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第69話 「人生」

前回の攻撃から1週間が経過した。


連はメイとフェイを事前に避難させ、玉座に座り、攻撃を待ち続けた。


そのとき、連はある方向を向いた。


そこに在ったのは、ベッドに横たわる気狐の姿であった。


そう、実は、連の蘇生をきっかけに、気狐は未だ目を覚まさない睡眠状態にあったのだ。


「気狐...やれるところまでやるよ...だから、見ててくれ」


そう言うと、連は玉座から立ち上がる。


数分後、『人類軍』が『ガレキの城』へと進軍してきた。


連は幻日を顕現させる。


その数は16。


「......!」


連は少し顔をしかめながら、それらを『人類軍』に喰らわせた。


『人類軍』の面々による悲鳴が上がる。


その後、爆煙が止むと、そこには『人類軍』の姿がなかったのだった。


「ハァ...ハァ...カハッ...!」


連は独り壁に寄りかかりながら喀血した。


「......」


『ガレキの城』では、連の不安定な呼吸だけが響き渡っていた。





翌日、メイとフェイは『ガレキの城』へ帰ってきた。


それからは、他愛もない話をし、皆でテーブルを囲んで食事をするような、『日常』が続いた。


そのような中のある夜、連とフェイは2人で話していた。


「やっぱり来たんだね、攻撃」


「ん?ああ、そうだな」


「楽勝だった?」


「ああ、まあな」


連は気丈にふるまっているが、病は確かに進行しており、連の身体を蝕んでいた。


「連、何か隠してない?」


「え?」


「分かるよ。連、嘘下手だもん」


「......実は、いよいよ来そうなんだ...寿命が」


「......そっか」


フェイは少し考え込むようなしぐさをする。


「連、今幸せ?」


「......多分」


「じゃあ、質問を変えるね。......生きたい?」


「......死にたくない」


「.........そっか」


その後、一時の沈黙が流れた。


そして...


「なんで死にたくないの?」


「死ぬのが怖いんだ。変な話だよな。一度死んだ身だってのに...」


そう言うと、連は苦笑いをした。


「ううん、なにも変じゃない。それが普通だよ」


「......」


「それに、これだけは言っておくけど、連が死んでも、私たちは連を忘れることはないよ」


「!」


「分かるよ。死ぬ怖さって、ただ死ぬことが怖いんじゃなくて、死んだあと、誰にも思ってもらえない、皆自分を忘れちゃうかもしれない...そういうところにもあるってことぐらい」


「......」


「安心して。連は、私たちが紡ぐ」


「...ゴメン」


「ゴメン、じゃなくて、ありがとう、でしょ?」


「...そうだね。ありがとう」


「よろしい。フフッ...」


その後も2人は何かと談笑を楽しみ、寝床へ着くのだった。





その後、再び前回の攻撃から1週間が経過すると、連は2人を避難させ、『人類軍』を迎え撃った。


連は幻日を顕現させる。


その数は8。


「......!」


ちなみに、前回と言い今回と言い、連は全力で幻日を顕現させてこの結果である。


これには連自身も衝撃を覚えた。


しかし、『人類軍』はというと、幻日を喰らったかと思うと、どこかへと退いてしまっていた。


「.........」


連は『人類軍』の動きを不審に思いながら、玉座へと腰を下ろすのだった。





それから、再び『日常』が連のもとへ帰ってきた。





はずだった。





ある日のことだった。


食事を済ませ、3人で談笑をしながら食器を片付けていたその時...


「!!グッ─」


「「!?」」


「ガハッ!ゴホッ!!」


連が突然うずくまり、せき込み始めたかと思うと、その場でなんと喀血し始めたのだ。


「連!?しっかりして!!」


「フェイ!!そのまま連の背中をさすっていて!!」


メイはある布を持ってきて


「連!これで口を!!」


と言うと、連に布を差し出した。


連はそれを口に押し当てるが、喀血は止まらない。


そして数分後...


「ハアッ...ハアッ...」


喀血が止んだ。


その頃には、布は連の吐いた血の色で染まり切っていた。





連はベッドで横たわっていた。


その横に、フェイが椅子を持参し、座っている。


「連、ゴメン...私、何もできなかった...!」


フェイの声は震えている。


「そんなことはない。フェイは俺の横にいてくれた。それだけで十分だよ」


「でも...!」


「......こっちこそ、ゴメン。びっくりさせちゃったよね......今まで何とか隠してきたのに...」


「連が謝る必要なんてないよ!」


「うん...ありがとう」


「もう、長くないんだよね...?」


「うん...」


「死んじゃうの...?」


「............うん」


「そんな...やだよ...やだよぉッ......!」


フェイは自身の無力と、連に牙をむき続ける運命を呪いながら、連の胸元に顔をうずめ、嗚咽を漏らすのだった。





その翌日のことだった。


「......ここは」


「「「!!」」」


ついに気狐が目を覚ました。


「随分と...数が減ったのう」


目覚めて最初に漏らした気狐の一言は、それであった。


それから3人は、『ヤタガラス』と『親衛隊』の崩壊や『人類軍』の結成、そして連の寿命などについて、全て気狐に説明した。


気狐は唖然としていた。


「なんということじゃ...あれだけ犠牲を出した結果がそれだとは......」


「.........気狐は、これからどうする?」


「決まっておる。主様の命に従うまでよ」


「そうか。ありがとう」


「礼には及ばん。式神として、当然のことじゃ」


そんな会話を交わすと、2人は少し顔をほころばせるのだった。


その後、気狐は、『人類軍』が城内に潜入しないよう、外で見張りを行うこととなった。




それからまた『人類軍』による攻撃が下った。


連は幻日を顕現させる。


その数は4。


「......ッ!」


連は幻日を『人類軍』に飛ばす。


『人類軍』は幻日をある程度喰らうと、そのまま撤退していった。


「ハアッ...ハアッ...」


連は壁に寄りかかりながら乱れた呼吸を正す。


連はその後、一言、呟いた。


「もう、“すぐ”か......」





一方その頃...解放軍本拠地では、着々と準備が進められていた。


多数の軍が整列し、その前にT・ユカが立った。


「2週間後、我々は連に対する総攻撃を仕掛ける。我々『解放軍』の手で連を殲滅し、我々の世界的な地位を確固たるものにする。そして...」


T・ユカの横に2人の人物が並んだ。


レオとイドだ。


「連との直接対決は、この2人に任せることにした。2人はまだ子どもとはいえ、特殊能力者であり、戦闘経験も多く積んだことから、我々にとっては大きな戦力だ」


ティエラは木陰から死んだ目で彼らを見つめる。


「それでは、総員、準備を怠るな、いいな!」


『ハッ!!』


こうして、連との最終決戦は2週間後に決まったのだった。





一方、『ガレキの城』では、メイとフェイによって、連への看病が行われていた。


もうすぐ寿命が尽きようとする連には、容赦なく病が襲い掛かった。


あれからというもの、連は2人の前でも度々喀血をするようになり、突然せき込むこともあった。


2人はそんな連を見捨てることなく、真摯に看病し続けた。


せき込む連の背中を、メイがさする。


「ごめんなさい...私たちには医療の知識がないので、こういうことしか...」


「いいんだ。こっちこそゴ─、いや、ありがとう」


3人の時間は、だんだんと苦しいものばかりになっていった。





就寝前、連のもとにフェイがやってきた。


「どうした、寝られないのか?」


「ううん、ただ、話がしたくって」


「そうか」


「......寝てないのは、そっちでしょ?」


「......」


フェイの言葉に、連は沈黙という答えを出した。


「怖いの?」


「ああ」


「そう...」


「で?話って?」


連はフェイから別の話題を振らせようとする。


「うん。前、言ったの覚えてる?姉さんが連を放っておけない理由が分かったって」


「ああ、言ってたな、そういえば」


「その理由だけ、言っておきたくて。もう、話せる時間も限られてるだろうし」


「......」


「姉さんはね、お兄ちゃん、つまり、姉さんの弟以外の男には全く興味を示さないような人だったの」


「え」


「でも、連の場合は違った。姉さんは、連を誰よりも愛している。だから最初、どうしてそこまでするんだろうって思った」


「......」


「でも、3人で過ごしていて分かったの。何でなのか」


「何でなんだ...?」


「だって連、私のお兄ちゃんに似てるんだもん」


「!」


「人のためにどこまでも無理しようとするし、誰よりも優しいし、イヤなことあっても周りに迷惑かけないようにってずっと隠してるし、それに...」


「...それに?」


「いつも演じてたから」


「!!」


連は驚いた。


『ヤタガラス』のリーダーとしての連が、演じているものであることをいつの間にかフェイにもバレていたからだ。


「私のお兄ちゃんはね、いつも明るくて、なにがあってもへっちゃらな人を演じてた。でも、一度だけ見たことあるんだ。本人と姉さんには言ったことないけど」


「......何を?」


「お兄ちゃん、独りで泣いてた」


「......!」


「私の名前を呼んで、『幸せにできなくてごめん』って」


「......」


「私さ、ひどいこと言ったの。『お金持ちにさえなれば幸せなのになー』って」


「......」


「それで、一生働かずに済むくらいの賞金を手に入れるためにお兄ちゃんは少年志願兵に入って...」


「......そうか」


「それでね?連と過ごしてると、どこもかしこもお兄ちゃんに似てるところがあって、びっくりしちゃった!そりゃ姉さんが放っておけないわけだよ」


「......それで、メイが幸せなら、俺はかまわな─」


「あー!!今、『メイが幸せなら俺はメイの弟の代わりでもいい』とか考えたでしょ!!」


連はぎくりとした。


「もう!なんでそうやって自分をないがしろにするかなぁ!」


「返す言葉もございません...」


「全く...!それに、この話には続きがあるんだからね?」


「?」


「姉さん、言ってた。初めこそ弟の代わりのように思ってたけど、今は連という一人の男性を愛してるんだって」


「......」


「連のために尽くしたい、もっと連が自分を好きになれるようにしてあげたい、連を幸せにしてあげたいって言ってた。姉さんは確かに、連を、“連として”愛してるんだよ」


「......」


「姉さんったら、いっつも連連連連言ってるんだよー?」


連の中では、罪悪感が渦巻いていた。


メイの自分に対する溢れんばかりの愛情に気づいてあげられなかったこと、そして、それに応えられていないのではないかということ、そして、その愛情を返せないまま寿命を終えることなどに対する罪悪感である。


「それと...」


「?」


「姉さん言ってたよ。もっと自分を信じて欲しいって」


「......」


「それは私も同じ。連、これだけは忘れないで」


「?」


「たとえ世界中が...この世全ての概念が連を否定しても、私たちは連を肯定し続けるから」


「!!...どうして、そこまで...」


「ずっと言ってるでしょ?」


「?」


「連が大好きだから」


「......」


「私たちは連に救われた。それだけでも理由は充分だと思うけど?」


「そうかな...」


「そうなの!」


「あはは...」


その後、少しの間沈黙が流れる。


そしてそれを破ったのは、フェイのほうだった。


「私さ...『ヤタガラス』に入って、連と会って......そこで、たくさんのことを話して、たくさんのものを見て...思ったことがあるの」


「?」


「私、もう一度この世界を見直したい。私、バカだからさ、今まで一つの見方でしか物事を見られてなかったことが分かったんだ。ティエラのことが、その動かぬ証拠...だから...」


「それじゃあ、フェイは旅人になるのか?」


「旅人、かあ...。それ、いいかも!」


その後もいくつか会話を交わすと、2人は眠りについた。


自分は独りじゃない、そう感じられた連は、久しぶりに“眠ること”ができたのだった。





それから1週間、『人類軍』からの攻撃が途切れ、連は久方ぶりに“普通の1週間”を過ごすことができた。


その1週間は、何も大きな変化もないただただゆったりとした、そんな1週間であった。


そして、攻撃の停止から2週間が経とうしていた頃のことだった。


「連、少し、お話したいことがあるのですが...」


「うん、いいよ」


メイに呼ばれ、連は2人で外に出て話すこととなった。


「連...体は、大丈夫なのですか?」


「......嘘は付けないから言うよ。もう、“そろそろ”な気がする」


「!!」


メイはショックを受けているようだった。


「でも大丈夫。2人が教えてくれたんだ。俺は独りじゃないって。だから、もう怖くない」


「......連、これだけは伝えさせてください」


「?」


「あなたを、愛しています。心の底から、誰よりも」


「......うん」


「......」


「俺は、メイからたくさんの愛をもらった。それはとっても暖かくて...幸せで...。だけど、俺が生きているうちに、それを返せる気がしない...それが、すごく辛くて...」


ぎこちない様子で、連は精一杯、メイに自分の心の内を明かした。


メイは、そんな連の健気さに耐えられなくなり、思い切り連を抱きしめた。


「それで充分です...!それだけで...もう...!」


「メイ...泣いているのか...?」


メイの声は震えていた。


連にとって、メイにもらった愛の大きさは計り知れない。


しかし、それは今のメイにとっても同じ。


メイにとって、連が自分に精一杯愛を伝えてくれた。


精一杯それを返そうとしてくれた。


それだけで、彼女にとっての連の自分への愛の大きさは、充分すぎるほどに大きなものであったのだ。


「嬉しくて...でも、そんな思いをもらえるのも、伝えるのも、もう出来なくなることが悲しくて...!」


連は優しくメイを抱きしめ返した。


「...ありがとう」


連は一言そう告げた。


2人の時間は、どんな時間よりも長く感じられるものであった...。





「あ、帰ってきた。おかえりー!」


2人が『ガレキの城』に帰ってきた。


「フェイ?食器は洗ったの?」


「んえ?......あーッ!忘れてたーッ!」


「全くもう...」


「あはは」


そこには、『日常』があった。


連はそんな『日常』に心地よさを感じながら、決意を固め、目を見開いた。


そして...


「皆」


連の呼びかけにメイ、フェイ、そして気狐の3人が振り向いた。


連は3人の目をそれぞれ見ながら告げる...


「皆に、お願いがあるんだ」





そして、ついに『決戦』の日はやってきた。


『ガレキの城』の周りには、『人類軍』と『解放軍』による大軍勢が集結していた。





そして、その先陣を切る者...それは、2人の『勇者』たちであった。

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