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第2話 基礎訓練

次の日、俺は自分の席に座り、1人でスマホをイジっていた。

だってもう無理だよ…登校したら仲が良いグループがすでに出来上がってるんだもん。

心の中でため息を吐きながら、スマホで暇を潰していると、鬼龍先生が入ってきた。他のクラスメイトたちは慌てて自分の席に戻っていく。


「全員揃っているようだな。それではまず、この学園での主な過ごし方を教える」


鬼龍先生がそう言うと、教壇の後ろの壁に設置されている大きなディスプレイが起動する。

ディスプレイには、学園のロゴと共に、淡い青色の地図が映し出された。


「この学園では自主性が求められており、授業は基本的に11時になったら終了する。

その後は自分で訓練するなり、帰宅するなりと自由だ」


鬼龍先生は淡々と説明する。


「ただ校長が言っていたように、来月からは月に一度、努力の成果を提示してもらう必要がある。

ということで今日は、優先すべき訓練を教えていく」


ディスプレイにステータスの情報が表示される。


「まず最初にお前達がやるべきなのは訓練でステータスを上昇させることだ。

自身の職業の長所を伸ばすのを最優先としたほうが良いだろう」


鬼龍先生の説明を受け、何人かの生徒がメモを始める。

俺だったら"速"を上げていくのが良いのか。


「それと言っておくが、先にレベルを上げるのはオススメしない。レベルを上げてからだと訓練によるステータス上昇が緩やかになるからだ。

先に出来るだけステータスを上昇させてからレベルを上げたほうが効率が良い」


するとディスプレイが切り替わった。

そこには各ステータスの上昇値のグラフが表示されている。


「職業の特化しているステータスは10まで高効率で上がるとされている。他は6までだ。

それを超えると効率が落ちる。ちなみに有名な話だが、運は鍛錬などで上げることはできない。

レベルが上がるときに運も上がることはあるが、それは完全にランダムだ」


運が良ければ上がるってことだな。すると1人の男子生徒が手を挙げる。


「なんだ?」


「運ってどんな影響があるんですか?あまり詳しくなくて…」


「単純に、幸運な出来事が起こりやすくなる。

…昔に運が80を越えている人物を見たことがあったが、あれはもはやスキルの領域だったな。勝手に魔物の攻撃が外れたり、運良く魔物の弱点を攻撃できたりと、まぁそんな感じだ。

ただこれは自力で上げることはできん、上がれば運が良かった程度に考えていれば良いだろう」


鬼龍先生の声は淡々としているが、教室内には微妙なざわめきが広がった。

でも自力で上げられないんじゃどうしようもないよな。

鬼龍先生は手を叩いて静かにさせる。

そしてまたディスプレイが切り替わった、そこには基礎訓練施設のマップが表示されている。


「基礎訓練施設には訓練用の設備があるが、その付近には基本的に指導者がいるから分からないことがあったら積極的に聞け。

今日はとりあえず全員で試しに行くぞ。着いてこい」


そう言って鬼龍先生は歩き出した。俺達は席を立って鬼龍先生に着いていく。

少し歩いて校舎から出て、そこからまたしばらく歩くと鉄骨と強化ガラスで出来ている基礎訓練施設の入口が見えてきた。何度見ても大きいな。

鬼龍先生は立ち止まって説明しだす。


「この入口では学生証であるカードを通して出入りする。中に入れば各種センサーが自動で肉体の情報やログの記録を行う。

訓練の記録は全てデータとして蓄積されるから、もしステータスが大して上昇しなくても、訓練の記録で月1の提示をすることもできる」


そう言って鬼龍先生は手本を見せるように、カードを端末にかざした。

小さな電子音が鳴り、扉がゆっくりと開く。中からは冷たい空調と機械的な音が漏れ出してきた。


俺たちも次々とカードをかざしながら中へと入っていく。

天井は高く、ホログラム式の案内板が浮かんでいて、各セクションの場所を示している。

筋力トレーニング用のエリア、持久力・速度強化のためのランニングトラック、そして魔法スキルの反復練習が出来るエリアまで、本当に色々あるようだ。


「今からお前らには自由に好きな訓練を体験してもらう。自分の職業に合った訓練を選べ。

もちろん見て回るだけでも構わんが、せっかくなら試していたほうが良いだろう」


そう言い残すと、鬼龍先生は端末を操作しながら管理エリアの方へと歩いていった。

クラスメイト達は各々興味が向いたエリアへと向かっていく。


俺は“速”を強化するエリアへと向かった。

床は反発の強い特殊素材で作られており、一歩踏み込むたびに足裏に心地よい反力が返ってくる。

歩いていて目についたのは、動体視力を鍛えるためのホログラムの装置が整然と並んでいるエリアだった。


「お、盗賊か?」


近くにいた指導者らしき男が、俺を見て話しかけてきた。

歳は二十代後半だろうか、無精髭と垂れ目が印象的だった。


「はい、そうです」


「そうかそうか、全然こっちに人が来ないから今期の新入生には盗賊がいないのかと思ったぜ。俺はここの指導をしてる森川だ、お前は?」


「鈴木海人です」


「海人か。それじゃあ、まずはリアクションテストからやってみろ。

球体のホログラムが飛んでくるから、赤は避けて青は触る。簡単だろ?」


「簡単…ですかね?まぁやってみます」


俺はホログラム装置の中心に立った。

装置が静かに起動し、足元からわずかに空気が震える感覚が伝わってきた。

周囲の照明が少し落ち、空中に数十個の球体が現れる。そのうちの青い球が、ふわりとこちらへと飛んできた。


反射的に右手を伸ばし、球体に触れると、それはスッと消えた。

すぐに今度は赤い球体が横から勢いよく飛来する。俺は身体をひねってかわした。

さらに次の青、そしてまた赤、次第に速度が上がり間隔が詰まっていく。


(これは、難しいな)


集中力を切らさぬように動き続けるが、時々反応できずに赤い球が当たったり、青い球を見逃したりしてしまう。

頭で考えるよりも先に体が動かすようにする。俺は青い球を次々と打ち抜いていき、赤い球もなるべく避ける。


少し経ってテストが終わると、青い球体の命中率と赤球の回避成功率が表示された。


【命中率:88% 回避率:83% 評価:C】


「評価C…どうなんですか?」


「最初にしては中々良いんじゃないか?

盗賊は初動の速さと、敵の動きを読む目が重要だ。守りが低いからな。

ここは難易度も設定できるから頻繁に試すと良いぞ」


「なるほど、分かりました」


「おう。そんじゃ、次はパルクールの訓練をやろうか」


パルクールのエリアまで向かうと、そこは何も無い平坦なエリアだった。

すると森川さんがパルクールエリアの1つに設置されていた端末の前に立つ。


「ここではこの端末を使って色々と設定できる。例えば完全にランダムで設定すると」


森川さんが端末を操作すると、何も無かったエリアの床が唸るような駆動音と共に動き始めた。床の一部が沈み、別の部分がせり上がる。

数秒もしないうちに、障害物が次々と立ち上がり、壁、段差、支柱、跳び箱のような台座がランダムに配置されていく。


「こうやって、毎回違うコースが生成される。スピードと判断力、それに柔軟な動きが試される。

スタートラインはあの青いラインがある場所だ」


森川さんが指差す先には、スタート地点を示す青いラインが浮かんでいた。

俺は息を整えて、そのラインの前に立つ。


「青いラインを越えたらセンサーが反応してカウントダウンが始まる。時間制限内にゴールすれば成功、床に落ちる、もしくは時間内にゴールできなかったら失敗だ。

もちろん失敗しても良い。さぁ、やってみろ」


青いラインを一歩踏み込んだ瞬間、機械音声のカウントが始まった。


「3、2、1、スタート」


目の前には俺の身長ほどの壁、その奥には狭い足場と細長い平均台。

助走して壁を蹴ってよじ登る。すぐに腕で体を持ち上げ、狭い足場に着地。そして平均台に乗り早歩きでバランスを取りながら進む。


渡りきって足場に着地すると、次の障害物が動いた。わずかに回転する円柱の橋だ。

タイミングを見計らって乗ると、ぐらりと足元が揺れた。

俺は足を動かしてバランスを取りつつ体勢を整える。


(落ち着け、流れを止めるな)


俺はさっさと奥に進んで渡りきる。

次はL字型の段差で、手前側が傾いているが、奥側はそのまま飛び乗れないぐらいには高い。

俺は飛んで奥側の段差を両手でしっかりと掴み、肘に力を込めて体を引き上げる。


その先には、高低差のあるいくつかの片足しか乗らなそうな足場が階段状に並んでいた。

ただし、そのいくつかは周期的に沈んだり上がったりして動いている。


俺は沈んでいく足場を睨みつけ、呼吸を一つ整えた。

そして一番手前の足場が沈みきった瞬間に飛び乗る。

一段、二段、三段、素早く駆け上がっていく。最後の一段を踏み込み、その勢いのまま次の足場へと飛び乗った。


「残り30秒」


機械音声が焦らせてくる。

最後の障害は可動式の壁。一定のリズムでスライドしており、一部分には通り抜けられる隙間がある。

その奥には足場があり、そこがゴールだろう。


俺は壁の動きを目で追ってタイミングを計る。そして、跳び上がった。

壁の間を抜けるとき、ギリギリで袖が掠めたが、無事にそのまま奥の足場に着地。

青く光るゴールラインを踏み抜くと、エリア全体の動きがぴたりと止まった。


「時間内のゴールに成功。おめでとうございます」


機械音声を聞いて、肩で息をしながら振り返ると、森川さんが腕を組んでニヤニヤとしながら立っていた。


「獣みたいな良い動きだったな」


「それ、褒めてるんですよね?」


「おう、もちろんだ。何より初見でゴールできるとは大したもんだ」


「ありがとうございます……この訓練って何の意味があるんですか?」


思わずそう質問すると、森川さんが若干笑いながらも答えてくれる。


「もし足場が不安定な場所で魔物に襲われたときのための訓練だよ。ダンジョンってのは、いつも平らで安全な場所ばかりじゃねぇ。

崩れかけの階段、湿った苔ばかりの岩場、揺れ動く不安定な橋の上…そんなところで魔物が飛び出してきたらどうする?」


俺は無言で想像してみた。確かに、そんな状況で足がもつれたら即死もありえる。


「そうなった時のために、体に覚えさせるんだ。どんな地形でも、瞬時に最適な動きが取れるようにな。

足場を読んで、重心を操り、反射的に動けるようになれば生き残れる確率は跳ね上がる」


ただの訓練じゃない、生き残るための技術…か。


「…なるほど。ちゃんと意味があるんですね」


「そりゃあな。まっ、盗賊は特にそういう場面に出くわす職業だからな。生半可な動きじゃ命が持たねぇ」


森川さんはそう言って、俺の背中を軽く叩いた。痛みはなかったが、骨の芯に響くような力強さだった。


「コースを変えてもう一周行くか?」


俺は少し考え、浅く息を吐いた。


「お願いします」


森川さんがニヤリと笑うと、再び端末を操作し始めた。

俺は若干の疲労を感じながらも、確かに楽しんでいた。

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