【番外編】星空の下でのふたり――静香とハイネルの甘いひととき
夜空に、無数の星々がまたたいていた。
ルンバリア王宮の庭では、盛大な夜会が開かれていたが、静香とハイネルはこっそりと抜け出し、誰もいないテラスに身を寄せ合っていた。
「……すごい、星が……あんなに……」
ハイネルが見上げた夜空には、まるで手が届きそうなほど、星の海が広がっていた。
ドレス姿の静香は、ハイネルの隣にそっと並び、微笑みながら同じ空を見上げた。
「本当に……きれいですね」
どこか懐かしく、それでいて、どこまでも新しい景色だった。
ふたりはしばらく無言で、ただ星空を眺めた。
柔らかな夜風がドレスの裾を揺らし、ハイネルの金色の髪をそっと撫でていく。
「静香……」
ハイネルが、そっと呼びかけた。
その声は、少しだけ震えていた。
「はい、ハイネル様?」
そう返すと、ハイネルはふるふると首を振った。
「ちがう……」
「今日からは、『様』はいらないって、言ったでしょう?」
静香は一瞬驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。
「……そうでしたね」
「ごめんなさい、ハイネル」
その柔らかな声に、ハイネルの頬がほんのり赤く染まる。
恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「……僕も、静香って、呼んでもいい?」
静香は微笑みを深め、そっとハイネルの手を取った。
「ええ、もちろんです」
「私たちは、もう……特別な存在なのですから」
小さな手が、ぎゅっと静香の手を握り返す。
その温もりが、胸にじんわりと広がっていった。
◆
しばらくして、ふたりは並んで腰を下ろし、静かに夜空を眺めた。
「静香……僕、ずっと思ってた」
ハイネルが小さな声で切り出す。
「僕は、強くなりたい。静香の隣にふさわしい男になりたい」
「だから、これからもずっと……僕のこと、見守っていてほしい」
その真剣な眼差しに、静香の胸は熱くなった。
「……もちろんです」
「私も、あなたがどんな未来を歩んでも、そばにいます」
ふたりの間に、優しい沈黙が流れる。
ふと、ハイネルがぎこちない動作で、立ち上がった。
そして、そっと両手を差し出した。
「静香……」
「ぼ、僕……その、お願いがあるんだ」
「お願い?」
首を傾げる静香に、ハイネルは真っ赤な顔で言った。
「……キス、したい」
その一言に、静香の頬も熱く染まる。
「……ハイネル……」
うつむきながらも、勇気を振り絞った少年の姿に、静香はそっと頷いた。
「……はい」
ハイネルは、震える手で静香の頬に触れた。
そして――
ぎこちなく、幼いキスが、静香の頬に落ちた。
それは、あまりにも不器用で。
でも、世界でいちばん真っ直ぐで、優しいキスだった。
ハイネルはすぐに顔を離し、照れ隠しのように顔を真っ赤にして俯いた。
「……へ、下手だったよね……」
静香は微笑みながら、ハイネルの頭をそっと撫でた。
「そんなことありません」
「とても……嬉しかったです」
その一言に、ハイネルはぱっと顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
「……ほんとう?」
「ええ、ほんとうです」
二人は見つめ合い、ふわりと笑い合った。
夜空の下、誰にも邪魔されない、ふたりだけの世界。
そこにあるのは、ただ純粋な想いだけだった。
◆
「静香……」
「はい、ハイネル」
少年は、真剣な表情で言った。
「僕は、静香を世界でいちばん大切にするって、誓うよ」
静香もまた、穏やかに微笑みながら応えた。
「私も、あなたを何よりも大切にします」
「あなたの未来を、私の命を懸けてでも守ります」
ふたりはそっと手を重ねた。
小さな手と、大きな手。
未来を繋ぐ、たったひとつの約束。
――この世界で、たったひとり、互いを信じ合える存在。
星空が静かに輝き、ふたりの誓いを、優しく祝福していた。