帝国外へと出る為に、検問所の列に並ぶこと数十分。
1時間もしないうちにやっと私の番がすぐそこまでやってきた。
「スムーズな手続きができるように書類の準備と本人確認の為に帽子、フード、マスクなどをしている方は事前に取ってお待ちください。ご協力をお願いします」
並んでいる人たちに、検問所の職員である女性が先ほどからそうアナウンスする。
そのアナウンスを聞き、私は顔が見えないように深く被っていたフードを下ろした。
「では、次の方。こちらへどうぞ」
「はい」
検問所の入り口の横にある受付から男性の職員に呼ばれ、私は前へと進む。
受付には私と職員を隔てるように机があり、その受付の横、検問所の入り口と呼ばれる場所には仰々しい大きな魔法陣があった。
机の向こうにいる職員が許可しない限り、この魔法陣の上を跨ぎ、向こうに行くことができない仕様になっているのだ。
「書類の提出をお願いします」
「はい。お願いします」
職員に促されて、私は予め用意しておいた偽の書類を提出する。
何でもない顔で職員へと視線を向けているが、内心緊張で心臓がバクバクしていた。
もし、ここで書類が偽物であるとバレれば私は終わりだ。ここを違法に通ろうとした罪、書類詐称などいろいろな理由で捕まってしまうだろう。
そして最悪罪人としてルードウィング伯爵に見つかり、殺される未来が見える。
職員の次の動向を固唾を飲んで見守ること数分、職員はやっと顔を上げた。
たった数分のことだったが、この列に並んでいた時よりも緊張により、ずっと長く感じてしまった。
「書類に不備はありませんでした。お通りください」
「はい。ありがとうございます」
職員に淡々と促され、私はそのまま何事もなかったかのように魔法陣を踏む。
「…」
と、通れた。
私、帝国外へについに出たんだ。
検問所からやっと帝国外へと出られた私は安堵で体から力が抜け、表情も柔らかくなった。
今すぐに「自由だー!」と叫びたいが、あと少しだけの我慢だ。
まずは新しく住む場所を探さなければならない。それから仕事もだ。
リタ代役時にいろいろなスキルを身につけたので、職には困らないはずだ。
剣術の腕を活かし、騎士や護衛になるのもいいし、学院で習った経営学を活かし、店を持つのもいいだろう。
今の私は何にでもなれるし、何でもできる。
目の前に広がる帝国ではない、私の命を脅かす者のいない国の街に私は一歩一歩足を踏み出す。
心が躍る。未来が明るいとはこんなにも素晴らしく、わくわくするものなのか。
「ステラ様」
浮かれていた私の目の前に誰かが現れる。
誰かではない。あれは…
「…セス」
街の中から私の前に現れた人物はリタの専属執事であるセスだった。
あんなにも晴れやかだった気持ちが、一気に曇ってしまう。
セスと私の間に緊張感が走った。
「ずっとお探ししておりました」
白い色素の薄い一つにまとめられた長い髪をゆらゆらと揺らし、セスが嬉しそうにこちらへと近づく。
セスはルードヴィング伯爵家の者だ。
もし今セスに捕まれば私の未来はない。死んでしまう。
今すぐ逃げ出したいが、私を知り尽くしているセスだ。
何を準備し、ここへいるのかわからないので、よく状況を見極めて行動する必要がある。
さもなくば、すぐに捕まってしまうだろう。
「み、見逃してくれないかな」
「見逃す?何故です?」
何とか隙を作ろうと笑顔を作り、セスを見れば、セスはそんな私を不思議そうにきょとんと見つめた。
もしかすると、ほんの少しだけでも私に情が残っているのかもしれない、という考えは早々に捨てた方がいいだろう。
「…」
私に敵意を向けるセス以外の気配はないかとそれとなく周りの気配を確認するが、セス以外の気配は感じられない。
つまりおそらく今ここに私を捕えようとする者はセスしかいないのだ。
何故、セスは私を1人で捕えようとしていのだろうか。
絶対に逃したくない獲物のはずなのに。
そこまで考えて私は自身の体にある違和感を覚えた。
「…っ」
突然、立っていられなくなり、私はその場で両膝をつく。
「よかった。ちゃあんと効いてますね」
そんな私の元に嬉しそうに微笑みながらセスが近寄ってきた。
「アナタならきっと帝国外へと逃げ
クスクスと楽しそうに笑い、セスはその美しい空と同じ色の瞳を細める。
その瞳はよく見ると、どこか仄暗く、私の知っているセスではないようだった。
やられた。
セスの方が一枚上手だった。
だんだんと意識が薄れていく中でぼんやりとそう思う。
やがて私の体を支えていた腕にさえも力が入らなくなり、私はその場で倒れかけた。
だが、私の体はいつの間にかこちらに来ていたセスによって抱き止められた。
「ああ、俺のお嬢様。やっとこの手に入れられた。さあ、一緒に帰りましょうね」
まるで宝物でも扱うかのように丁寧に優しくセスが私の頬を撫でる。
意識が霞んでいく中、私が最後に見たものは、それはそれはもう満足そうにこちらを見つめるセスの空色の瞳だった。