電気はつけないでほしい。
そう言ったのに、慎也はサイドテーブルのランプに手を伸ばした。
かち、という音とともに、淡い光が寝室に広がる。
ベッドのほかには、マガジンラックとクローゼットくらいしかインテリアのない、簡素な部屋。その簡素さがこの部屋の目的を際立させているようで、星の心臓がばくばくと脈打った。
慎也は、ベットサイドに立ち尽くしたまま、じっと星のほうを見ていた。まるで、獲物が自ら巣に飛び込んでくるのをじっと待っているみたいに――。視線に耐えられなくなって、星はピンと張られた白いシーツの上に、腰を下ろした。
「どっちなの?」
依然として星を見下ろしながら、慎也が訊いてくる。
「どっちって……」
「ネコ? タチ?」
「慎也さんは、どっちなの?」
「どちらでも。君に合わせるよ」
安心した一方で、不思議に思った。慎也でも、「抱かれる」ことはあるのだろうか――?
「ネコ……」
「セックスは? いつぶり?」
「2年、くらい」
そう言った瞬間、慎也の顔が薄く陰った。
眉間に皺を寄せ、悲しそうな目でこちらを見てくる。
(2年前、誰とセックスしたんだ?)
(どんな男と付き合ってたんだ?)
(なぜそいつと別れた?)
(いつから自分がゲイだって気づいた?)
漆黒の瞳は、そんなふうに星に問いかけてくるようだった。だが、慎也が何も言わないので、星は言葉を継ぐ機会を失ってしまう。
「抱いて、いいんだな?」
明らかに、訊きたいことはほかにあるといった様子で、慎也は星の腰に触れてくる。
「うん……お願い、します」
抱かれる高揚感と一抹の不安。相反する感情が入り乱れて、何も考えられない。自分を失ってしまうほどの酔いも、とっくに醒めてしまった。
感情の連鎖から逃れるように、星は目を閉じた。
慎也の息遣いが近づいてくる。彼が「ひゅっ」と息を飲む瞬間、唇を強く吸われた。
「ふっ、うっ、う……」
はじめ、表面が重なり合うだけの軽いキスだった。それが、果肉に直接歯を立てるような凶暴なものに変わっていく。
そのまま両肩を掴まれ、ベッドの上に押し倒された。
すべてをこの人に捧げられるのだという充足感とともに、穿たれる恐怖が襲ってくる。
慎也の手を、星はすかさず掴んだ。彼の手はシャツの裾に伸びていて、今にも星の肌を暴こうとしている。
「待って、まって……」
自分から抱いてほしいと言っておきながら、強く求められると怖くなる。
「何を、待てって言うんだ?」
「あんまり……こんなふうに急に、されると……」
前の恋人と別れて2年、ずっと誰かに愛されたかった。誰かとセックスをしたかった。でも、いざそのときになると、臆病な自分が出てきて快楽にストップをかける。
「怖い?」
問われ、星は小さく頷いた。
「やめてほしい?」
再び、頷く。
このまま続けられたら、得体の知れない感情に体を呑み込まれて、自分を見失ってしまいそうだ。
「そう……。まぁ、今日初めて一緒に出掛けたんだもんな……」
シャツから、手が離れていく。
慎也の体が、星から離れていった。
「ごめん……」
謝りながらも、星は少しほっとしていた。薄明かりの中、慎也の美しい顔が笑みを浮かべている。それが嬉しくて、涙が出そうになる。
(ああ、この人のことが本当に好きだ……)
安堵とともに、ベッドにゆっくりと体を沈めた、そのときだった。
慎也の両手がベルトに伸び、そのままバックルを外された。