「バカップルのお二人さん、グループLINEでいちゃつくのはやめてくださーい」
ルキからの返信を、星は呆然としながら見つめていた。
ルキが、写真を軽く受け止めてくれてよかった。既読がついて返信が来るまでの間、生きた心地がしなかったので、ルキの無邪気さに「救われた」というのが正直な感想だ。
「なんで、あの写真共有したんだよ」
それでも、もやもやした気持ちは消えず、星は慎也に問うた。今や星も慎也も着替えを済ませ、ダイニングでトーストとコーヒーだけの軽めの朝食を摂っていた。コーヒーの香りは星の心をリラックスさせてくれるが――それとこれとでは話は別だ。
「言ったじゃん。お前の機嫌直したかったんだって」
「だったら、俺だけに写真を送ればいいだろう? ルキに見せつけなくた――」
「見せつけたかったんだよ」
ずずず、と慎也がコーヒーをすする。その間も、上目遣いでじいっと星の顔を見つめていて、なんだかこちらが責められているみたいだった。
「あいつ、ヒロインの代役にお前が欲しいとか言ってただろ?」
なんでその話をぶり返すんだと、星は思った。
「だから、俺の『眠れる森の美女』はお前だって言ってやりたかったんだ」
「馬鹿か!」
「もう、星ぃ~。これでイーブンにしようぜぇ」
慎也とルキ――二人の芸術家に「仲間外れ」にされたと拗ねていた星。その一方で、慎也は星に代役のオファー(100%リップサービスだけど)をしていたことに、ほんのちょっぴり怒っていたらしい。だから、今回の写真で痛み分けにしてほしいというのが、慎也の言い分らしい。
「ちぇ……っ、結局俺ばっか損したじゃん」
これ以上争う気もなくなって、星は言った。
「そうかな? けっこーいい写真撮れたと思うぜ」
LINEのトーク画面を、慎也が星に見せつけてくる。白いシーツに巻かれ、気だるげにカメラの向こうにいる男を見つめる半裸の男――。
「やめろって、恥ずかしい!」
羞恥心をごまかすように、星もコーヒーをすすった。少し冷めたそれは酸味ばかりが利いていて、あまりおいしくなかった。
「お前にキスできる王子様は、俺だけだな」
ぼそ、と慎也につぶやかれ、星の頬が燃えるように熱くなる。
「やめろ! マジで!」
ダイニングテーブルから立ち上がり、荷物を手に取る。
「帰るの?」
「ったりめーだ!」
怒り、恥ずかしさ、嬉しさ――。そんな感情が心のなかで交じり合っていて、自分でもこの気持ちをどう扱っていいかわからない。でも、正直なことを言えば「嬉しい」気持ちが強かった。仕事中はあんなに素っ気ない慎也が、オフになるとここまで自分を大切に思ってくれることが、嬉しかった。
「また、来いよ」
「ああ、近いうちに」
気が付けば、別れ際そんな挨拶を交わしている自分がいた。
自分と慎也とルキ――。3人でわちゃわちゃしながら、一方では友情を、もう一方では愛を育む――。そんな生活がずっと続けばいいと、星は思った。
3人のグループLINEでは、しばらく星の写真を茶化す会話が繰り広げられた。しかし、日が経つにつれルキは舞台稽古が忙しくなり、構っている暇もなくなったのか稽古の愚痴が多くなっていった。
「演出家の注文がやばくて」
「モラハラ指導のせいで、ヒロインの役者が稽古場で卒倒した」
「今日はパンフレット用の写真撮影だったんだけど、カメラマンと演出家が喧嘩し始めてマジ修羅場だった」
そんなメッセージがつらつらと並ぶ。
当事者のルキはつらいのだろうが、読んでいる星にしてみれば異世界の物語を読んでいるみたいで、なかなか興味深かった。
「なんか、舞台って楽しそうだな」
「そりゃ、客席から見れば華やかだろうよ」
どくろマークのスタンプが、ぽこん、と送られてくる。
「つらいのは、頑張ってる証拠だぞ」
慎也が、そんなメッセージを送ってきた。
「そんな、少年漫画みたいなこと言われてもなぁ」
「まぁ、初日まであと2週間切ったんだろ? ここが正念場なんだから、こんなところで腐るな」
「へいへーい」
「俺も星も、応援してるよ」
星が「仲間外れ」にならないよう、ちゃんと話を振ってくれる優しさが感じられる。
「応援してるぜ!」
「FIGHT!」のスタンプを送ると、すかさず「THANK YOU!」と返される。
「初日のチケット、慎也さんのマンションに送り付けるから二人で観に来てくれよ」
「もちろん!」
「楽しみにしてる」
こうしてメッセージの応酬をしていると、みんなでひとつのゴールに向かっているワクワク感が湧いてくる。つまるところ、芝居の魅力はこの高揚感なのかもしれない。ルキが文句を言いながらも毎日稽古場に通っているのは、この楽しさから逃れられないからなのだろう。
(いいなぁ、ルキも慎也も楽しそうで……)
舞台役者とカメラマン――。芸術肌の二人を前にすると、ふとした瞬間に疎外感を覚えてしまう。以前より寂しさは減ったし、慎也もあの一件以来星に気を遣ってくれるようになったけど、この気持ちはなかなか消えてくれなかった。
(俺も、いつか――)
(二人みたいに、すごいことしてみたい……)
メッセージとスタンプが浮かんでは消え、浮かんでは消えるトーク画面を見ながら、星は舞台の上でスポットライトを当てられる自分を妄想した。