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第10話 告白

 タクシーで15分ほど走った先に、慎也の住むマンションはあった。

 おしゃれな慎也のことだから、デザイナーズマンションにでも住んでいるのかと思ったが、ファミリー層にも貸し出しているような5階建てのマンションだったので驚いた。もちろんエントランスにコンシェルジュなどいない。オートロックを解除しエレベーターに乗ると、あっという間に慎也の住む部屋に着いた。

 自分は、慎也に高尚なイメージを持ち過ぎていたのかもしれない。

 しかし、それは心地よい裏切りだった。どんどん慎也が自分のほうに近づいてきてくれているようで、嬉しかった。

「つまんない部屋だって思った?」

「いえ……」

 つまらなくなどない。玄関から入ってすぐ横にあるダイニングは、男の一人暮らしとは思えないほど片付けられていた。やはり、慎也は几帳面な性格なのだろう。

 慎也は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2本取り出すと、1本を星に手渡してくる。

「ソファもない、テレビもない。ここに連れて来られた子は、みんながっかりするんだよ」

 ダイニングテーブルから椅子を引き、慎也はそこに座った。ペットボトルの水を飲みながら、上目遣いで星のほうを見てくる。それが「座って」と言われているように感じて、腰の奥がきゅっと疼く。紳士的なくせに、相手に何をさせるかは慎也がすべて決めている――。その強引さに、星はぞくぞくした。

「みんなって……」

「女の子たち」

「でも、さっき……」

「付き合いで、女の子を呼ばなきゃいけないときもあるんだ。勝手に来て、勝手にがっかりされる。たまったもんじゃない」

 ペットボトルの飲み口を唇で覆い、慎也は中身をごくごくと飲んでいく。噛みつくような仕草も、豪快に喉を鳴らす姿も本能への忠実さが感じられる。果たしてこの人は、俺に本能を見せてくれるのだろうか――。

「俺は、好きです」

「そりゃどうも」

「この部屋も……あなたも……」

 慎也が、ペットボトルから口を離す。そして、星と正面から向かい合うように、姿勢を変える。劇場にいたときよりも、バルに立ち寄ったときよりも、タクシーで並んで座ったときよりも、慎也が近くに感じられる。

「単刀直入に聞くけど、俺のことどう思ってた?」

「かっこいいって思ってました。できるリーマンぽくて、なのにスーツは着てなくて……今風の成功者って感じ」

「スタバでグランデ飲んでる感じ?」

「グランデ飲みながら、マックのエンターキーを派手に叩いてそう」

「リーマンっていうより、IT企業の若手社長って感じかな」

「わかります。電子版新聞に、写真つきのインタビュー記事掲載されてそう」

 会話が、口からテンポよくぽんぽん飛び出す。気負わず人と話せるなんて、何年ぶりだろう。慎也は、星が失っていたものを取り戻してくれる。

「俺って、どんなイメージ持たれるんだよ」

 ペットボトルで肩をとんとん、と叩きながら慎也が笑う。笑うと、白い歯が口からのぞく。意外にも慎也の歯は小さくて、そこが「可愛い」と星は思ってしまう。

「俺は、最初にコンビニで見たときから、慎也さんのことかっこいいって思ってました」

「マジで? 今は?」

「今も好きです」

 重過ぎる言葉が、口からぽろりと零れる。

 言った瞬間「しまった」と思ったが、後悔はなかった。その言葉は、放たれる瞬間をずっと待っていたように思えたから。

「好きです」

 ほら、二回目もすんなり口から出てくる。

「俺も、好きだよ」

 当然のように言われ、全身が溶けてしまいそうだった。

 もっと、言ってほしかった。もっと、慎也の「好き」をわからせてほしかった。

「君に会いたくて、用もなくコンビニに通ってた。怪しまれないように、水曜日だけ」

「これからは、毎日来てください」

「いや、今度は君のほうから、来てくれ」

 慎也が、ダイニングテーブルから立ち上がる。

 近づくにつれ、体の細部がはっきり見えてくる。Tシャツの襟元からのぞく鎖骨と、その窪みに浮かぶ黒い影。その下には逞しい胸筋があるはずで、今はただ布地を押し上げるばかりになっている。

 あの、逞しい体に組み敷かれたい。

 張りのある胸に指を這わせ、頬を擦り寄せたい――。

「今、何を考えている?」

 いつの間にか、慎也が星の背後に回っている。

 両肩を抱かれ、首筋に息を吹きかけられた。

「ひゃ……っ」

 全身に、鳥肌が立つ。こそばゆくて仕方ないのに、慎也が肩を強く抱いてくるものだからどこにも逃げ場がなく、愛撫をただ受け入れることしかできない。

 何もできないでいると、いつの間にか舌を這わされていた。

「あ……あぅ……っ」

 椅子にほとんど拘束された状態のまま、薄い肌をただただ慎也の前に晒す。ザラザラした舌面が肌の上を滑るように走り、星の血が、肉が、欲望が沸き立っていく。初めて出掛けた日の夜にこんなことをされるなんて――。戸惑いはあったが、突然降りかかってきた幸運を喜ぶ気持ちのほうが、何倍も大きかった。

「今日、いきなりだなんて失礼かと思ったけど……」

 甘い言葉が首筋を濡らす。たったそれだけで脳みそがぴりぴりと痺れ、本能がその次の行動を求めてしまう。

「そんなこと、ない」

 必死に、言葉を紡ぐ。何か言わないと、何かしないと――。気の利いたことを言わなければ目の前の男が逃げてしまいそうで、怖い。それなのに、星の口から出てきたのは、ひどく単純で、短い言葉だった。

「抱いて」


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