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第22話 嫉妬

「おーい、星は俺のもんだぜ」

 星がフリーズしていると、慎也がルキの肩を抱き寄せてくる。

「へいへい、わかってまーす」

 おちゃらけた様子でルキは言う。

「男同士の修羅場ってすごいもんな。俺、よく知ってるもん」

 ルキに、とくに悪びれた様子はなかった。しかし、今や慎也の手は星の腰に回っていて、そこに爪がきりきり食い込んでくるものだから、内心慎也は怒っているのではと星は気が気ではなかった。

「星が代役に欲しいなら、事務所を通せよ」

「はぁ? 事務所?」

「俺のことだよ」

 ぶっ! とルキがビールを吹き出す。

 それから話題はルキのバイトのことになった。公演と稽古期間中は、ほとんどバイトに入れない。舞台のギャラなんてたかが知れているから、しばらくは貯金を切り崩しながら実家の厄介になるらしい。

「着ぐるみのバイトは? しないの?」

「あれ、一日仕事だぜ。それに、ずっと着ぐるみ着てるから暑いのなんのって」

 華やかに見える役者の仕事だが、懐事情はだいぶ厳しいようだった。

 結局、そんな話が続いて祝賀会はお開きになった。せめて自分の分は払うと星は言ったが、慎也は頑として会計を譲らなかった。


「じゃ、ごちそうさまでしたー」

 ぐでんぐでんに酔っぱらったルキを駅まで送り届けると、星は慎也と二人きりになった。というより、久々に夜中に会ったので、今日は「そういう」雰囲気になるのだろうなと予想していた。案の定、ルキの姿が改札の奥に消えた途端、慎也はルキの腰をしっかりと抱いてきた。

「このまま、マンション行く?」

「うん……」

 急に強く求められ、体の奥がカッと熱くなった。でも、胸の奥に少し引っかかるものがある。ここ最近、慎也に感じ始めていたもやもやとした気持ち――。星の曇った顔を見て、慎也も何かを察したようだった。

「どうした、気分悪いの?」

「いや……そうじゃなくて……」

 決して怒っているわけではないのだと示したくて、星も慎也に体をすり寄せる。慎也のほうが頭ひとつ分背が高いので、体を密着させると慎也の肩に頭を乗せるような格好になった。愛しい男に体を預けてるという感覚が、荒んだ星の心を、ほんのすこし癒してくれた。

「歩きながら、話そうか……」

 確かに、改札前でこのいちゃいちゃっぷりは目立つ。星はこくんと頷くと、そのまま二人で歩を進めた。


 改札前より、駅のロータリーのほうが人混みは少なかった。ルキが千葉住みなので早めの電車に乗せたため、都内なら終電までは時間がある。だから、タクシーもバスもまだまだ混むような時間帯ではないのだろう。

 遠く離れたところで、人々のざわめきや笑い声が、程よい大きさで響いてくる。星も慎也もほろ酔い気分だったから、遠くの喧騒が妙に気持ちよく耳に響いた。

「ルキ、オーディション受かってよかったね」

「ああ、俺も気合入れて写真撮ったかいがあった」

「でも、今日ごちそうになっちゃったから、撮影代パーになっちゃったんじゃない?」

「なぁに、ルキにはほかの役者仲間も紹介してもらうさ。そいつらの宣材写真を全部俺が撮ればいい。いい投資になったよ」

「投資か……」

 こんなにいい気分なのに、会話が進まない。

 星は、思い切って自分の気持ちを慎也に告げることにした。

「なぁ、慎也……」

「ん?」

 慎也の吐息が、こちらにかかってくる。

 アルコールと彼の口臭が交じり合った、生々しい匂い。でも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

「俺、最近寂しかったんだ」

「寂しい? なんで?」

「慎也がルキの写真撮ってくれてすごい嬉しかった。でも、なんだか俺だけ話についてかれなくて……」

「なんだ、それで妬いてたのか?」

「別に、そんなんじゃ――」

 星は、撮影現場の二人を思い出していた。

 顔を突き合わせながら、撮影した写真を選定していた二人。表情がどうの、影の入り方がどうの――正直、傍で聞いている星にはチンプンカンプンだった。

「……確かに。ちょっと嫉妬してたかも」

「でも、お前にも出番はあっただろ?」

 そのとき、慎也が星を後ろ抱きにして、頬に唇を寄せてきた。あのときルキと撮った宣材写真と、同じポーズ。唇が肌に触れた瞬間、背中がぞわぞわと震えた。

「あったけど、なんか慎也そっけなかったよ」

「俺が?」

「ウサギちゃんに風船もらったときは、もっとイチャイチャしてくれだだろう?」

 まさか、自分の口から「イチャイチャ」なんて言葉が漏れるとは思わなかった。羞恥で顔が赤くなったが、事実なのだから仕方ない。

「ふぅん、星はイチャイチャしたいのか」

 頭を優しく抱かれ、星は小さく頷いた。

「てゆうかさ、今日ルキが俺に『お姫様やれ』って言ったとき、慎也怒ってたじゃん」

「そぉ?」

「自分は怒るのに、俺が怒るのは気にしないなんて……ちょっと納得できない」

 信じられないことに、星の目から涙が滲んでいた。

 26にもなって――こんなくだらない理由で泣きたくなる(というか、もう泣いている)なんて――心がぐしゃぐしゃになって何も考えられない。どうしようもない感情を体の奥深くに抱えたまま、星は体を回転させ慎也に抱き着いた。

「俺だけ仲間外れにするなんて、もうやめてくれ」

「わかった。もう、そんなことしないよ」

 素直に、慎也は謝ってくれた。

 それだけで、星はもう十分だった。

「俺も、急に機嫌悪くなってごめん」

「星は、何も悪いことしてないよ」

 言いながら、慎也が星の鼻をちゅう、と吸ってくれる。突然のことに、腰の奥がきゅう、と疼いてしまう。

「……ありがとう」

 文字通り腑抜けになった体を慎也に完全に預けると、星はようやく安心できた。


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