8-1 最強の四天王、アズライール現る】
ルンバリア王国の王都、朝の静けさを破るように緊急の伝令が飛び込んだ。
「報告! 北方ヴァルカリア砦、陥落――!」
兵士の悲痛な叫びに、王宮の空気が一瞬にして凍りつく。
玉座の間に集った重臣たちも、顔を見合わせ、青ざめた。
「ヴァルカリアが……? あの要衝が?」
王は唇を震わせ、玉座から身を乗り出す。
その瞬間、さらに続く報告が兵士の口から飛び出した。
「敵軍を率いていたのは、魔王軍四天王筆頭――アスタロト・アズライールだとのこと!」
その名が響いた瞬間、場内の空気が一層重く沈んだ。
アズライール。
魔王軍において最強と名高い剣士にして、魔王ゼルファー直下の大将。
ただ一太刀で、幾千もの兵を薙ぎ払ったという伝説を持つ戦鬼。
重臣の一人が、絞り出すように呟く。
「もはや……人の手に負える存在ではないかもしれぬ……」
恐怖が王宮を支配しようとした、その時だった。
玉座の間の扉が、静かに開かれる。
そして、涼やかな気配と共に、白き道着に身を包んだ一人の少女が歩み出た。
「私が行きます」
静香――異世界から召喚された、ルンバリア王国の勇者。
彼女は誰に促されるでもなく、凛とした声で告げた。
「……静香殿」
国王が、かすれた声で名を呼ぶ。
静香は国王へと深く一礼した後、きっぱりと言い切った。
「ヴァルカリア砦を奪還し、四天王アズライールを討ち取ってまいります」
「む、無茶だ! あれは、もはや人の手に負える存在では――」
重臣たちが一斉に声を上げるが、静香は揺るがない瞳で全員を見回した。
「人の手に負えないと言うのなら、それを超える存在が必要です。――私は、そのために召喚されたのでしょう?」
その静謐な声に、誰一人反論できなかった。
国王は深く目を閉じ、重く頷く。
「……うむ。貴女に、国の命運を託そう」
「ありがとうございます」
静香は深々と頭を下げると、踵を返し、迷いなく歩き出す。
――その背を、遠くから一人の少年がじっと見つめていた。
第二王子、ハイネル。
まだ幼いながらも、静香の強さを、誰よりも理解し、憧れ、慕っている存在だ。
(勇者様……どうか……)
小さな拳をぎゅっと握りしめ、彼は心の中で祈った。
◇
翌朝、王都の北門。
静香は一人、馬にまたがっていた。
腰には、彼女の誇る霊剣・村雨。
その刀身は、朝日に照らされ、淡く輝いている。
そこへ、一人の老人が駆け寄ってきた。
「勇者殿!」
宮廷魔術師、グラハムである。
息を切らせながら、グラハムは小さな巻物を差し出した。
「これを……ヴァルカリア砦周辺の地図です。砦には秘密の抜け道がある。それを使えば、アズライールに近づけるかもしれません」
「……ありがとうございます」
静香は巻物を受け取り、鞄に収めると、馬の手綱を握り締めた。
「勇者殿……くれぐれも、御武運を」
グラハムが頭を下げる。
静香はわずかに微笑み、静かに答えた。
「ええ。必ず、生きて帰ります」
そして、馬を蹴った。
王都の門が開かれる。
白い道着の少女と、朝陽を受ける村雨の光が、真っ直ぐに北へ向かって駆けていく。
彼女の背には、誰よりも強い覚悟があった。
(私は……負けない)
(ハイネル王子が、私を信じてくれているのだから――)
風が、静香の長い黒髪をはためかせる。
道の先には、魔王軍最強の剣士アズライールが待っている。
だが、静香の歩みは一寸の迷いもなかった。
(この剣に、私の全てを懸けて……)
その強い想いだけが、静香を支えていた。
こうして、運命の決闘へ向けて、少女は駆け出していった――。
8-2 決闘前夜――静香の静かな覚悟
ヴァルカリア砦の手前に広がる小さな森。
静香はそこで一人、焚き火を囲んでいた。
夜空には無数の星々が瞬き、穏やかな風が静かに木々を揺らしている。
火のはぜる音だけが、静寂の中に小さく響いていた。
(……明日、アズライールとの決戦)
静香は膝を抱え、燃えさかる焚き火をじっと見つめた。
暖かな炎の光が、彼女の凛とした横顔を照らしている。
心の中には、不思議と恐れはなかった。
ただ一つ、胸の奥に灯る決意だけがあった。
(私は、必ず勝つ)
(ハイネル王子の未来を守るために――)
静香は、そっと腰に帯びた村雨に手を添える。
この刀と共に歩んできた日々を、ふと思い返す。
召喚され、異世界に降り立ったあの日。
まだ何も分からないまま、それでもこの国を守ると誓った。
あの日、怯える少年――ハイネル王子に出会った時、心に強く誓った。
(彼を……この優しい国を、絶対に守り抜くと)
焚き火の炎が小さく揺れる。
静香は静かに目を閉じ、深く呼吸を整えた。
◇
ふと、懐から取り出したのは、ハイネルが手作りしてくれた小さな護符だった。
粗末な布に、稚拙な刺繍で「勇気」と縫われたそれは、今も静香の心の支えとなっていた。
「勇者様、これ……ぼくが作ったんです」
「強くなりたいから、勇者様のお守りになればいいなって」
あの日、照れくさそうに手渡してくれた少年の笑顔を思い出し、静香の胸が温かくなる。
指先で護符をそっと撫でながら、静香は微笑んだ。
(ありがとう、ハイネル王子)
(あなたがいるから、私はどこまでも強くなれる)
風がそっと頬を撫でた。
夜空に広がる無数の星々が、静香を見守るように輝いている。
◇
やがて、静香は立ち上がった。
焚き火の前にすっくと立ち、村雨をゆっくりと鞘から引き抜く。
刀身が、星明りを受けて静かに煌めいた。
静香は無言のまま、型を取った。
一歩、踏み込み。
ひと振り、風を斬る。
また一歩、また一振り。
夜の静寂を破ることなく、彼女は剣を舞わせた。
その動きは、まるで一輪の花が風に舞うかのように美しく――そして凛としていた。
(アズライール、あなたは確かに強い)
(でも、私はあなたには負けない)
静香の胸にあるのは、ただそれだけだった。
怯えも、迷いもない。
あるのは、守りたいものへの純粋な想いだけ。
やがて剣舞を終え、静香は村雨を鞘に納めた。
吐息一つ乱さず、静かに空を見上げる。
――どこまでも、透き通った夜空。
その空に、ふと一筋の流れ星が走った。
静香は目を細め、小さく祈る。
(明日、必ず勝利を手にして帰ろう)
(そしてまた、ハイネル王子と笑い合いたい――)
心の中で、そっと誓いを立てる。
◇
やがて夜は更け、焚き火の炎も静かに小さくなった。
静香は簡素な寝袋に身を横たえ、村雨をそっと腕に抱いたまま、そっと目を閉じた。
彼女の耳には、優しい夜風の音と、遠くに響く梢のざわめきだけが聞こえていた。
(明日、すべてを懸けて)
(すべてを守るために――)
その静かな誓いと共に、静香は深い眠りへと落ちていった。
明日の、決戦の朝を迎えるために。
了解しました!
では、【7-3 激突! 静香vsアズライール】を、
ラノベらしく行間を空けて、読みやすく、かつ2000文字以上でしっかり書き上げます!
お待たせしました、こちらです!
8-3 激突! 静香vsアズライール
夜が明け、ヴァルカリア平原には淡い朝日が差し込み始めていた。
広がる草原の中央――そこに静かに立つのは、漆黒の鎧を纏った巨躯の男、アズライール。
その手には、禍々しい紫黒色の魔剣・シャドウレイスが握られていた。
そして――。
そのアズライールの前に、たった一人立ちはだかる少女がいた。
白き道着を纏い、腰には村雨を帯びた少女――宮本静香。
細身の身体から放たれる凛とした気配は、圧倒的な存在感を放っていた。
「来たか、勇者」
アズライールが低く唸るような声を発する。
「はい。迎えに来ました、アズライール」
静香は静かに答えた。
その声に、揺らぎはなかった。
「ふ……ほう。小娘のくせに随分と肝が据わっているな」
「それとも……恐怖で固まっているだけか?」
アズライールの挑発にも、静香は表情一つ動かさない。
「いいえ」
彼女はゆっくりと、腰の村雨に手を添えた。
「恐れる理由など、どこにもありません」
「私は、守りたいもののためにここに立っている」
「それだけです」
その言葉に、アズライールの瞳が一瞬だけ細められる。
「……ならば、それを証明してみろ」
次の瞬間、空気が震えた。
アズライールが地を蹴り、音速を超える勢いで突進してくる。
魔剣シャドウレイスが唸りを上げ、静香に向かって振り下ろされた!
――ドォン!!
大地が抉れる轟音。
しかし。
静香はそれを、紙一重でかわしていた。
まるで舞うように軽やかに。
「ほう……!」
アズライールが驚嘆の声を漏らす。
常人ならば反応すらできない速度だったにもかかわらず、静香は冷静にかわしていたのだ。
「次はこちらから失礼します」
静香は柔らかく、しかし一切の隙のない動きで村雨を抜き放った。
――シュバッ!
一閃。
白銀の光が、アズライールの肩口をかすめた。
重厚な鎧にわずかな傷を刻む。
「ぬうっ!」
アズライールは一歩後退した。
この世界で、彼に傷を負わせた者など数えるほどしかいない。
「いいぞ……! 面白い!」
魔将アズライールが豪快に笑った。
「勇者よ、貴様なら我を本気にさせられるかもしれん!」
そう言い放つと、彼の魔剣に闇の炎がまとわりつき始めた。
地面に触れた瞬間、草木が黒く枯れ落ちる。
この剣に斬られれば、ただの傷では済まない。
命そのものが、呪いによって蝕まれる――!
「……!」
静香は村雨を握り直した。
(受けるわけにはいかない)
(この一撃を受ければ、きっと無事では済まない)
アズライールは巨大な魔剣を振りかざし、轟音と共に突進してくる。
「喰らえぇぇぇぇぇ!!」
魔剣の一撃。
その圧倒的な一撃を、静香は真っ向から受け止めた。
――キィィィンッ!!!
村雨とシャドウレイスが火花を散らす!
「ぬうっ……!」
「くっ……!」
二人の力が拮抗し、周囲の空気が爆ぜた。
衝撃波が走り、周囲の地面がひび割れる。
だが、次の瞬間――。
静香は、合気道の技を応用し、アズライールの力を受け流した。
「なっ……!」
巨大な力が、静香の体をかすめ、空を斬る。
アズライールの体勢がわずかに崩れる。
「――そこです!」
静香は一気に間合いを詰めた。
村雨に神通力を纏わせ、一閃!
――バシュッ!
アズライールの脇腹に、確かな手応え。
「ぐっ……!」
アズライールは膝をつきかけるが、すぐに立ち直り、笑った。
「いいぞ、勇者よ!」
「ますます貴様を……倒したくなった!」
静香もまた、呼吸を整えながら刀を構え直す。
「私も、貴方を超えて見せます」
「守るために――強くなるために!」
二人の瞳が激しくぶつかり合った。
朝日が昇り始め、戦場に光が差し込む。
その中で、静香とアズライールは再び激突した。
――決戦は、まだ始まったばかりだった。
8-4 村雨とシャドウレイス――一進一退の攻防
ヴァルカリアの戦場に、金属が擦れ合う高い音が響き渡った。
静香が振るう村雨と、アズライールが操る魔剣シャドウレイス。
双方の一撃は、まるで稲妻が空を引き裂くかのような鋭さで交錯していた。
「ハァァッ!!」
「ぬぅううっ!」
静香の放つ一閃は、清らかな光を纏い。
アズライールの剣撃は、深く黒い闇を伴って迫る。
光と闇、善と悪。
二つの力がぶつかり合うたびに、天地が震えるかのようだった。
周囲で見守る騎士たちすら、遠くからその気迫に息を呑んでいた。
「す、すごい……」
「これが……勇者様と四天王大将……!」
それほどまでに、二人の戦いは次元の違うものだった。
***
静香は、剣を振るいながら思っていた。
(速い……重い……!)
アズライールの剣撃はただの力任せではない。
鍛え抜かれた精密な技と、経験に裏打ちされた駆け引きがある。
静香は村雨を操り、流れるような身のこなしでかわすが――。
ほんの一瞬でも気を抜けば、即座に命を落とすだろうと直感していた。
だが、恐怖はなかった。
(負けない――私は、絶対に)
守るべきものがある。
だからこそ、静香はどんな強敵を前にしても、折れることはなかった。
***
「ほう……その若さで、これほどの剣筋とはな……!」
アズライールが苦笑混じりに言葉を漏らした。
「だが……まだ甘い!」
次の瞬間、アズライールは通常の三倍はあろうかという速度で突撃してきた。
――速い!!
静香の反応はわずかに遅れた。
シャドウレイスの一撃が、静香の肩をかすめる。
「くっ……!」
衣服が裂け、薄く血が滲む。
だが静香は、動じなかった。
即座に体をひねり、アズライールの背後へと滑り込む。
「はあああああっ!」
村雨の一閃が、黒い鎧に深々と傷を刻んだ。
アズライールは舌打ちしながら距離を取る。
「やるな……だが、まだまだ!」
互いに血を流しながらも、二人の戦いはなお熾烈さを増していく。
***
(この人も……戦う理由があるんだ)
静香は、剣を交える中でそれを感じていた。
アズライールの剣から伝わる、ただの殺意だけではない“何か”。
(この人も、きっと……何かを背負っている)
それでも――。
それでも、譲れない。
「私は、負けられない!!」
静香は叫び、村雨を振るった。
鋭い光刃がアズライールを捉え、彼の黒きマントを斬り裂く。
だがアズライールも、負けじと反撃してくる。
「ならば、貴様の覚悟、試してみよ!!」
二人の剣が、何度も何度もぶつかり、弾き合う。
衝撃波が起こり、地面がひび割れ、周囲の草木すら吹き飛ばされていく。
だが二人の目は、決して逸らさない。
ただひたすら、互いの強さだけを信じ、全力でぶつかり合っていた。
***
そして――。
一瞬の隙。
互いの攻防に、かすかな“間”が生まれた。
静香は、それを見逃さなかった。
「村雨……!」
呼びかけと共に、村雨が静かに、だが確かに輝く。
空間を裂く力――空間斬の前兆。
アズライールもそれを察知したのか、瞳に一瞬、驚愕の色を浮かべた。
「何――ッ!」
だがもう遅い。
静香は、すべての神通力を刀に込め――。
「――空間斬、発動!」
静香が村雨を一閃する。
白銀の光が、大地を、空を、空間そのものを切り裂いた。
アズライールの周囲に展開していた魔力防御が、見る見るうちに霧散していく。
「ぐ……うおおおおおおっ!!」
アズライールが必死に剣を振り、闇を押し返そうとするが。
静香の村雨は、それすらも凌駕していた。
この一撃で――決着をつける!!
8-5 決着――アズライール、散る
戦場に、静寂が訪れていた。
静香とアズライールは互いに傷つき、疲労の色を滲ませながらも、なお睨み合っていた。
先ほどまでの激闘は、並の戦士ならとっくに命を落としていてもおかしくない熾烈なものだった。
だが――。
二人とも、一歩も引いていない。
静かに、鋭く、剣先を向け合っていた。
「ふは……ふはは……!」
最初に沈黙を破ったのは、アズライールだった。
「……見事だ、勇者よ」
「これほどまでに胸を熱くさせる戦いは、生まれて初めてだ」
その言葉に、静香は眉を寄せることなく、静かに答えた。
「……私も同じ気持ちです」
「あなたの力を侮っていたわけではありません。でも、これほどとは」
静香はそっと村雨を構え直す。
その刃は、まだ確かな輝きを失ってはいなかった。
「だが……」
アズライールが低く呟く。
「まだ……終わってはいない!」
彼は、最後の魔力を振り絞った。
漆黒の魔剣――シャドウレイスが、再び闇を纏い、禍々しく輝き始める。
「来い、勇者よ!」
「このアズライールの最期――その目に焼き付けろ!!」
吠えるように叫び、アズライールが突進してきた。
その速さ。
その重さ。
その気迫。
すべてが、これまでの一撃とは比べものにならない。
(……来る!)
静香は覚悟を決めた。
心を静かに澄ませ、村雨にすべてを託す。
――今、この瞬間にすべてを賭ける。
静香は、ゆっくりと、確実に、村雨を構えた。
そして――。
「空間斬――」
静香の囁きと共に、村雨が蒼白い光を放つ。
次の瞬間。
光と闇が交錯する。
アズライールの剣が、空間を裂かんとする。
静香の村雨が、空間ごと斬り裂こうと煌めく。
衝突――。
そして――。
――ズバァアァァァッ!
一瞬、何が起こったのか分からないほどの静寂が訪れた。
だが。
先に膝をついたのは――アズライールだった。
「……ぐ、はっ……!」
彼の魔剣シャドウレイスは真っ二つに折れ、黒き鎧も深々と裂けていた。
その胸には、確かに静香の村雨の一撃が届いていた。
「やった……の……か……?」
アズライールは自嘲気味に笑った。
「負けたか……いや、認めよう」
彼はぼろぼろになった身体を無理に支えながら、静香を見上げる。
「貴様は……間違いなく、本物の勇者だ」
その言葉に、静香は静かに首を振った。
「私は……まだ何も成し遂げていません」
そう、彼女の旅はまだ続く。
この世界を救うため、ハイネルの未来を守るため。
「でも、あなたが認めてくれたことは、光栄です」
静香の言葉に、アズライールは小さく笑った。
「ふっ……それで、十分だ」
そして。
「……頼む……この……愚かな……世界を……」
「救って……くれ……」
アズライールの最後の言葉は、風に乗って消えていった。
そして彼の身体は、静かに崩れ、光の粒となって空へと昇っていった。
――こうして、最強の四天王・アスタロト・アズライールは散った。
静香は剣を鞘に納め、深く一礼した。
「……あなたの想いも、背負って進みます」
朝日が完全に昇り、平原を金色に染め上げる。
風が優しく吹き抜け、まるでアズライールの魂を天へと導いていくかのようだった。
そして静香は、再び前を向いた。
(次は……魔王)
(必ず……必ずこの世界を救う)
拳を強く握りしめ、静香は歩き出した。
その背中には、もう迷いはなかった。
――勇者としての誇りと、守るべきもののために。