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第24話 バカップル

「バカップルのお二人さん、グループLINEでいちゃつくのはやめてくださーい」


 ルキからの返信を、星は呆然としながら見つめていた。

 ルキが、写真を軽く受け止めてくれてよかった。既読がついて返信が来るまでの間、生きた心地がしなかったので、ルキの無邪気さに「救われた」というのが正直な感想だ。

「なんで、あの写真共有したんだよ」

 それでも、もやもやした気持ちは消えず、星は慎也に問うた。今や星も慎也も着替えを済ませ、ダイニングでトーストとコーヒーだけの軽めの朝食を摂っていた。コーヒーの香りは星の心をリラックスさせてくれるが――それとこれとでは話は別だ。

「言ったじゃん。お前の機嫌直したかったんだって」

「だったら、俺だけに写真を送ればいいだろう? ルキに見せつけなくた――」

「見せつけたかったんだよ」

 ずずず、と慎也がコーヒーをすする。その間も、上目遣いでじいっと星の顔を見つめていて、なんだかこちらが責められているみたいだった。

「あいつ、ヒロインの代役にお前が欲しいとか言ってただろ?」

 なんでその話をぶり返すんだと、星は思った。

「だから、俺の『眠れる森の美女』はお前だって言ってやりたかったんだ」

「馬鹿か!」

「もう、星ぃ~。これでイーブンにしようぜぇ」

 慎也とルキ――二人の芸術家に「仲間外れ」にされたと拗ねていた星。その一方で、慎也は星に代役のオファー(100%リップサービスだけど)をしていたことに、ほんのちょっぴり怒っていたらしい。だから、今回の写真で痛み分けにしてほしいというのが、慎也の言い分らしい。

「ちぇ……っ、結局俺ばっか損したじゃん」

 これ以上争う気もなくなって、星は言った。

「そうかな? けっこーいい写真撮れたと思うぜ」

 LINEのトーク画面を、慎也が星に見せつけてくる。白いシーツに巻かれ、気だるげにカメラの向こうにいる男を見つめる半裸の男――。

「やめろって、恥ずかしい!」

 羞恥心をごまかすように、星もコーヒーをすすった。少し冷めたそれは酸味ばかりが利いていて、あまりおいしくなかった。

「お前にキスできる王子様は、俺だけだな」

 ぼそ、と慎也につぶやかれ、星の頬が燃えるように熱くなる。

「やめろ! マジで!」

 ダイニングテーブルから立ち上がり、荷物を手に取る。

「帰るの?」

「ったりめーだ!」

 怒り、恥ずかしさ、嬉しさ――。そんな感情が心のなかで交じり合っていて、自分でもこの気持ちをどう扱っていいかわからない。でも、正直なことを言えば「嬉しい」気持ちが強かった。仕事中はあんなに素っ気ない慎也が、オフになるとここまで自分を大切に思ってくれることが、嬉しかった。

「また、来いよ」

「ああ、近いうちに」

 気が付けば、別れ際そんな挨拶を交わしている自分がいた。

 自分と慎也とルキ――。3人でわちゃわちゃしながら、一方では友情を、もう一方では愛を育む――。そんな生活がずっと続けばいいと、星は思った。


 3人のグループLINEでは、しばらく星の写真を茶化す会話が繰り広げられた。しかし、日が経つにつれルキは舞台稽古が忙しくなり、構っている暇もなくなったのか稽古の愚痴が多くなっていった。

「演出家の注文がやばくて」

「モラハラ指導のせいで、ヒロインの役者が稽古場で卒倒した」

「今日はパンフレット用の写真撮影だったんだけど、カメラマンと演出家が喧嘩し始めてマジ修羅場だった」

 そんなメッセージがつらつらと並ぶ。

 当事者のルキはつらいのだろうが、読んでいる星にしてみれば異世界の物語を読んでいるみたいで、なかなか興味深かった。

「なんか、舞台って楽しそうだな」

「そりゃ、客席から見れば華やかだろうよ」

 どくろマークのスタンプが、ぽこん、と送られてくる。

「つらいのは、頑張ってる証拠だぞ」

 慎也が、そんなメッセージを送ってきた。

「そんな、少年漫画みたいなこと言われてもなぁ」

「まぁ、初日まであと2週間切ったんだろ? ここが正念場なんだから、こんなところで腐るな」

「へいへーい」

「俺も星も、応援してるよ」

 星が「仲間外れ」にならないよう、ちゃんと話を振ってくれる優しさが感じられる。

「応援してるぜ!」

「FIGHT!」のスタンプを送ると、すかさず「THANK YOU!」と返される。

「初日のチケット、慎也さんのマンションに送り付けるから二人で観に来てくれよ」

「もちろん!」

「楽しみにしてる」

 こうしてメッセージの応酬をしていると、みんなでひとつのゴールに向かっているワクワク感が湧いてくる。つまるところ、芝居の魅力はこの高揚感なのかもしれない。ルキが文句を言いながらも毎日稽古場に通っているのは、この楽しさから逃れられないからなのだろう。

(いいなぁ、ルキも慎也も楽しそうで……)

 舞台役者とカメラマン――。芸術肌の二人を前にすると、ふとした瞬間に疎外感を覚えてしまう。以前より寂しさは減ったし、慎也もあの一件以来星に気を遣ってくれるようになったけど、この気持ちはなかなか消えてくれなかった。

(俺も、いつか――)

(二人みたいに、すごいことしてみたい……)

 メッセージとスタンプが浮かんでは消え、浮かんでは消えるトーク画面を見ながら、星は舞台の上でスポットライトを当てられる自分を妄想した。

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