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第19話 それぞれの怒り




夕食会の次の日の午後。宮殿滞在最終日。

私はロイとの約束通り、宮殿の中庭でロイと2人で苺のお茶会を楽しんでいた。


まさか私が殺されかけた場所に戻り、しかも苺のお茶会をすることになるとは。

あの時は夢にも思わなかったがこれが現実である。


白を基調にした品のあるテーブルの上には昨日ロイが言っていた通りの苺のデザートがたくさん並べられており、私は密かに心躍っていた。




「どう?気に入った?」




大量の苺のデザートの中からまずはショートケーキを選び、食べている私をロイが優しく見つめる。

午後の日差しを受け今日もキラキラと輝く金髪の天使、ロイの後ろには、綺麗に整えられた木や花が生い茂っており、美しい絵でも観ているかのようだ。


今、目の前にいる天使のような男、ロイは私とこうして苺のお茶会をする為に、またこの3日間私と過ごす為にいろいろと無理をしているようだった。


何故私がロイの事情を知っているのか。

それは今朝、私の部屋に突然やって来た皇后がそう話していたからである。


皇后は優雅に微笑みながら、少しだけ面白そうに、


「ロイはよっぽどアナタと過ごしたかったみたいで、アナタとの時間を無理矢理作る為に、仕事を通常の倍の速さで終わらせて、この3日間急ぎの仕事以外は一切やっていなかったんですよ」


と言っていた。


皇后の言っていることが事実なら何故そうまでして私と過ごしたいのか疑問だ。

私を気に入っていることはわかるが、そこまでするほど気に入っているのか。


ちなみに皇后とは1時間ほどロイのこと以外にもいろいろな話をした。

どうやら皇后は昨晩の舞を見て、私と話をしてみたくなり、私の部屋を訪れたようだった。これも皇后が自ら言っていた。




「美味しいです、このショートケーキ」


「よかった。ほらこれ何かもおすすめだよ」




今朝の出来事を思い出しながらもショートケーキの感想を笑顔で私は口にする。

そんな私にロイは嬉しそうに微笑み、苺のタルトを私の方へ置いた。


ロイの行動により、私の視線が自然と苺のタルトの方へ向く。


苺のタルトの見た目は、クッキー生地のタルトの上に鮮やかな赤色の苺が所狭しと乗っており、苺好きの心をくすぐる見た目だ。

その下にはカスタードクリームがあるのだろうか。

とにかくとても美味しそうだ。

このショートケーキを食べ終えたら次はこの苺タルトを頂こう。


目の前の苺のデザートたちに夢中になりながらも私はロイと様々な他愛のない話をし、苺のお茶会を楽しんだ。

そしてロイとの苺のお茶会が始まって1時間くらいが過ぎた頃。




「ロイ様」




リタ付きのメイドがこの中庭に現れ、突然ロイの名前を呼んだ。




「…急に何かな?」




楽しい時間に水を差され、ほんの少しだけロイの雰囲気がピリつく。だがこのピリつきに気がつけるのは、相手のことをよく見ている敏感な人か、ロイとの付き合いが長い人くらいだろう。

そのくらいほんの少しのピリつきでぱっと見は人当たりのいい笑顔をロイは浮かべていた。




「ピエール様がお呼びです。急ぎ確認したい事項があるそうです」


「そうか。わかった」




ピリついていたロイだが、メイドの言葉を聞くと雰囲気を和らげ、その場から立つ。

そして「ステラ、少し席を外すよ。すぐ戻ってくる」と申し訳なそうに笑い、急いでロイの右腕でもあるピエールの元へメイドと共に向かった。


ロイの様子からして何か重要なことなのだろう。

例えば今帝国中の話題になっているロイが探している重要人物が見つかった、とか。


ロイがいなくなっても私は気にせず、苺のお茶会を続けた。

美しい中庭をぼーっと眺め、紅茶に口を付ける。

それから苺を一粒取ってかじった。


とても穏やかな時間だ。




「ちょっといいかしら?」




後ろから聞き覚えしかない声が私に話しかけてくる。


う、嘘でしょ?




「…はい」




私は振り向きたくはなかったが、そんな選択はもちろんできないので、仕方なく後ろを振り向いた。

そしてそこにはあのリタが立っていた。




「…リタ様。昨日はありがとうございました」




リタが何かを言う前に私は慌てて席から立ち、リタに頭を下げる。

ここできちんとしなければ確実にリタの逆鱗に触れるからだ。


今の私は昨日の私のように顔を半分隠していないが、万が一の保険の為に認識齟齬の魔法薬は使っていた。

本来の19歳の姿ではないこともあり、ボロさえ出さなければリタにあのステラだと気付かれることはないだろう。




「…昨日?ああ、あの舞のことね。あれは本当に酷いものだったわ」




顔を上げてリタを見れば、リタは嫌なことでも思い出したかのようにその美しい顔を歪めていた。




「プロの踊り子でもない平民のお遊戯会だったわね。魔法薬を使って誤魔化そうとしていたみたいだけど私の目は誤魔化せないわよ?」


「…」




お遊戯会なのは認めます。私もそう思います。


リタの言葉に同意しながらも私はもちろん何も言わない。ここは辛そうにしておくのが無難だ。

リタを良くも悪くも刺激しない方がいい。




「どこの馬の骨かわからない平民風情が。何故この帝国一神聖な宮殿にいるのかしら?いくら陛下に招待されたとはいえ、断るのが筋でしょう?」




そう言いながらも扇子をバサっと広げて口元を隠し、その特徴的な猫目を細めてこちらを見下すリタに、私は嫌悪感よりも懐かしさを感じてしまう。


リタといえばこんな感じだった。

数ヶ月ぶりに再開しても裏で悪女と呼ばれるリタの性格は健在だ。

私もよくリタの代役としてこうやって酷い言葉をリタが気に入らないであろう人たちに浴びせてきたものだ。

もう今の私には関係のない話だが。




「それに何故アナタがロイ様とお茶をしているのかしら?汚らしい平民の女がロイ様と少しお話しできたからって勘違いしちゃったのかしら?いい?アナタはロイ様と同じ空気を吸うことだって許されないのよ」




そこまで言うとリタはテーブルに置かれたポットに手を伸ばした。

リタの思考なら手に取るようにわかる。

なのでこの後のことも大体想像ができてしまった。




「汚いものは綺麗にしないと」




ポットを高く上げてリタが私の頭の上からザァーっと紅茶をかける。


やはりこうなってしまったか。


予想通りの展開に私は全く動じなかった。ただリタの怒りを収めさせるにこの展開を受け入れた。




「…リタ」




今の状況を甘んじて受け入れているとその声は突然聞こえてきた。




「ロイ様!」




自身の名前を呼んだロイにリタが嬉しそうに駆け寄る。




「ロイ様。お待ちしておりましたわ。私、とても寂しかったのですよ?本日の皇后教育も終わりましたのでこれから私と一緒に過ごしましょう?」




そしてリタはこちらにやって来たロイの腕に自身の腕を絡ませて甘えるようにロイを見た。


よかった。


リタの機嫌が治ったことに私は安堵する。


これでこの苺のお茶会もお開きだろう。

ロイはリタを人前では最低限婚約者として扱わなければならない。

もう私よりもリタを優先せざるを得ないはずだ。

ついでに去り際に2人の甘いやり取りでも見せつけられるかもしれない。


そう思いながらも何となくロイとリタを見ていたのだが、ロイの行動は私が予想していたものとは全く違った。




「離してくれないか」




ロイは笑顔一つ浮かべずに自身の腕にまとわりついていたリタを鬱陶しそうに払ったのだ。




「え?ロ、ロイ様?」


「君には失望したよ」




さらにロイは状況をあまり飲み込めていない様子のリタに冷たくそう吐き捨てて何と私の元へ来てしまった。




「…大丈夫かい?ステラ」


「え、あ、はい。紅茶は冷めていたので」


「…そう。でも酷い目に遭ったね。怖かっただろう」




服が汚れることもいとわずにロイが優しく自身の服の袖で私を拭いてくれる。

私もリタと同じようにこの状況をうまく飲み込めず、目を丸くしていた。


この状況でリタではなく私を選ぶの?

契約は大丈夫なの?




「これはどういう状況ですか」




私を心配そうに見つめ、私を拭き続けるロイの後ろにまた誰かが現れる。




「ご説明していただけますか、ロイ殿下」




ロイの後ろに現れたのはユリウスだった。

ユリウスはいつも以上に冷たい表情をしており、その切れ長の金色の瞳には静かな怒りの炎が見える。

いつもと変わらない無表情にも見えるが、周りを圧倒するほどの雰囲気が今のユリウスにはあった。




「ステラの宮殿滞在最終日だからと迎えに来てみれば何ですか、この状況は」




冷たい表情のままゆっくりとユリウスがこちらに近づく。

そして私の元まで来ると、自身の上着を私にかけ、私の膝の裏に手を入れ、そのまま私を抱き抱えた。




「ユ、ユリウス!?」




突然のお姫様抱っこに思わず大きな声を出してしまう。




「こんなことになるのならやはり無理矢理にでも陛下からの招待を受けさせるべきではなかった」




ぐっと私を抱く腕にユリウスが力を込める。

もう離さないと言わんばかりに。




「このことについては後日フランドルから改めて抗議いたします。では」




ユリウスはそれだけ言うとくるりとロイたちに背を向け、その場からさっさと離れようとした。




「待て」




しかしそれはロイの冷静な声によって止められた。




「…何でしょうか」




ユリウスが煩わしそうに一度足を止め、ロイの方へ視線を向ける。




「ステラをそのまま返す訳にはいかないよ。ステラはこちらの客人だ。まずは服を着替えよう。それから…」


「結構です。着替えは公爵邸の馬車でもできます」


「でもステラは年頃の女の子だよ?そんなところで着替えさせられないだろう?」


「こんなステラに危害を加えるような宮殿で着替えさせることなどできません」


「…はぁ、君は頑固だね」


「殿下もしつこいですね」




ユリウスが冷たく、ロイがにこやかにお互いを睨んでいる。一触即発だ。

言葉こそお互いに攻撃的ではないが、少しでも何かを間違えればもっと酷い展開になりそうだ。


…私がぬるい紅茶を頭からかけられたことが原因でミラディアVSフランドルになりそうになるとか勘弁してくれ。




「ユリウス、私は大丈夫だから。それに私を抱えたままだとユリウスまでびしょびしょになっちゃうよ」


「これくらい平気だ。気にするな」


「ユリウス、ステラは君に自分を下せって言っているんだよ?」




苦笑いを浮かべ、抱き抱えることをやめるようにやんわりと私はユリウスに伝えたのだが、ユリウスには伝わらない。

そして私の言いたかったことをロイが何故か嫌な言い方で代弁した。

棘のある言い方だ。




「…行こう、ステラ」




ユリウスはそんなロイをあろうことか何と無視し、冷たい表情のまま、私を一度見て、ついに歩き出した。

その目はどこか憂いを帯びており、ユリウスの怒りや後悔などいろいろな複雑な感情を感じてしまった。




「ユリウス」




ロイが静かにそんなユリウスの名前を呼ぶ。

ユリウスも怒ってはいるが、さすがにもう無視はできないと判断したのだろう。

ユリウスは足を止めてまたロイの方へ視線を移した。




「ステラを独占しすぎないことだ。そちらがその気ならこちらだって本気を出すよ。ステラをうちの所属に無理矢理したっていいんだからね?」




にっこりとロイがこちらに微笑む。

とても美しい笑顔だが、その目は一切笑っていなかった。


お、脅しているじゃん。

私の意思関係なく私を勝手に宮殿所属にされても困るんですけど。


仮に宮殿所属になんてなってしまうと、ルードヴィング伯爵に見つかる可能性しかないし、リタに正体がバレるのも時間の問題になってしまう。




「…」




ロイの脅しにおたおたしていたのは私だけで、ユリウスは特に何か言うこともなく、ロイに深々と一礼するとさっさとその場から離れた。


そして私はというとその後一度、宮殿に用意されていた私の部屋に戻って服を着替え、陛下に軽く挨拶をしてからこの宮殿をユリウスと共に後にした。

こうして怒涛の三日間はバタバタと幕を閉じたのであった。



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