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第3話 【第2章】異世界への旅立ち――王よ、そこに座りなさい!

2-1 異世界ルンバリア王国到着




 柔らかな光に包まれた感覚が、ふっと消えた。




 白鷺静香は、ゆっくりと瞼を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、先ほどまでいた日本の道場とはまるで違う――異世界の景色だった。




「……なるほど」




 短く息を吐きながら、静香は周囲を見渡した。




 そこは、豪奢な宮殿の一角だった。

 天井まで届く大理石の柱。

 金糸で刺繍された絨毯。

 色とりどりのステンドグラスから差し込む光が、床に虹色の模様を描き出している。




 目を引くのは、その空気の重さだった。




(随分と……格式ばった場所ですね)




 決して怯むことはなかったが、胸の奥に小さな警戒心を抱く。

 異世界とはいえ、権力を誇示する空気には馴染めそうにない。




 傍らでは、少年レオンと老魔術師グラハムが安堵したように胸を撫で下ろしていた。




「ここが……ルンバリア王国の王宮、大広間でございます」




 グラハムが丁寧に説明する。

 その言葉に、静香は軽く頷きながら、一歩前へと進み出た。




 その時だった。




「貴様が、勇者だと?」




 玉座の奥から、重々しい声が響いた。

 座っていたのは、深紅のマントを羽織った壮年の男だった。

 王冠を戴き、鋭い眼光を持つ――この国の王、アルベールだった。




 静香は、その視線を真正面から受け止める。

 無礼を感じるものの、今はまだ、軽率に動くべきではない。




 ゆっくりと膝をつき、礼を取る。




「初めまして。白鷺静香と申します」




 場がざわめく。

 勇者でありながら、丁寧に名乗りを上げ、礼節を守る。

 それは、この世界の者たちにとっても予想外だったのだろう。




 だが、王は、ふんと鼻で笑った。




「こんな小娘が……? 冗談も大概にせよ」




 蔑むような言葉に、広間の騎士たちが失笑する。




 静香は、表情ひとつ変えなかった。

 だが、内心では冷ややかな怒りが芽生えていた。




(やはり、礼儀というものを知らないようですね)




 それでも、今は堪える。

 相手の本質を見極めるまでは。




 静香は、再び静かに頭を下げる。




「私が貴方方の期待に沿う存在かは、これから確かめていただければよいでしょう」




 王の口元が歪む。

 面白くない、という表情だ。




「ふん。ならば、その力とやら、見せてみよ」




 王が手を振ると、周囲の騎士たちが一斉に剣を抜いた。




 鋭い金属音が、広間に満ちる。




 静香は、ちらりと視線を巡らせた。

 十人以上の騎士が、槍と剣を手に、彼女を取り囲んでいる。




(……試すというより、捕らえるつもりですね)




 静香は、小さくため息を吐いた。




「……やれやれ。礼儀を尽くすということが、なぜこうもできないのでしょうか」




 呆れた声を洩らしながら、静かに構える。




 剣も槍も持たず。

 ただ、無手で。




 それでも、彼女の姿には、鋭い気迫が宿っていた。




 まず、最初に飛びかかってきたのは、槍を持った若い騎士だった。

 だが、静香は微動だにしない。




 槍が目前に迫った瞬間――。




 すっ、と身体を捻る。

 槍を掴み、その勢いを利用して、軽く体を引く。




 ドサリ。




 勢い余って、騎士は自ら地面に叩きつけられた。




 広間にどよめきが走る。




 次々と襲いかかる騎士たち。

 だが、静香はその全てを、無駄な力なく、たやすくいなしていく。




 突き出された剣を交わし、足払いで転ばせる。

 飛びかかってきた相手を、合気の要領で軽々と投げ飛ばす。




 気づけば、広間に転がる騎士の数は十を超えていた。




「な、なんだこの小娘は……」




 アルベール王が、動揺を隠しきれずに声を漏らす。




 静香は、乱れたセーラー服の裾を軽く整え、

 堂々と玉座の前へ進み出た。




「これで、多少は信用いただけましたか?」




 言葉には、怒りも自慢もない。

 ただ、静かに、当然のことのように。




 その態度に、王も、騎士たちも、誰も声を上げることができなかった。




 そして――。




「無礼を詫びるべきは、そちらの方でしょう?」




 静香は、真っ直ぐに王を見据え、静かに言った。




 広間に、重苦しい沈黙が落ちる。






 その時だった。




 高く、澄んだ少年の声が、静けさを破った。




「父上、それまでに願います!」






 振り向くと、そこには、金色の髪と澄んだ青い瞳を持つ、

 小さな少年が立っていた。




 その瞳に宿る強い意志。

 まるで――あの日、静香を守ってくれた、あの少年のように。




(――まさか、そんな……)




 胸の奥が、不思議な震えを覚えた。





了解しました!

それでは続いて、第2章2-2

【アルベール王と静香の対決、王への説教「そこに座りなさい!」】

このシーンをラノベ小説文体で2000文字以上で描きます!


お待たせしました、どうぞ!



---


『凛として風に舞う花の如く』


【第2章】異世界への旅立ち――王よ、そこに座りなさい!


【2-2】王よ、まずそこに座りなさい




 大広間に張り詰めた空気が、ハイネルの声で一瞬だけ緩んだ。




「父上、これ以上、無礼な態度はお控えください。

 勇者様を召喚したのは我々の方なのですから」




 小さな体から発せられた、凛とした声。

 誰もが一瞬、耳を疑った。




 その幼さに似合わない毅然とした態度に、

 静香もまた、わずかに目を見開く。




(……立派なものですね)




 たった五歳ほどの少年が、己の父であり、王である者に向かって、

 堂々と諫言している。




 対して、玉座に座るアルベール王は顔をしかめた。

 苦々しい思いを隠しきれず、低い声で応じる。




「ハイネル……! 貴様、誰に向かって口をきいているのだ」




 しかし、ハイネルは怯まなかった。

 透き通る青い瞳で、真っ直ぐに父を見返す。




「民を守る王たる者が、無礼を働いてはなりません。

 勇者様に対し、まず礼を尽くすべきです!」




「小癪な……!」




 静香は、そのやり取りを静かに見つめていた。

 そして、確信した。




(この少年には、確かに、あの日私が憧れた強さがある)




 王位や権力などではない。

 人としての誇りと、正義を貫こうとする心の強さが。




 だからこそ――。




 静香は、ゆっくりと一歩、王に向かって踏み出した。




 たった一歩。

 だが、その場にいるすべての者が、息を呑んだ。






「王よ」






 静かな、だが絶対に抗えない声。

 鋭い刀剣のような気配を帯びた言葉が、玉座に向かって放たれた。




「まず、そこに座りなさい」






 シン……と、空気が凍りついた。




 王に向かって、座れ――?

 しかも、この異国の小娘が?




 誰もが目を疑った。

 騎士たちは剣に手をかけ、ざわざわと動揺を隠せない。

 グラハムでさえ、顔を青くして静香を止めようとした。




「ゆ、勇者様、そこまでは……!」




 だが、静香は揺るがなかった。

 まっすぐ、堂々と王を見据える。




 その姿に、アルベール王も一瞬、圧される。




「……ふん、勇者気取りが!」




 怒りに顔を赤らめた王が、手を振る。

 即座に、数人の騎士が剣を抜き、静香を取り囲んだ。




「無礼者を捕らえよ!」






(……またか)






 静香は内心でため息をつく。

 どこに行っても、力しか見ない者たちはいる。




 だが、彼女は動じなかった。




 無駄な戦いを望んではいない。

 けれど、ここで下がるわけにもいかない。




 静香は静かに、袂から何も持たず、

 ただ、軽く腰を落とすだけの構えを取った。




 相手は剣を抜いた兵士たち。

 だが、静香は剣すら抜かない。

 無手で、彼らを迎え撃つ。






 ――瞬間。






 最初に飛びかかってきた騎士の腕を取り、

 力を抜くように導きながら、軽やかに投げ飛ばした。




 ゴン、と鈍い音を立てて床に叩きつけられる鎧。

 次に襲いかかった者は、わずかな重心のズレを突かれて、

 自ら転倒していた。




 静香の動きは、まるで流水のごとく自然だった。




 誰一人、彼女に手をかけることすらできない。

 剣を抜き、力で威圧しようとした騎士たちが、次々と床に転がっていく。




「な、なにをしている! 一人の娘相手に……!」




 怒鳴る王の声が、空しく広間に響いた。






 静香は、無傷のまま、玉座の前に立った。






「……さて」




 彼女は、真っ直ぐにアルベール王を見上げる。




「貴方が、私に礼を尽くさねばならない理由は、

 私が"勇者"だからではありません」




「……?」




「助けを乞う者の最も大切な心構え――

 それは、相手を敬い、誠意を示すことです」




 凛とした声。

 誰の耳にも、はっきりと届く言葉。




「異世界から他者を召喚し、救いを求める。

 それがどれほど重いことか、貴方は理解していない」




「……!」




 王は、口を噤んだ。

 怒りでも反論でもなく――それは、初めての、畏れだった。






「ですから、まずはそこに座りなさい、王よ。

 礼を失った者が、誰かを導くことなど、決してできないのですから」






 静香の言葉に、広間にいたすべての者たちが、息を飲んだ。




 誰も動けない。

 誰も、言葉を返せない。






 そして――。




 重々しい沈黙の中で、アルベール王はゆっくりと腰を下ろした。




 王が……座った。




 誰もが目を見開き、信じられないものを見るような顔をしていた。




 だが、静香は、それを当たり前のように受け止める。




 礼儀を尽くさない者に未来はない。

 静香の信念は、ただそれだけだったから。






「……よろしい」




 静かに頷き、静香は背を伸ばす。




「では、改めて。

 これより、貴方がたの願いを聞きましょう。

 もっとも、私が協力するかどうかは、話を聞いてから判断させていただきますが」






 静香の毅然とした言葉に、誰も逆らう者はいなかった。




 王国の行く末すら変える、少女の最初の一歩。

 その一歩が、異世界に静かに刻まれた瞬間だった。




2-3 騎士団との小競り合い――無手の誇り




 重々しく、王が玉座に座った。




 その瞬間、大広間に広がっていた緊張は、奇妙な方向へと変化した。

 それは敬意ではない。

 屈辱にまみれた、重たい空気。




 王の命令で剣を抜いた騎士たちは、いまだ剣を収められずにいた。

 彼らは静香を睨みつけながら、手に汗をにじませている。




 ――屈辱。

 勇者などという見知らぬ少女一人に、国王が膝を折った。

 彼らにとって、それは耐えがたい屈辱だった。




 王が直接命じたわけではない。

 だが、騎士たちは、剣に託してその怒りを静香にぶつけようとしていた。




 静香は、そんな彼らを冷静に見据えた。




(……来ますね)




 剣を抜いたまま、騎士たちがじりじりと包囲を狭める。

 一人、また一人と間合いを詰め、静香の逃げ道を塞いでいく。




 中でも、特に大柄な一人の騎士が、一歩前に出た。

 分厚い鎧に覆われた体、重厚な剣。

 静香よりもはるかに大きな影が、彼女を覆い隠す。




「……王のご意志に逆らう者には、それ相応の罰を!」




 叫びと同時に、大剣が振り下ろされた。






 だが――。






 バサリ。






 静香の姿は、そこにはなかった。




 重たい剣が空を切り、地面にめり込む。

 大理石の床に亀裂が走り、乾いた音が広間に響いた。




「なっ……!?」




 騎士は目を見開く。

 だが、次の瞬間――。




 重心を崩された彼は、軽く手首を取られ、

 まるで木の葉のように宙を舞い、盛大に床に叩きつけられた。






「っぐぅ……!」






 重たい鎧が床にぶつかり、鈍い音が広がる。






「……本当に、困った方々ですね」




 静香は、ほんのわずかに首を傾げた。

 その表情には怒りも焦りもない。

 ただ、呆れたような、冷ややかな静けさがあった。




「剣を抜いたからには、どちらが上か試したい、というわけですか」




 彼女の声は穏やかだった。

 しかし、その背後には鋭い威圧が滲んでいる。




 それが、騎士たちを本能的に怯えさせた。




 だが、男たちの誇りが、それを許さない。




「た、たかが女一人……!」




 怒声とともに、複数の騎士が一斉に襲いかかる。

 剣、槍、斧――様々な武器が、静香を取り囲み、同時に振り下ろされた。






 そのときだった。






 静香の周囲に、ふっと風が起こった。






 流れるような、無駄のない動き。

 足捌きは軽く、指先の僅かな接触だけで、襲い来る武器の軌道を外していく。




 剣の切っ先を受け流し、

 槍の突きを踏み外させ、

 斧の振り下ろしを肩の力を抜いて躱す。




 そして、隙を突くように、わずかに相手の肩や腰を押すだけで――




 バタバタと、騎士たちが床に倒れていった。






「……そんな、馬鹿な……!」






 力ではない。

 速さでもない。

 静香の技は、ただ"流れ"を支配していた。




 武器の重さ、鎧の動き、相手の意識。

 それらすべてを見切り、力を使わずにいなしている。




(……凄まじい……)




 誰かが、広間の片隅で息を呑んだ。




 剣を持たず、鎧もまとわず、

 ただ自らの技と心だけで、

 これだけの兵士たちを圧倒している少女。




 それは、まさに――






「……本物の、勇者だ」






 騎士たちの一人が、ぽつりと呟いた。






 静香は、すべての襲撃を捌き終えると、

 整えた制服の裾を軽く払った。




「無駄な争いは好みませんが、

 こちらにも、誇りというものがありますので」




 澄んだ声で言いながら、広間を見渡す。




 倒れた騎士たちは、呻きながらも、誰も再び剣を抜こうとはしなかった。




 誰もが知ったのだ。

 この少女は、力で捻じ伏せるべき相手ではない。

 敬意を払うべき存在だと。






「……さて」




 静香は、改めて玉座を見上げた。




「この程度で満足されたなら、

 そろそろ、貴方方の事情についてお話しいただきましょうか?」






 玉座の上、アルベール王は何も言えなかった。

 額に冷や汗を滲ませ、唇を噛み締めている。




 その隣で、グラハムがそっと口を開いた。




「は、はい……。

 改めて、ご説明申し上げます……」






 静香は、軽く一礼した。




 無用な衝突は避けたかった。

 だが、必要なときには、力をもって示すこともまた、誠意だと彼女は信じていた。




 そうして、静香は静かに腰を下ろし、

 異世界ルンバリアの事情を、真剣に聞き始めるのだった。




2-4 ハイネル王子との出会い――心に芽生えるもの




 騒ぎが収まり、大広間に再び静寂が訪れていた。




 騎士たちは倒れ伏し、玉座の王も言葉を失い、

 ただ、広間には緊張と畏敬の入り混じった空気だけが漂っている。




 そんな中、小さな足音が響いた。






「勇者様……どうか、お許しください」






 澄んだ、しかし芯のある声。

 静香が振り向くと、そこには、金色の髪と蒼い瞳を持つ少年――ハイネルがいた。




 たった五歳ほどの年齢にもかかわらず、

 その背筋はまっすぐに伸び、頭を下げる所作も、どこか品位を感じさせる。




 そして、なにより――その瞳。




(あの瞳……間違いない)




 静香の胸が、再びざわめいた。




 十年前。

 あの日、野良犬に襲われた幼い自分を、必死に庇ってくれた少年。

 血だらけになりながら、怯まず、逃げず、ただ静香を守ろうとしてくれた少年。




 その瞳に、そっくりだった。




 だが、そんなはずはない。




 こちらは十年の時を生きてきたのに、

 目の前の少年は、まるであの日と同じ年頃のままだった。




(他人の空似……? それとも……)




 静香は、胸の奥の高鳴りを押し殺しながら、

 静かに膝をつき、ハイネルの目線に合わせた。






「顔を上げてください、ハイネル殿下」






 促すと、ハイネルはまっすぐに顔を上げた。

 その蒼い瞳が、真っ直ぐに静香を映し出す。






「……勇者様。

 どうか、どうか、この国を、お救いください」






 その言葉は、王たちの打算や騎士たちのプライドとは無縁だった。




 まっさらな、純粋な祈りだった。




 静香は、その想いに胸を打たれた。




 たった五歳の少年が、己の国の行く末を案じ、

 異国から来た者に、これほど真摯に頭を下げる。




(この国に、まだ希望は残っている……)




 そう思えた。






 ――いや、違う。






 希望ではない。




 静香の胸に芽生えたのは、もっと個人的で、もっと熱い感情だった。




 この少年を、守りたい。

 彼の未来を、絶対に潰させたくない。




 それは、幼い頃、自分が救われたときに芽生えた想いと、どこか繋がっていた。






「……はい、約束しましょう」






 静香は、微笑んだ。

 ほんのわずかに、優しく。






「私は、この国と、あなたを見捨てません」






 ハイネルの瞳が、ぱっと輝いた。






「本当、ですか……?」




「はい。本当です」






 静香は、真剣な目で頷いた。




 その瞬間、ハイネルの小さな顔が、ふわりと綻んだ。

 年相応の、無邪気で心からの笑顔だった。




(……可愛いな)




 思わず心の中で呟いてしまうほど、

 それはまぶしい笑顔だった。






 だが、同時に静香は思う。




(――この笑顔を、絶対に守らなければならない)




 それは義務ではなかった。

 責任でもなかった。




 ただ、心からそう思った。






 だからこそ――。






 静香はこの国に、命を賭ける覚悟を決めたのだ。






 そんな彼女の内心を知らぬまま、

 グラハムが、ようやく王の代わりに事情を語り始めた。






「……このルンバリア王国は、今、魔王の脅威に晒されております。

 北方の大陸を支配し、次々と周辺国家を滅ぼしているのです」






 魔王。

 人類の天敵と呼ばれる存在。




 その力は、あまりにも強大だった。

 王国の軍勢も、いくつかの冒険者ギルドも、まともに太刀打ちできず、今や侵攻を防ぐのが精一杯という。




 静香は、じっと話に耳を傾けながら、

 その実、心はすでに決まっていた。




(……行くしかない)




 この世界を救うためでも、異世界の勇者としての使命感でもない。




 ただ一人。

 目の前の少年――ハイネルの未来を守るために。






 だから、静香は立ち上がり、まっすぐに宣言した。






「わかりました。

 私は、あなた方の力になります」






 その言葉に、大広間にいた者たち全員が、息を呑んだ。






「勇者様……!」




 レオンが、感極まったように目を潤ませる。

 グラハムも、何度も頭を下げて感謝の意を示した。






 そして――ハイネルだけが、

 静香を見上げて、まっすぐに、にっこりと笑った。




 その笑顔は、静香にとって、

 この世界での最初の"光"だった。




2-5 勇者として歩き出す――静香、ハイネルのために




 静香の宣言に、大広間の空気が一変していた。




「わかりました。私は、あなた方の力になります」




 誰もが静香を見つめ、言葉を失っていた。

 勇者として召喚された者が、無礼を受けてもなお、助けを申し出た。

 そんな例は、これまでなかったのだ。




 レオンは目を潤ませながら小さく拳を握りしめ、

 グラハムは老いた身体を深く折って、深々と頭を下げる。




「勇者様……本当に、ありがとうございます……!」




 震える声が、広間にかすかに響く。




 静香はその様子に特に誇らしげな顔もせず、

 ただ、静かに微笑んで見せた。




(……私は、彼らのために戦うわけじゃない)




 心の中で、自らに言い聞かせる。

 私が守りたいのは――。




 視線を上げる。

 そこに立っていた、金色の髪の少年。

 透き通る青い瞳で、じっとこちらを見つめているハイネル。




(この子の未来を、私は守りたい)




 十年前、自分を守ってくれた少年の面影を宿す彼。

 その存在だけが、静香の胸を確かに突き動かしていた。






 ゆっくりと、静香はハイネルの方へ歩み寄った。




「ハイネル殿下」




「……はい、勇者様!」




 小さな肩を張り、真っ直ぐに返事をする姿に、

 思わず微笑みがこぼれそうになる。




 けれど、静香は真剣な眼差しで言葉を紡いだ。






「これから先、どんな困難な道であろうとも――

 私は、あなたを守るために剣を取り、戦います」






 ハイネルの目が、ぱっと見開かれる。




「……僕を……守って……?」




「はい。貴方の未来を、必ず守ります」






 まっすぐな言葉。

 それは、静香にとって、誓いだった。




 この世界を救うとか、人類を救うとか、そんな大仰なものではない。

 たった一人の、大切な人を守るために。






 ハイネルは、小さな手をぎゅっと握りしめた。

 そして、精一杯の声で答える。




「……僕も、強くなります!

 静香様に守られるだけじゃなく、いつか僕も、誰かを守れるように!」






(……本当に、強い子ですね)






 静香は、微笑みながら頷いた。

 この子が未来を担うならば、この国にもまだ希望はある。






 広間の空気が、ようやく和らぎ始める。

 重苦しかった空気が、少しずつ、暖かさを取り戻していた。






 玉座の上、王アルベールもまた、静かに立ち上がった。

 厳しい顔をしたままだが、その目には、かすかな敬意が宿っていた。




「……白鷺静香よ」




「はい」




「貴殿を、このルンバリア王国の"勇者"と認めよう」






 宣言と共に、王は手を広げ、場にいるすべての者たちに告げた。






「この者の言葉に耳を傾けよ。

 この者の命じることを、王命に等しきものと心得よ」






 広間に、ざわめきが走る。

 そして、騎士たちは膝をつき、頭を垂れた。






 静香は、少しだけ困ったように微笑んだ。




(……少し話が大きくなりすぎた気もしますね)




 だが、もう後戻りはしない。

 自らの意志でこの世界に足を踏み入れた以上、

 全うする覚悟は決めていた。






 その時、ハイネルがそっと近づいてきた。




「静香様……!」






 彼の声に、静香は優しく目を細める。






「ハイネル殿下、これから共に頑張りましょう」




「はいっ!」






 小さな手が、ぎゅっと静香の袖を掴んだ。

 温かい、小さな掌。




 静香はそっとその手に自分の手を重ねた。




 それは、まだ幼い、けれど確かな"未来"の芽だった。






 ――守ろう、この手を。

 たとえどんな困難が待っていようとも。






 静香は心に固く誓いを立て、

 新たな道を歩み始めたのだった。











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