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第4話 友達

次の日、案の定俺の体は筋肉痛でバキバキになっていた。

敷き布団から起き上がろうとした瞬間、背中と太ももに鈍い痛みが走った。思わず布団の中で呻き声を漏らす。


「…これやばいな」


昨日の訓練のツケが一気にきたらしい。

俺はゆっくりと体を起こし、朝飯を食べてノソノソと制服に着替えると、カバンを背負って家を出た。


学校に着いて教室に入ると、数人のクラスメイトが既に登校していて、思い思いに会話していた。 

俺はいつも通り、教室の隅の自分の席に着く。

他の生徒も登校してくると、俺と同じように筋肉痛に悶えているクラスメイトが何人もいた。

クラスメイトたちが全員揃い、少し経つと鬼龍先生が入ってくる。

ヨタヨタと自分の席に戻るクラスメイトたちを見て鬼龍先生はニヤりと笑う。


「…筋肉痛か。授業が終わった後、治療室に行くと良い。

それでは授業を始める」


その言葉に、教室のあちこちから安堵の吐息が漏れた。よかった、筋肉痛程度でも治療室を使って良いんだな。


「今日はダンジョン内部における犯罪についてだ」


鬼龍先生の声が低く響くと、教室の空気が少しだけ張り詰めた。


「…具体的には、ダンジョン内での窃盗、襲撃、殺人、そして違法取引などだ。

ダンジョンは基本的に自己責任の領域だが、だからといって好き勝手していいわけじゃない」


ホログラムが展開され、ダンジョン内で発生した実際の事件記録が淡々と映し出されていく。

ぼやけた監視映像、歪んだ音声、血の跡、やけに胸に残る映像だった。


「これらは監視下にあった場所で起きた犯罪の映像だ。当たり前だが目が行き届かない場所での犯罪が多いだろう。

だがまぁ、最近はその犯罪も減ってきている。何故か分かるな?」


「はいはい!ダンジョンドローンですよね!」


元気の良い女子が手を挙げて言う。鬼龍先生小さく頷いて説明を続ける。


「そうだ。ダンジョンドローンはカンザキ社が開発したドローンで、高性能AI、空間把握センサー、反重力移動、聖鉄の装甲などという最新技術の塊だ」


モニターに白い球体のドローンが映し出される。カメラのような眼が幾つもついていて、側面には識別ナンバーが刻まれていた。


「このドローンは探索者と一緒に行動して、リアルタイムで探索している様子をカンザキ社に送信して全て保存される。

そして探索者にはダンジョンドローンの使用を義務化された。

カンザキ社が上手いことやったのは、その映像をそのまま配信という形で世間に公開したことだろうな。

皆も知っているだろう。探索Lifeという配信サイトを」


クラスのあちこちから「知ってます!」「見てる見てる」といった声が漏れる。

探索Life、リアルタイムのダンジョン探索の映像を見れる配信プラットフォームだ。

人気の探索者はアイドル並みにフォロワーがつき、スポンサー契約をしている人も少なくない。


「探索Lifeはただの娯楽じゃない。探索者たちの行動が記録されることで自然と抑止力が働く。悪事を働けば即晒し者だ。

もちろんドローンは感情を持たない。ただ事実を記録する。

配信はダンジョンドローンを起動した瞬間から始まるから、ダンジョンを探索しているときは常に誰かしらから見られていると感じるだろう」


へぇ、それはそれで息が詰まりそうだな。


「監視されているようにも感じるだろうが…無法地帯を放置すれば、正しく努力している者が損をする。

昔はそれが当たり前で魔物以外にも常に警戒していなければいけなかったが…そういう時代は、もう終わったんだ」


鬼龍先生はどこか遠い目をしながら、そう呟いた。





授業が終わると、俺は早速治療室へ向かった。

中に入ると、部屋の中心に金色に光る大きな水晶が置かれており、その周囲にはベンチがいくつも置かれている。

ベンチに座ると、その水晶から漏れ出た光の粒子が俺の体に吸い込まれていき、筋肉痛の痛みが和らいでいく。


まるで温泉にでも浸かったような心地良さだ。

肩の重さも、太ももに走る鈍い痛みも、じわじわと溶けていく。

ただ座っているだけでここまで回復するとは、この水晶…治癒水晶だったか?かなり高価なものだったはずだけど、金があるもんだ。


「…生き返るな」


思わず独り言が漏れる。

ベンチの向こう側では、俺と同じような生徒たちが水晶の光に身を委ねている。

すると、視界の端で誰かが近づいてくるのが見えた。そっと顔を向けると、そこに立っていたのはクラスメイトの一人、一之瀬さんだ。


ショートカットの髪に、少し釣り目気味の鋭い眼差し。

無駄のない動きと、無表情気味な顔立ちのせいで近寄りがたい印象。俺はなるべく目を合わせないように視線を逸らす。

彼女は何も言わず、俺の隣に腰を下ろした。ほんの一瞬、視線が交差する。

そして一之瀬さんが話しかけてきた。


「あんた、鈴木海人だっけ?盗賊なんでしょ」


「そうだけど、どうかしたの?」


「単純に、同じクラスで盗賊があなただけみたいだから挨拶したかっただけよ。私は一之瀬舞、戦士よ。よろしく」


そう言って一之瀬さんは片手を差し出してくる、俺は若干疑問に思いながらも片手を差し出して握手する。

彼女の手はしっかりとした握力があった。戦士らしい強さだなと思うのと同時に、なんとなく負けたような気分にもなる。

俺の手を離すと、一之瀬さんはベンチにもたれかかり、足を組んで水晶を見上げた。


「私は基本的に、一人でダンジョン探索をしようと考えているけど、もしダンジョンボスとかに挑むとなったら1人じゃ無理でしょう?」


「まぁ厳しいだろうね」


「その時のために、盗賊の知り合いを作っておきたいのよね」


「あー、なるほど」


そういうことか。打算的といえばそうだけど、合理的な考えだ。

何なら俺にとってはむしろありがたい話だとも言える。


「いいね、むしろありがたいや。必要なら協力するよ」


そう答えると、一之瀬さんは小さく頷いた。表情は相変わらず淡々としている。


「ありがと。ま、実際に組むかは今後の動き次第だけど…あんたの動き、昨日少しだけ見てたの。

思っていたより動きが良かったから、声をかける価値はあると思って」


「…なるほどね」


思わず苦笑する。昨日は必死こいて訓練をしていた、誰かに見られてたと思うと少し恥ずかしいな。

すると一之瀬さんはスマホを取り出す。


「連絡先を交換しましょう」


「ああ、そうだね」


俺もスマホを取り出してメッセージアプリに一之瀬さんを登録した。それを見た一之瀬さんは少し笑みを浮かべて立ち上がる。


「それじゃあね」


「うん」


水晶の光が彼女の後ろ姿を淡く照らしていた。そのまま一之瀬さんは振り返らず、治療室を後にする。

俺はもう一度、治癒水晶を見上げて、深く息をついた。


(これって…友達ってこと!?)


そんなことを考えながら、俺も立ち上がって基礎訓練施設へ向かっていった。







20日後……


「よーし、これで"気"以外は上がりきったな」


俺は鑑定機に学生証を入れて、手を置いて自身のステータスを確認する。


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〔鈴木海斗 年齢:16歳〕

〔職業:盗賊 Lv.1〕

[力:6][守:6][速:10][気:1][運:2]

〔職業スキル〕

[忍び足]

〔任意発動スキル 0/10〕

〔常時発動スキル 0/5〕


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できれば"気"も上げたかったが、まぁ仕方がない。魔法スキルを持っていないからな。

魔法使いだったら職業スキルに"魔力弾"というスキルがあるから上げられるんだが、まぁ盗賊の俺が気を上げる必要もないか。

そしてタイミング良く明日は土曜、探索者協会の美女木支部に行って登録しに行こう。

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