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第9話 大切な存在と守護石 sideユリウス





sideユリウス




「いらっしゃい…あぁ、これはこれはユリウス様」




古びた店の扉を開けた俺を見て店主の老婆の魔法使いがこちらに深々と頭を下げる。

そして「本日はどういったご用件で?」とにこやかに笑いながら俺に近づいてきた。




「これを大事な人から貰ってな。肌身離さず付けるつもりだ。壊れないようにして欲しい」




俺は懐から上等な布で作られた小袋を出し、そこからさらに昨日花祭りの時にステラから貰った守護石のピアスを出す。




「守護石に守護の魔法ですか?」


「ああ」


「…かしこまりました」




俺を一瞬だけ不思議そうに見ていた魔法使いだが、すぐに切り替えて店の棚の物色を始めた。


何を不思議に思ったのだろうか。




「…大変不躾な質問ですが大切な方とは女性ですか?」




棚から目を離さず、恐る恐るといった感じで魔法使いが俺に質問をする。




「そうだが。それがどうした?」




魔法使いの質問の意図はわからなかったが、俺は淡々とそれに答えた。


ステラは女なので魔法使いの質問は間違っていない。

まあ、女性というより、少女だが。


そんな俺の答えを聞いて魔法使いは「まあ!そうですか!ついにですか!いやあ!そうですか!」とどこか興奮気味に反応していた。


…全く魔法使いのリアクションの意味がわからない。


魔法使いはどこか嬉しそうに棚から小瓶をいくつか取り出し、こちらに戻ってきた。




「こちら守護の魔法薬でございます。右から順に効果が強くなっております。どの強さをお選びになりますか?」




すぐ側にあった小さなテーブルをこちらに近づけ、魔法使いが薬を並べていく。

俺は迷わず1番効果が強いと言われた魔法薬を指差した。




「これを」


「はい!かしこまりました!」




魔法使いは嬉しそうだ。いい商売ができたからだろう。




「それではユリウス様、守護石の方、失礼いたします」


「ああ」




魔法使いが丁寧に俺から守護石を受け取る。

そして魔法使いは先ほどまで並べていた魔法薬を片付けて、そこに魔法陣の描かれた紙を置いた。

その上にそっとステラからの守護石が置かれる。




「素敵な守護石ですね。漆黒と黄金、きっとユリウス様を想って選ばれたのでしょう」




魔法使いの言葉に俺はそうだろうと満足げに頷く。

ステラはあの時、とても真剣にこれを選んでくれた。

これを渡された時、俺は今までに感じたことのないほどの感動を覚えた。

俺の心はここまで感動で震えるのかと知ってしまった。




「私はユリウス様が小さな頃からユリウス様のことを知っております。ですからユリウス様をこんなにも想い、またユリウス様自身もお相手様のことを想っていらっしゃることがとてもとても嬉しいのです」




何故か感極まっている魔法使いに俺は1人首を傾げる。

確かにステラの想いには感動したが、俺を小さい頃から知っているというだけで赤の他人の魔法使いが感動するものなのか?




「私にこのような大事な役目を任せていただきありがとうございます。こちらの守護石が一生壊れることのないようにしっかりと守護の魔法を施しましょう」




魔法使いはそう言うと小瓶の蓋を開けた。

小瓶の中で揺れている水色の液体が小瓶から守護石にかけられる。

すると魔法陣が光だし、液体は魔法陣いっぱいに広がると光の粒に変わり、守護石の中に入っていった。

そして魔法陣の光は消えた。

光が消えたあとそこに残っていたのは、先ほどまで魔法陣が描かれていた白紙の紙とその上に置かれた守護石だけだった。




「はい。できましたよ。これで何があってもこの守護石は壊れません。私が保障いたします」


「そうか。ありがとう」


「いえいえ。これも仕事ですから」




魔法使いから守護石を受け取る。

俺の手の中に収まった守護石は先ほどと何も変わらないように見えるが、もうこの守護石が壊れることは今後ない。


俺は安心するとそれをやっと自身の耳に付けた。

昨日から本当はずっと付けたかったが、万が一壊れてはいけないので我慢していたのだ。




*****




魔法使いの店を出た後、俺はまっすぐ公爵邸に帰り、ステラの元へ向かった。

夕方の今の時間帯はステラはどうやら外の騎士団鍛錬場で剣術の稽古を受けているようだ。

先ほどステラの部屋へ向かう途中で偶然出会ったメアリーにそう教えてもらった。




「…はっ!」




カンッ!と大人の男を相手になかなか鋭い一発を入れているステラの姿が目に入る。

それをステラの剣術の先生であるヴィルが何とか受け止めるが、余裕のあるようには見えない。

その隙をステラは見逃さず、すぐに次の一手を講じていた。


剣術を習いたての12歳の少女には見えない動きだ。


ステラの動きに俺はどこか見覚えがあった。

誰の動きだっただろうか。

騎士団、学院の生徒、俺の知っている剣術ができる者の動きを思い浮かべてみる。




「…あ」




リタ嬢だ。

自分よりも大きな男に果敢に立ち向かうステラの姿を見て、かつて共に切磋琢磨していたリタ嬢の姿を思い出した。


ここ数ヶ月、剣を振るうリタ嬢を見ていなかったので忘れていたが、リタ嬢もこんな風に剣を振るっていた。


小さな体ではあったが、逆にそれを利用して早く動いたり、相手の動きを読んで次の一手を打ったりする、それがリタ嬢の剣術のスタイルだった。

純粋な力でこそ俺には勝てないリタ嬢だが、そうやって隙や勝ち筋を見つけて何度か俺からも勝ちを取ったことがある。


あの頃はリタ嬢の負けん気やスタイルが面白く、楽しみながらリタ嬢とよく剣を交えていた。


だが、今のリタ嬢はどうだろう。

いつの間にかあんなにも好きだった剣術を辞めてしまった。

また自分は優秀だから、皇后教育が忙しいからだとか言い訳を並べて学院の授業に出さえしない。

そんなことを言っているかと思えば、社交界には顔を出し、社交界の花のように振る舞っていた。


以前までは苦手な部分もあるが、聡明な部分もあり、良き競争相手としてリタ嬢を認めていた。

だが、今はそれもない。わがままで傲慢なリタ嬢にはただただ苦手意識と嫌悪感があるだけだ。


ステラは聡明だったリタ嬢によく似ていた。

立ち振る舞いや剣術の動きなど不意にリタ嬢と重なって見えてしまう場面が今日のように何度もあった。


性格も見た目も年齢さえも何もかも違うのにどうしてステラがリタ嬢に見えてしまうのだろうか。




「ユリウス?」




リタ嬢とステラについて考えているといつの間にかステラが俺の存在に気づいてこちらを不思議そうに見ていた。




「何してるの?学院は?」


「もう終わった。ここにはお前に会いに来た」


「ふーん」




俺の答えを聞いてステラが怪訝そうな顔をする。

何故そんな顔をされなければならない。

会いたいのだから会いに来たでいいだろう。




「あ、それ」




ステラの視線が俺の耳に向けられる。

どうやら守護石に気がついたようだ。




「さっき魔法使いに一生壊れない魔法を施してもらった。これでこれはもう壊れないだろう」


「え」




自慢げにステラを見ればステラは何故かぽかーんと口を開けて固まっていた。

ステラは本当に表情豊かでいろいろな表情を見せてくれる。

それがとても面白いと俺はいつも思っていた。




「稽古を俺がつけてやろう。模擬戦でもどうだ」


「…マイペースか」


「ん?何か言ったか?」


「いや!ヴィル先生に聞いてみるよ!ヴィル先生がいいって言ったらやろう!模擬戦!」




何か呟いていたステラの声は聞こえなかったが、ステラは笑顔でそう言うとヴィルの元へ駆け出した。

そしてヴィルと少し話すと「模擬戦いいって!やろう!ユリウス!」と12歳の少女らしく無邪気にそう言った。


やはり裏で悪女と呼ばれるリタ嬢とステラはどこも似ていない。

きっと似ていると思ってしまうのも気のせいだろう。






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