「そーゆー経緯で俺を紹介したってわけ」
「ごめん、マジで……」
ルキとのやり取りが終わったあと、「やっちまたな……」と若干後悔の念を抱きながら、慎也にLINEをした。
しかし、スタンプを織り交ぜながら送られてくるメッセージから、怒りは感じられなかった。
「ただな、俺もそうそう予定が空いてるわけじゃないんだよ」
それは、星も理解していた。慎也はフリーランスのカメラマンである以上、顧客の「無理難題」にある程度は応えて仕事をこなさなければならない。顧客の機嫌を損ね仕事を失えば、慎也は生活の糧を失うことになる。そんな中、恋人が知り合った俳優の撮影スケジュールをねじ込むなんて――冷静に考えればできるはずもなかった。しかし、慎也の返事は意外なものだった。
「いいよ、やるよ」
「いいのか?」
「ああ。今週なら、どこかで2時間くらい時間を作れそうだ」
「ありがとう! 早速、ルキにLINE送っておくわ」
「OK」のスタンプがぽこん、と送られてきて、星まで嬉しい気持ちになってしまう。
「でも、なんでOKしてくれたんだ?」
「いや、面白すぎるだろ。コンビニでぼこぼこにされてたヒモ男が実はホセで、しかも着ぐるみバイトしてるときに俺たちに会うなんて」
「確かに、言えてるwww」
その後、慎也から「今週水曜の午後7時からなら、2時間時間が取れる」とLINEが来た。心の中で小さくガッツポーズをし、すぐさまルキにLINEで知らせてやると、「やったー! 星さん、マジで神!」とメッセージが返ってくる。
お礼なら慎也に言えよ――。そう思ったが、ルキから感謝されたせいか、胸がほわほわと温かくなる。
「綺麗に撮ってもらえよ」
そうメッセージを送りながら、そう言えば最初に慎也のマンションに行った日――つまり、初めて肌を合わせた日、「いつかお前を撮りたい」と慎也に言われたことを星は思い出していた。
(まさか、ルキのほうが先に撮影されるなんてな……)
ルキに運が向いてきたのは、自分のことのように嬉しい。でも、慎也に撮影してもらえるルキが、星はほんのちょっぴり羨ましかった。
「お前も見学に来いよ」
そう慎也に言われ、ルキもOKしてくれたので当日は撮影現場にお邪魔することにした。撮影は午後7時からの2時間程度。急げば、コンビニの夜勤バイトに間に合うはずだった。
慎也のマンションを訪れると、ルキはすでに撮影所に入っていた。
パイプ椅子にゆったりと座り、「星さん久しぶりー」と無邪気に手を上げるルキ。ひょうきんなのはいつも通りだが、さっぱりとした白いシャツにサスペンダーという出で立ちが、どこか浮世離れした印象をこちらに与えてくる。すでに「仕事モード」に入っているのか、黒い髪は後ろにゆるく流れるようにセットされていて、とろんとした目つきには妙に色気があった。ルキなのに、ルキじゃない別の「誰か」――。見てはいけないようなものを目にしてしまったように感じで、撮影所に入るなり星の胸はざわついた。
「来たね。今、撮影の流れについて確認してたとこ」
慎也の声で、星ははっと我に帰った。
慎也は白ホリゾントの前に三脚を立て、カメラを覗き込んでした。星にはわからないが、プロカメラマンが写真を撮るうえで、必要不可欠な作業なのだろう――きっと。
「星さん、俺に見惚れてて須藤さんのこと忘れてたみたい」
「おい、おい、もう浮気か~」
星たちに依然として背を向けながら、慎也が言う。
「で、オーディションは何の作品なんだっけ?」
「『オーロラ姫異聞』」
「なんじゃそりゃ」
「内容は『眠れる森の美女』だけど、登場人物は男。俺が受けるのは王子様の役」
「男とキスすんのか?」
「その予定。客は喜ぶからね」
業界人っぽい会話が目の前で繰り広げられ、星はそれをじっと黙って聞いていた。今日はあくまで「見学」に来ただけ。ちょっぴり寂しいけど、じっと二人の話を聞いていることが自分のできるすべてだった。
「じゃあ、撮影はじめよっか」
「おっけー」
ルキが椅子から立ち上がる。
外で見るルキがいつもTシャツ姿のラフな格好だかから、舞台用の衣装を着ていると立ち姿がすらっとして見える。
そんな星の気持ちを知ってか知らずか、ルキは白ホリゾントの前に立った。いや、ただ「立つ」のではない。自分が相手にどう見えるかをしっかり計算しているためか、体に一本筋が通ったような、隙のない姿になっている。
「かっこよ……」
ぼそ、とつぶやくと、ルキの笑みと視線がこちらに飛んでくる。
よく見ると、ルキはうっすらと化粧をしていた。目に引かれたくっきりとしたアイライン。それが、彼の見た目をよりすっきりと見せていて、美しかった――。
「星が話しかけていると、ルキがいい表情するね」
こちらに背を向けたまま、慎也が言う。
「反応が新鮮だよ。聞いてて、嬉しくなっちまう」
「星、撮影の間声かけお願いできる?」
「はぁ?」
おいおい、俺は素人だぞと思いながらも、役割を与えられたことで気持ちが浮ついてしまう。
「声かけって……何すりゃいーんだよ」
「ルキと、適当に『おしゃべり』すりゃいーんだよ」
「ええ……」
そう言いながらも、星は自分はほとんどルキについて知らないことに気づいた。
「えーと、じゃあ……ルキっていつからこの仕事始めたの」
訊いた瞬間、ルキがぶーっと噴き出す。
その瞬間、カシャ、とシャッター音が響く。
「須藤さん、今のナシ!」
「いやいや、いい顔だよ~、星も続けて~」
「えっと、えっと、じゃあ……」
じゃあ、じゃあ、ルキに何を訊こうか。俺は、ルキの何を知りたい――?
「ルキは……今、恋人はいるの?」