに!!金持ちが貧乏を虐げ続ける上海をどうにかできた!?」


「アンタに!!誰にも顔向けされないで苦しんでいる人たちに希望を持たせられた!?」


フェイは無作為に一人一人指さし、そう叫んだ。


「できたってやつがここにいるのなら、私はアンタを一生許さない!!!!」


人々はその剣幕に圧倒されている。


「だって...!だってアンタは......!一度だって、私たちを助けてくれなかったじゃない!!」


人々はその言葉にハッとさせられた。


「アンタらの言う『神』だって、一度たりとも私たちを救ってくれなかった!!だから、私は神も許さない!!」


「フェイ...」


会場にたどり着いたメイは、妹の背中を見つめる。


「でも彼は......連はやってのけた!!『ヤタガラス』はやってのけた!!神にもできなかったことをやってのけたの!!」


フェイの目から涙が伝う。


人々はフェイに釘付けだ。


「今!!もう一度!!その心に問いかけてみて!!この世界の『希望』は誰か!!!」


もう、誰もフェイに反論しなかった。


「ありがとう。もう十分」


サラはそう言うと、フェイからマイクを再び手に取る。


「どうか!お願いします!この世界の『希望』を...『救世主』を!!皆の手で、どうか!!」


サラは再び頭を下げる。


フェイは体力を使い果たしたのか、その場にへたり込む。


「フェイ...!」


「姉...さん...」


すると、数秒後、メイがそんなフェイを介抱した。


しかし、それでも会場の者たちの大半はその場を立ち去り始めた。


その後、飛行機がいくつも空を飛び交い始める。


故郷へと帰るつもりだろう。


思いは届かなかったのか。


サラは悔しさのあまり、歯を食いしばった。


と、そのときだった。


数十分後、それと入れ替わるかのように何らかの“波”が押し寄せてきた。


「あれは...?」


フェイは目を見開く。


次の瞬間、サラは千里眼でその様を目撃し、衝撃を受けた。


「全部...全部人だわ...」


フェイは驚愕した。


その中の一人が何らかのプラカードを掲げている。


「SAVE...REN?」


一体数十分の間に何があったのか。


すると、残っていた観衆の中の一人がスマホを掲げた。


そこにあったのは、SNSの画面。


彼の投稿に書かれていたのは、人々に連を助けたいという旨の文章。


そして、#SAVE RENというものであった。


押し寄せる人々は、それぞれ様々なプラカードがあった。


そのどれもが、彼らの故郷の名。


どこから来たのかということだろう。


そして、極めつけは...


『USE MY LIFE』


サラはその場で崩れ落ち、涙を流した。


あのとき、空で飛び交っていた飛行機のうちのいくつかは、この地に降り立つためのものだったのだ。


連は確かに人々を救ってきた。


確かに、人々の『希望』だったのだ。


そして...


「気狐!!」


気狐はうなずき、儀式の準備を始める。


「皆の者よ」


気狐は観衆の一人一人の脳内に語り始めた。


「手を取り合い、最前列の2人はサラの背に手を置くのじゃ」


人々は迷いなく手を取り始めた。


「あの...!私たちも...!」


メイがそう言うと、フェイもうなずき、それに続こうとする。


しかし、


「アンタたちは生きなさい。連にとってアンタたちはきっと誰よりも重要な存在だから。...........悔しいけど」


サラはそう言って、2人を払いのけた。


そして、全ての手がつながり、サラの背に触れたとき、サラの掌には、『灯』が現れた。


「これが...皆の...」


サラは『灯』を見つめる。


「ああ...!なんて...なんて、あったかい...!」


サラは『灯』を愛おしく目の前に掲げ、そして涙した。


「ありがとう...ありがとう...!」


息を吐きだすようにそう告げると、サラは『灯』を連の前にかざす。


「連...どうか...!」


次の瞬間、『灯』が消え去るとともに、サラを含めた人々は、一斉に糸が切れたかのように地についた。





連は、深い深い闇の中にいた。


独り孤独に、その闇の中を漂っていた。


奥に光があるが、身体は沈んでいくのみ。


と、そのときだった。


突然誰かが、連の手を取った。


何者かは分からない。


しかし、彼は連を光のほうへと上げた。


すると、また上にいる別の何者かが連の手を取り、連を上げた。


手から手へ、連は上げられていく。


そして、あと一息のところまで来たとき、数人が連の背中を押し上げた。


連は彼らの姿を目にした。


そこにいたのは、彼にとってかけがえのない者たち......ヤス、エミ、タカ、レイ、ヒロ、ジュン、サラ......そして、ユイ。


連は彼らのぬくもりを感じながら、光へと手を伸ばす。


手から手へ、連は渡り、ついに彼は光へと到達した。


そこには多くの“紡いでくれた者たち”がいた。


連は光に覆われていく。









こうして…


命は、『連ねられた』。








ティエラは次の瞬間、信じられない光景を目にした。


突然、目の前が光に覆われたかと思えば、なんと連の肉体が起き上がり始めたのだ。


彼の毛髪は、純白に染まりきっている。


(バカな...アイツは確かに死んだはずだ...!ありえないぞ...こんなことは...!)


記者たちはその瞬間を逃すまいと、その様子をカメラに収め始めた。


が、そのときだった。


連がその目を開いた。


何者をも映さない漆黒の瞳。


その目にさらされた記者の面々は突然カメラを落とし、立ち尽くし始めた。


(一体何が起こっている...!?あのガキ...!まさかこの期に及んで、神にでもなるつもりか...!?)


曇り空を太陽が裂き、その光は、連一点を照らし続ける。


まるで天が祝福するかのように。


その後、連は片手を数えきれないほどの人数の報道陣にかざした。


すると、次の瞬間、会場にいる報道陣全員がその場にひれ伏した。


まるで彼らそれぞれの本能がそうさせたかのように。


しかし、そのような中でも、会場の各地に立てかけられた中継カメラはその様を世界中の液晶に映し続けた。


世界中の者たちが、確かにその瞬間を目撃した。


一人は涙を流し、


一人はただ見つめ、


そして...


一人は跪き、両手を握り合わせるとそれを液晶の前に掲げ、液晶越しの連に祈りを捧げた。


そして、祈る者は言った。


「ああ...間違いない...!あの子が......あの子こそが、この世界の...『救世主』だ...!!」





数分後、連は歩みを進め、ステージに立った。


「アイツ...何を...」


「シッ...!何か言うつもりだぞ...」


ティエラが話すのをT・ユカが制止する。


そして、ついに連はその場で“告げ始めた”。









「我が名は、連」


「この世全ての恐怖と支配の象徴にして...」









「この世界に君臨する、『魔王』である」

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