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第11話 【第10章】エピローグ――未来への誓い

10-1 王からの縁談




 ルンバリア王国の王都は、歓喜に沸いていた。




 魔王ゼルファーを討ち果たし、静香がもたらした平和を祝うため、王宮では盛大な祝賀会が催されていた。




 城門の外にまで広がる灯り、色鮮やかな装飾、胸を張る兵士たち――すべてが、静香の偉業を称えるために用意されたものだった。




「――宮本静香殿」




 王宮の大広間で、国王が厳かに声を発した。




 場が静まり返る。




 静香は、清楚な白いドレスを纏い、整った黒髪を軽く結い上げ、玉座の前に立った。




 王は重々しく言葉を続ける。




「貴殿の勇気と献身、そしてなにより、民を救ったその偉業に対し、我ら一同、心より感謝する」




「もったいないお言葉でございます、陛下」




 静香は、膝をつき、深く頭を下げた。




 その姿に、場内から感嘆の声が漏れる。




 彼女は謙虚で、凛として、美しかった。








 そして――。




 国王は立ち上がり、満面の笑みを浮かべて宣言した。




「宮本静香殿よ。貴殿には、我が第一王子との縁談を進めたいと考える!」




 ――大広間が、ざわめいた。








 重臣たちも、貴族たちも、民たちも、一斉に息を呑む。




 それはすなわち、未来の王妃としての座を約束するということ。




 勇者から、王国最高位の女性へ。




 これ以上の栄誉はなかった。








 だが。








 静香は、静かに、そしてきっぱりと首を振った。




「恐れながら、陛下」




「そのご提案、私には受け入れかねます」








 再び、場内がざわめく。




 断った。




 この場で、国王直々の申し出を。




 あまりにも、異例だった。








 国王は驚いたように眉をひそめた。




「……何ゆえだ?」




 声には、驚きと、ほんのわずかな苛立ちが混じっていた。




 それも無理はない。




 だが、静香は一歩も引かず、まっすぐ王を見つめた。








「私には、別に願いがございます」




「どうか、第二王子ハイネル殿下との婚約を許していただきたいのです」








 ――静寂。








 一瞬、時間が止まったかのようだった。




 重臣たちは顔を見合わせ、貴族たちは息を呑み、ハイネル本人は目を丸くした。








「……ハイネル、だと?」




 国王が、低く問い返す。








 静香はうなずき、さらに続けた。




「私は、ハイネル殿下の中に、真に守るべき強さを見ました」




「この世界を救った後、私が歩みたい未来は――」




「彼と共に在る未来です」








 その宣言は、どこまでも澄んで、迷いがなかった。








 第一王子は、少し肩を落としたが、苦笑いを浮かべ、納得したように頷いた。




 重臣たちも、次第にざわめきの中に感嘆を混じらせていく。








「……ふむ」




 王は目を閉じ、しばし考え込んだ。








 そして。








 しばらくしてから、深いため息と共に口を開いた。








「……良かろう」




「そなたほどの者が、そこまで言うのだ」




「静香とハイネルの婚約、これを正式に認めよう」








 大広間が、再び歓声に包まれた。




 拍手が起こり、花束が舞い、笑顔があふれる。








 静香は胸の奥で、そっと拳を握った。




 これでいい。




 いや、これしかなかった。








(私は、あなたを守るためにここへ来た)




 心の中で、そっと呟く。








 壇上の奥、まだ少し小柄なハイネルが、恥ずかしそうに、でもしっかりと静香を見つめていた。




 その真剣な青い瞳に、静香は確かな未来を見た。








 これが、私の選んだ道。




 この世界で、彼と共に生きるための――最初の一歩だった。






10-2 静香の告白――初恋の人へ




 宴が終わった後、静香はそっとハイネルを探し、王宮の中庭へと歩みを進めた。




 夜の庭は、月明かりに照らされ、白く輝いていた。




 花々は静かに揺れ、涼やかな風が香りを運ぶ。








 そんな中で――。




 ハイネルは一人、ベンチに座り、夜空を見上げていた。




 その横顔は、まだ幼さを残しながらも、どこか大人びた影を纏っている。








「ハイネル様」




 静香がそっと声をかけると、ハイネルは驚いたように振り向き、すぐに嬉しそうに微笑んだ。








「静香! 探してたんです」








 その屈託のない笑顔に、静香の胸がぎゅっと締め付けられる。








(やっぱり……あなたは――)








「私から……話したいことがあって」




「うん、僕も。……座って?」








 ハイネルが少し照れくさそうに隣を叩く。




 静香は小さく頷き、彼の隣に腰掛けた。








 夜風が、二人の間を優しく撫でていった。








 しばらく、二人は何も言わず、ただ静かに空を眺めた。








 そして――静香は、意を決して口を開いた。








「ハイネル様……いいえ、ハイネル」








 その呼び方に、ハイネルが目を丸くする。








「……私ね。十年前、日本という国の、小さな公園で――」




「私は、野良犬に襲われていたの」








 ハイネルは息を呑んだ。




 静香は微笑み、語り続ける。








「誰も助けてくれなくて、怖くて、泣きそうだった。そんなとき――」




「あなたが、飛び出してきて、私を庇ってくれたの」




「小さな体で、必死に守ってくれた」




「腕を噛まれて、血を流しながら、それでも一歩も引かなかった」








 静香の声が震え、涙が滲んだ。








「あなたの背中が、すごく大きく見えた」




「怖くても、痛くても、絶対に諦めない姿に――」




「私は、心を奪われたの」




「あなたのように、強くなりたいって、心から思ったの」








 ハイネルは、じっと静香を見つめていた。




 その青い瞳は、真剣そのものだった。








「……でも、あの時のことは、僕にとっては数カ月前の出来事です」








 ハイネルが小さく呟いた。




 静香は頷く。








「そう。私には十年、あなたには数カ月……」




「きっと、世界が違ったから、時間の流れも違ったんだと思う」








 ハイネルはしばらく黙って考え、そして静かに言った。








「それでも、静香は僕を覚えていてくれた」




「僕のこと、探してくれてたんですね……」








 その言葉に、静香は胸が熱くなった。








「うん。ずっと、ずっと探してた」




「あなたに、もう一度会いたくて」




「そして――ありがとうって、伝えたかった」








 ハイネルの瞳に、涙が浮かんだ。








「僕は……静香を助けたなんて、そんな立派なことをしたつもりはなかった」




「ただ、目の前で困ってる人がいたから、必死だっただけで……」








 それでも――と、静香は首を振った。








「それが、どれだけ勇気のいることか、私は知ってる」




「だから、あなたは私の初恋の人なの」




「私の、心の支えで、憧れで……ずっと、私を強くしてくれた人」








 静香はそっとハイネルの小さな手を取り、自分の胸に押し当てた。








「ありがとう、ハイネル」




「私は、あなたに出会えて、本当に良かった」




「これからも、ずっと一緒に……未来を歩いていきたい」








 ハイネルの頬が赤く染まり、唇を震わせた。








「……はい。僕も、静香と一緒に未来を歩きたいです」




「まだ子供だけど、必ず、静香に相応しい人間になります!」








 その力強い宣言に、静香は微笑み、涙を浮かべたまま小さく頷いた。








 二人の間に、確かな絆が結ばれた。








 夜空の星が、祝福するかのようにまたたいている。








 ――こうして、静香は十年越しの想いを伝え、

 ふたりは、新たな未来への一歩を踏み出したのだった。




10-3 二つの世界を繋ぐ約束




 翌朝、王宮のバルコニーには澄み切った青空が広がっていた。




 静香はその空を見上げながら、そっと深呼吸する。




 澄んだ空気が胸いっぱいに広がり、自然と笑みがこぼれた。








「静香!」




 元気な声と共に駆け寄ってきたのは、もちろんハイネルだった。




 白銀の陽光に金の髪がきらめき、青い瞳が嬉しそうに輝いている。








「おはようございます、ハイネル」




「おはよう! 今日は……あの、約束のお話をしてくれる?」








 ハイネルはどこか照れくさそうに、それでいて真剣な眼差しを向けてきた。




 静香は優しく微笑み、頷いた。




「ええ。ちゃんと、お話ししますね」








 二人はバルコニーの縁に腰掛け、ゆっくりと語り始める。








「私には、もう一つの世界があります」




「そこでは、私は普通の高校生として、勉強をしたり、友達と遊んだりしています」




「このルンバリア王国とは、まるで違う世界――科学が発達した現代世界です」








 ハイネルは目を丸くして聞いていた。




「ふたつの世界……?」








 静香は頷く。




「私は今、その二つの世界を自由に行き来できる力を持っています」




「だから――」




「私は、あなたのそばにも、向こうの世界にも、どちらにもいられるんです」








 ハイネルは、少しだけ不安そうな顔をした。




「……でも、静香がいない時間ができちゃうんですよね?」








 その言葉に、静香はそっとハイネルの手を取った。




 小さな、その手を包み込むように握る。








「確かに、全部の時間を一緒には過ごせないかもしれません」




「でも――約束します」








 静香は真っ直ぐにハイネルを見つめた。




 その瞳には、一片の迷いもない。








「必ず、あなたの元に帰ってきます」




「たとえ世界の果てでも、どれだけ時が経っても」




「あなたを、絶対に置いていったりはしない」








 その真摯な言葉に、ハイネルの目が潤んだ。








「静香……」








 彼は言葉を探し、震える声で言った。




「僕、静香を信じます」




「どこに行っても、静香は僕の大切な人です」




「だから……僕も、静香に恥ずかしくない自分になれるよう、頑張ります!」








 小さな拳を握り締め、真剣に誓うその姿に、静香は胸がいっぱいになった。








「……ありがとう、ハイネル」




「あなたがいるから、私はどこにいても頑張れる」








 二人はそっと額を寄せ合い、静かに誓いを交わした。








「また明日も、稽古をお願いします!」




「もちろんです。あなたが望むなら、何度でも」








 互いに笑い合い、手を握る。








 ――たとえ二つの世界を跨いでも。




 ――たとえ何年、何十年が過ぎようとも。








 二人を繋ぐ絆は、決して途切れない。








 この手を、絶対に離さない。








(あなたと共に、未来へ歩んでいく――)




 静香は静かに、強く心に誓った。








 空は晴れ渡り、まるで二人の未来を祝福するように、輝く光を降り注いでいた。






10-4 異世界と地球――ふたつの世界を生きる




 静香は、王宮の一室で、そっと鞄の中身を整えていた。




 中には、異世界ルンバリア王国で使う剣術用の小物と、地球での高校生活に必要な教科書やノートが詰められている。








 そう――彼女は、ふたつの世界を行き来しながら生きる道を選んだのだ。








 窓の外には、ハイネルの姿があった。




 彼は庭園の片隅で、真剣な眼差しで素振りを繰り返している。








(強くなりたい。私に追いつきたい。そう願う彼を、私は絶対に支えたい)








 静香は強く、拳を握りしめた。








 そこへ、そっと扉をノックする音が響いた。








「静香、入ってもいい?」




「……もちろんです。ハイネル」








 扉を開けて入ってきたハイネルは、少し汗ばんだ額を拭いながら、ぎこちない笑顔を浮かべた。








「もう……行ってしまうのですか?」








 その寂しそうな声に、静香は優しく微笑んだ。








「行って“くる”のです」




「私は帰ってきます。必ず、あなたのもとへ」








 ハイネルは小さくうなずいたが、まだ不安げに唇を噛んでいる。








 静香は彼の目線に合わせて膝をつき、その青い瞳をまっすぐに見つめた。








「大丈夫です。だって私たちは、もう繋がっているでしょう?」




「どんなに遠くにいても、心は――」




「……はい、繋がっています!」








 ハイネルは強く頷き、彼なりに精一杯の勇気を見せた。








「だから、待っています。静香が……またここに帰ってくるのを」




「ええ。待っていてください。すぐに戻りますから」








 二人は指切りを交わし、笑い合った。










 そして。








 静香は王宮の転移の間に立った。




 古びた石の床に刻まれた召喚紋様が、淡い光を帯びて脈動している。








「静香、気をつけて」








 ハイネルが小さく手を振る。








 静香は頷き、そして深く息を吸い込んだ。








 光が彼女を包み込み、やがて――。








 静香の姿は、眩い閃光とともに、その場から消えた。

















 次に静香が目を開いたとき、そこは見慣れた地球の空の下だった。




 制服姿の学生たちが行き交う、いつもの街並み。








(――帰ってきた)








 心に沁みるほどの懐かしさと同時に、静香は胸の奥に小さな痛みを感じた。




 なぜなら、ここにはハイネルがいないから。








 けれど。








(私は、ふたつの世界に生きると決めた)




(どちらも、大切な場所だから)








 静香は制服の襟を正し、ゆっくりと歩き出した。








 放課後、校舎の屋上から見た夕陽は、異世界の空にも負けないほど美しかった。

















 そして、夜。




 静香は部屋のベッドに腰掛け、そっと胸元に触れた。








 そこには、小さなペンダントがかかっている。




 ルンバリア王国で、ハイネルが彼女に贈ってくれたものだ。








「これを持っていれば、きっとどんな世界でも、迷わない」




 ハイネルはそう言って、少し照れくさそうに笑っていた。








 ペンダントの中には、小さな青い宝石が埋め込まれている。




 それはハイネルの瞳のように澄んで、どこまでも清らかだった。








(私も、頑張らないと)








 静香はペンダントを胸にぎゅっと握り、目を閉じた。








(あなたがいるから、私はどこにいても、強くなれる)




(あなたの未来を守るために――私は、何度でも立ち上がる)








 静かな夜。




 窓の外では、星々が静かにまたたいていた。








 その光の中で、静香は再び誓った。








(必ず、あなたの隣に立てる未来を創ってみせる)




(ふたつの世界を、繋げるために――)








 こうして静香は、異世界と地球、ふたつの世界を生きる少女として、新たな日々を歩み始めたのだった。




10-5 未来を紡ぐ誓い




 再び静香がルンバリア王国へ戻ったのは、数日後のことだった。




 夜明け前の王宮。




 静香は転移の光をまといながら、王宮の中庭へと降り立った。








 その瞬間、まだ薄暗い庭の向こうから、誰かが駆け寄ってきた。








「静香!」








 少年の声――ハイネルだった。




 寝間着のまま、髪もぼさぼさで、それでも必死に走ってくる姿に、静香は胸をぎゅっと締めつけられた。








「ごめんなさい、急に帰ってきたから……びっくりさせましたね」




「ううん! 嬉しいよ……静香が、帰ってきてくれたから!」








 ハイネルは息を切らしながら、笑った。




 その笑顔は、どんな宝石よりも輝いて見えた。








 静香はそっと彼に歩み寄り、屈み込んで目線を合わせる。








「ハイネル……私は、あなたの隣に立ちたくて、強くなろうと決めたんです」




「あなたがいたから、私はここまで来られた」








 ハイネルは目を丸くして、真剣に静香を見つめた。








「僕だって……!」




「僕だって、静香みたいに強くなりたいって、ずっと思ってるんだ!」








 幼いながらも、真っ直ぐなその想いに、静香は胸が熱くなった。








 彼はまだ少年だ。




 それでも、彼の中に宿る揺るぎない意志を、静香は確かに感じ取った。








 だから、静かに手を差し伸べた。








「一緒に、歩きましょう」








 ハイネルは小さな手で、しっかりと静香の手を握り返した。








 その温もりに、静香は微笑んだ。

















 それからというもの、静香は日々をふたつの世界で過ごすようになった。








 地球では、普通の女子高生として授業を受け、友達と笑い合い――。








 ルンバリアでは、勇者として剣を振るい、王宮の人々と支え合い、そして、ハイネルと共に未来を見つめた。








 忙しい日々だったが、不思議と疲れは感じなかった。








 どちらの世界にも、大切なものがある。




 そして、どちらの世界にも、自分の居場所がある。








 それが、何よりの力になっていた。

















 ある日、王宮の中庭で。




 ハイネルは剣の稽古を終え、汗をぬぐいながら静香を見上げた。








「静香、僕、いつかあなたを守れるくらい強くなれるかな?」








 その言葉に、静香は心からの微笑みを浮かべた。








「ええ、きっとなれます」




「あなたは、もう十分に強い心を持っているから」








 ハイネルは嬉しそうに笑い、また木剣を構えた。








 その姿に、静香は未来を見た。








 きっと彼は、素晴らしい王になる。




 民を思い、仲間を信じ、優しく、そして誇り高い王に――。








(私は、その日まで、そばにいる)




(彼とともに、この世界を育てていく)








 静香は静かに、空を仰いだ。




 そこには、異世界でも地球でも変わらない、美しい青空が広がっていた。

















 夜。




 静香はハイネルと並んで、王宮のテラスから星空を見上げていた。








「ねえ、静香」




「はい?」




「これから先……どんなに遠く離れても、忘れないでいてくれる?」








 ハイネルの不安そうな声に、静香は力強く頷いた。








「忘れるわけがありません」




「あなたは、私のたったひとりの――運命の人ですから」








 ハイネルは顔を真っ赤にして、でも、嬉しそうに笑った。








「……僕も。静香は、僕にとって一番大切な人です」








 二人はそっと手を重ねた。








 そして、静香は心に誓った。








(たとえ時空を越えても、私はあなたを想い続ける)




(どんな未来でも、あなたと共に生きる)








 夜風が優しく吹き抜け、星々が二人を祝福するようにまたたいていた。








 こうして、静香とハイネルは、ふたつの世界をつなぐ絆を胸に、未来へと歩み始めた。








 ――それは、まだ始まったばかりの、永遠の物語。





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