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第3話 心配

しばらくパルクールエリアで訓練していると、鬼龍先生が施設内放送で全員を集合させた。

俺は軽く息を整えながら、森川さんに軽く会釈して、名残惜しくもパルクールエリアを後にして集合場所へと向かった。


すでに何人かのクラスメイトは集まっており、それぞれ訓練で汗をかいている様子だった。

鬼龍先生は腕を組み、タブレットに目を落としながら、やがて顔を上げて全体に声をかけた。


「よし、全員そろったな。それぞれの職業に合った基礎訓練、慣れてきたか?」


ざわつく中で、小さくうなずく者、ぼそぼそと感想を交わす者、黙ったまま遠くを見つめる者、反応は様々だった。


「これから3年間使っていくことになる基礎訓練施設だ。積極的に利用しておけ。

まぁ、ダンジョンに挑むまでは多用することになるだろうが」


先生の視線が一人一人をなぞるように動き、そして俺の目とも一瞬だけ交わった。


「今日はこれで終わりで、後は自由だ。訓練を続けるのも、体を休めるのも自分で決めろ」


そう言うと、鬼龍先生は踵を返して歩き出した。クラスメイトたちもそれぞれの行動を取り始める。

俺はしばらくその場に立ち尽くし、とりあえず休憩するために、施設内の自販機へと歩き出した。

そして冷たいみかんジュースを買って、ベンチに腰を下ろす。

ほどよいみかんの酸味と甘みを味わいながら、ぼんやりと天井に浮かぶ案内ホログラムを見上げた。


(さっさとステータスを上げてダンジョンに行ってみたいな。一番近くのダンジョンだと、戸田市の美女木ダンジョンか?)


俺の場合は速が10まで効率良く上がって、他は6までか。

今月中に上がりきればベストだが、まぁ気長にやるかな。

そう思いながら缶をもう一口傾ける。喉を通る冷たさが、じんわりと熱している体に染み渡っていく。


そのとき、不意に近くで何かが落ちる音がした。

ちらりと視線を向けると、クラスの誰かがスマホを落としたようだった。長身の男子、確か名前は…藤村だったか。

彼は俺に気づくこともなく、スマホを拾い上げると友達らしき二人と笑いながら話し込んでいた。


俺はみかんジュースを飲み干し、空き缶をゴミ箱に投げ入れると、カランと小さく乾いた音が響く。

そして速の訓練エリアへと歩いていき、森川さんの所へ行く。


「ん、どうした?」


「一番速さの上昇効率が良いエリアはどれですか?」


「あぁ、それなら短距離ダッシュとリアクションテストを交互にやると良いぞ」


森川さんが指差したのは50mほどのコースだった。


「短距離ダッシュはとにかく爆発的な加速を意識するんだ。

そして何度か短距離ダッシュをやって疲労を感じてきたら、リアクションテストをやるって感じだな」


「なるほど、ありがとうございます」


俺は静かにうなずき、まずはダッシュエリアのスタート地点に立ち、軽くジャンプして呼吸を整える。

そして地面を蹴って走り出した。足裏から伝わる衝撃と、空気を裂くような加速感。

ゴールラインを抜けた瞬間、センサーが青く光る。俺は振り返ってまた走り出した。


何本目かのダッシュを終えた頃には、呼吸が荒くなり、シャツが汗を吸って背中に張り付いていた。


(もう一本……いや、もうリアクションテストに切り替えるか)


俺は息を整えながらリアクションテストエリアへと歩いていき、ホログラム装置の中心に立った。

装置が静かに起動し、空中に数十個の球体が現れる。

青と赤の球が複雑に配置され、ふわふわと不規則な動きを見せる。

次の瞬間、開始音と共に球体が動き始めた。


まず右前方、低めの位置に青。素早く前屈みになりながらタッチ。

即座に左上から迫る赤い球を身体を反らせて回避。間を置かず、斜め後方に現れた青に片手を伸ばす。ギリギリで指先が触れた。

俺は半ば踊るように軽やかに足を運び、視界と体を動かし続けた。

いつしか汗が滴り落ち、視界の端がかすみ始めても、集中は切れなかった。しかしそれでも疲労で体が追い付かず、時々失敗してしまう。


少し経ってテストが終わると、青い球の命中率と赤い球の回避成功率が表示される。


【命中率:76% 回避率:78% 評価:C】


「はぁ…はぁ…前回よりも結果が微妙だな。まぁいいや」


そうして、息を整えつつも、またリアクションテストを始めた。




途中休憩を挟みつつも、短距離ダッシュとリアクションテストを繰り返しやり続けた。

4時間ほど経って空が夕焼けに染まっているのが見え、俺は訓練をやめて森川さんの元へ行った。


「そろそろ帰りますね。今日はありがとうございました」


「お、帰んのか。それじゃあステータスどうなったか見てみろよ」


「え、ここで見れるんですか?」


「おう。着いてきな」


森川さんが歩いていき着いていくと、そこには入学式でステータス鑑定用の機械がコンパクトになった物があった。

その機械にはモニターが付いている。


「学生証を入れて、通常のステータス鑑定のように手を入れて置くだけだ。やってみな」


俺は言われた通りに学生証を入れると、ピッと電子音が鳴って、モニターに『手を入れてください』と表示される。

手を入れると、少し経ってモニターにステータスが表示された。


ーーーーーーーー


〔鈴木海斗 年齢:16歳〕

〔職業:盗賊 Lv.1〕

[力:2][守:1][速:5][気:1][運:2]

〔職業スキル〕

[忍び足]

〔任意発動スキル 0/10〕

〔常時発動スキル 0/5〕


ーーーーーーーー


「あれ!速さが2つも上がってますよ!なんか力も上がってるし」


「最初のうちはそんなもんだ。成長期ってやつだな。

力はパルクールで上がったんだろう。あれも壁をよじ登ったりするときとかに力を使うからな」


「へぇ~、そう考えたらパルクールも効率良いんですね」


「ああ。とは言っても、さすがに筋肉トレーニングよりは効率良くないけどな。ついで程度に考えておくと良い」


俺はモニターに表示された自分のステータスを見つめながら、小さく頷いた。

数字が伸びた喜びよりも、これからどう伸ばしていくかという気持ちのほうが強かった。


「よし、じゃあ帰ります。また明日も来るんで、そのときはよろしくお願いします」


「おう、頑張れよ。明日は筋肉痛だろうけどな」


森川さんの茶化すような笑い声を背中で受けながら、俺は施設を後にした。

空はすでに薄暗くなっていて、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。

コンビニで明日の朝飯を買ってアパートの前まで行くと、暗くなった外で長い黒髪の女性がほうきで枯れ葉を集めていた。

同じアパートの住人の山口さんだ。


「あら、おかえりなさい。遅かったわね」


「お疲れ様です。そうですね、学園の帰りです」


「あはは、学園は大変でしょう?でも帰りは気を付けるのよ、この時期は変な人も増えるから。

それと、たまにはご家族にも連絡入れなさいね?」


「はい、ありがとうございます」


山口さんが笑みを浮かべながら俺をジッと見つめる。

俺は階段を上がって自分の部屋に入る。まったく、あの人も心配性だな。

そんなことを考えながらも、俺は作ってあった温かいビーフシチューをよそって食べ始めた。

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