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第26話 目指す場所と予期せぬ遭遇




公爵邸から逃走して1週間が経った。

ユランの小さな銀行で無事300万を下ろした後、私はただひたすら帝国外へと逃走する為に、国境を目指していた。

そして私はこの1週間で自身の体の変化のサイクルをだんだん把握し始めていた。


体の変化のサイクルとは、時間によってあの息苦しさに必ず襲われ、吐血と共に私の体が12歳から19歳になり、また19歳から12歳になるということだ。


太陽が昇っている時間帯になると、12歳の姿になり、太陽が沈む時間帯になると、19歳の姿になる。

私の体はこの1週間、ずっとこのサイクルで変化し続けていた。


だが、まだ体が変化する詳しい時間までは把握できていない。

太陽が沈みきって、深夜になっても全然19歳の姿に戻らない時もあれば、太陽が沈んだ数分後には戻っていた時もあったからだ。


また何故、このような変化が私の体に起きているのか原因まではわかっていない。

長距離移動でただでさえ体力を消耗しているのに、さらに毎日毎日あの苦しさに襲われ続け、私はもういろいろと限界寸前だった。


なので何とかこの変化の原因を突き止め、解決する為に、あの〝時間を戻す〟魔法薬を作った張本人、魔法使いキースに私は会いに行くことを早い段階で決めていた。


キースにさえ会えば、今、私の体に起きていることも把握でき、解決できるはずだからだ。


人があまり好きではないキースだが、魔法は大好きな魔法オタクなので、今のキースの薬を使った後の私の姿を見れば、きっとキースは実験の対象として喜んで私を迎え入れてくれるだろう。


キースが住んでいるのは私の記憶が正しければ、国境付近の森、ルーワの森だ。

リタの代役時にいつかキースの元を訪れる可能性があると思い、私は本人に直接キースの家の場所を聞いていた。


私が今いる街は国境の街、マルナだ。

マルナの奥にはキースがいるルーワの森がある。

後はルーワの森に行くだけだ。


空を見上げれば真上に太陽が昇っている。

もうお昼だ。




「…」




ルーワの森はすぐそこなのだが、お腹が減っていては何もできない。

お昼ご飯を食べてから移動しても遅くはないだろう。

そう判断した私はどこか美味しそうなお店を探してマルナの街を歩き始めた。


この判断をしたことを数十分後、後悔することになるとはこの時の私は思いもしなかった。





*****





「ステラ!」




なかなか今日のお昼が決まらず、歩き続けている私に後ろから誰かが声をかけてくる。

聞き覚えのない声に、もしかしたら人違いかもしれないと私はその声を無視した。


そもそもここに私のことを知っている人がいるはずがない。




「ステラ!待って!」


「…」


「ねぇ!ステラ!」




無視し続ける私の肩を誰かが掴む。

つまり人違いで私を呼んでいた誰かはやはり私を呼んでいたということになる。


…何度も言うがここに私を知っている人がいるはずがないのだ。




「…何ですか」




警戒しながらも様子を見ようと後ろを振り向けば、そこには全く知らない帝国騎士団の青年が立っていた。


こんな帝都から遠く離れた場所に帝国騎士団の騎士がいるなんてどうしたのだろうか。

帝国騎士団が動かなければならないほどの大きな事件でもこの辺りであったのだろうか。

それに何故、この知らない青年は私を知っているのだろうか。

人違いではないのだろうか。


いろいろな考えを巡らせながらも、全く知らない青年に疑念の視線を送れば、青年は困ったように笑った。




「ああ、この格好じゃあわからないよね。ちょっといいかな?」


「え」




青年が私の返事なんて待たずに、私の手を引き、人気のない路地へと向かう。


ふ、不審者?でも帝国騎士団が悪さなんてする?しかもこんな堂々と騎士団の制服を着て。


不安に思っている私なんてよそに青年は路地の奥へと移動し終えると、辺りをキョロキョロと確認し始めた。

そしてそれを終えると自身の首にあるシンプルなデザインのネックレスに手を伸ばした。




「僕だよ、ステラ」




ネックレスが外されたと同時に目の前の青年の姿がロイへと変わる。

いや、変わったのではない。元からロイだったのだ。

ロイが今外したネックレスには認識齟齬の魔法がかけられていたのだろう。

その為、騎士団の青年が実は皇太子のロイであると気づけなかったのだ。




「な、何で…」




突然のことに驚いて上手く言葉を発せられない。

まさかこんなところでロイに会うとは夢にも思わなかった。




「僕はちょっと仕事でね?ステラこそ何でこんなところにいるのかな?ユリウスがどれだけ君を探していることか」


「…ちょっと気分転換にプチ旅行に来ています」


「へぇ」




相変わらず余裕のある美しい笑みを浮かべるロイに私は苦し紛れに嘘をつく。

そんな私にロイの何を思っているのかわからない視線がグサグサと刺さり、思わず視線を逸らしてしまった。

あの顔は絶対に私の嘘に気がついている顔だ。




「プチ旅行ねぇ?こんなに大騒ぎになっているのにどこがプチ旅行なのかな?」




探るようにロイのルビー色の瞳が私を捉える。

笑っているロイだが、その瞳は真剣だ。


…そう、ロイの言う通り、私の逃走はフランドル公爵家を揺るがすとんでもない大騒ぎになっていた。

何故、私が離れているはずのフランドル公爵家の様子を知っているのかというと、ここに来るまでにあちこちで「フランドルがある少女を血眼になって探している」という話を聞いていたからだ。

しかも似顔絵付きの私を探す紙まで作っており、それを私はもう何度も何度もいろいろなところで見てきた。


あの似顔絵付きの紙は一応消えた私を探そうと作った紙なのだろうが、まるで指名手配書のような見た目だったので、あれを最初に見つけた3日前、私はそれはそれはもう驚いた。

自分が一体何をしてしまったのかと首を傾げていたが、よく見ると私をただ探しているだけのものだったので拍子抜けしたものだ。

私の似顔絵の下に書かれているお礼金の1000万がまるで懸賞金のように見え、思わず笑ってしまった。

WANTEDと書かれていないだけであれはどこからどう見ても指名手配書だった。


それから街で私の指名手配書もどきを見つける度に、私はその指名手配書もどきがある街から何度も何度もさっさと離れ、森の中を移動する手段を選んでいた。


それだけ色々と見聞きしてしまえば、十分フランドル公爵家の大騒ぎの様子がわかってしまう。

きっとユリウスも今頃私を探しているのだろう。




「…私が急に1人でプチ旅行に行ったのでみんなびっくりして探しているのかもしれないです」


「びっくりして当然だよ。何も言わずに姿を消すことはプチ旅行ではないからね」


「…」




何とかこの場を切り抜けようと言葉を選んだのだが、それをロイに笑顔でバッサリと否定されてしまい、思わず黙ってしまう。

ロイはどうやら事情を全部知っていたみたいだ。



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