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第11話 本能

 電気はつけないでほしい。

 そう言ったのに、慎也はサイドテーブルのランプに手を伸ばした。

 かち、という音とともに、淡い光が寝室に広がる。

 ベッドのほかには、マガジンラックとクローゼットくらいしかインテリアのない、簡素な部屋。その簡素さがこの部屋の目的を際立させているようで、星の心臓がばくばくと脈打った。

 慎也は、ベットサイドに立ち尽くしたまま、じっと星のほうを見ていた。まるで、獲物が自ら巣に飛び込んでくるのをじっと待っているみたいに――。視線に耐えられなくなって、星はピンと張られた白いシーツの上に、腰を下ろした。

「どっちなの?」

 依然として星を見下ろしながら、慎也が訊いてくる。

「どっちって……」

「ネコ? タチ?」

「慎也さんは、どっちなの?」

「どちらでも。君に合わせるよ」

 安心した一方で、不思議に思った。慎也でも、「抱かれる」ことはあるのだろうか――?

「ネコ……」

「セックスは? いつぶり?」

「2年、くらい」

 そう言った瞬間、慎也の顔が薄く陰った。

 眉間に皺を寄せ、悲しそうな目でこちらを見てくる。


(2年前、誰とセックスしたんだ?)

(どんな男と付き合ってたんだ?)

(なぜそいつと別れた?)

(いつから自分がゲイだって気づいた?)


 漆黒の瞳は、そんなふうに星に問いかけてくるようだった。だが、慎也が何も言わないので、星は言葉を継ぐ機会を失ってしまう。

「抱いて、いいんだな?」

 明らかに、訊きたいことはほかにあるといった様子で、慎也は星の腰に触れてくる。

「うん……お願い、します」

 抱かれる高揚感と一抹の不安。相反する感情が入り乱れて、何も考えられない。自分を失ってしまうほどの酔いも、とっくに醒めてしまった。

 感情の連鎖から逃れるように、星は目を閉じた。

 慎也の息遣いが近づいてくる。彼が「ひゅっ」と息を飲む瞬間、唇を強く吸われた。

「ふっ、うっ、う……」

 はじめ、表面が重なり合うだけの軽いキスだった。それが、果肉に直接歯を立てるような凶暴なものに変わっていく。

 そのまま両肩を掴まれ、ベッドの上に押し倒された。

 すべてをこの人に捧げられるのだという充足感とともに、穿たれる恐怖が襲ってくる。

 慎也の手を、星はすかさず掴んだ。彼の手はシャツの裾に伸びていて、今にも星の肌を暴こうとしている。

「待って、まって……」

 自分から抱いてほしいと言っておきながら、強く求められると怖くなる。

「何を、待てって言うんだ?」

「あんまり……こんなふうに急に、されると……」

 前の恋人と別れて2年、ずっと誰かに愛されたかった。誰かとセックスをしたかった。でも、いざそのときになると、臆病な自分が出てきて快楽にストップをかける。

「怖い?」

 問われ、星は小さく頷いた。

「やめてほしい?」

 再び、頷く。

 このまま続けられたら、得体の知れない感情に体を呑み込まれて、自分を見失ってしまいそうだ。

「そう……。まぁ、今日初めて一緒に出掛けたんだもんな……」

 シャツから、手が離れていく。

 慎也の体が、星から離れていった。

「ごめん……」

 謝りながらも、星は少しほっとしていた。薄明かりの中、慎也の美しい顔が笑みを浮かべている。それが嬉しくて、涙が出そうになる。


(ああ、この人のことが本当に好きだ……)


 安堵とともに、ベッドにゆっくりと体を沈めた、そのときだった。

 慎也の両手がベルトに伸び、そのままバックルを外された。



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