次の日、俺は朝早くに制服ではなく普段着を身を包み、リュックを背負ってアパートを出た。
そして駅前から出ている探索者協会行きのシャトルバスに乗り込む。
車内は思ったより空いていて、同じように登録を目指すであろう若者がちらほらと座っている。
美女木支部に到着すると、その威圧感に思わず立ち竦んだ。
ガラスと黒鋼で構成された巨大な建物は、どこか近未来的で、空中にはいくつもの監視ドローンが浮かんでいる。
学園と同じように探索者協会美女木支部の敷地はアホみたいに広い、大きめの遊園地だとかと同じぐらいはあるだろう。
まぁそれは当たり前で、何故なら探索者協会の支部は基本的にダンジョン入口の側に建てられるからだ。
つまりここにはダンジョンがあり、その周辺には探索者向けの店や、探索者協会が管理しているドロップ品を売買する建物などがある。
だから時々探索者であろう人達を頻繁に見かける、ダンジョンドローンを引き連れて歩いている人もいるな。
メインホールへと続くゲートを通ると、受付カウンターが見えた。
端末で探索者登録の予約を入れ、21番の番号札を受け取ってしばらく待つ。
すると無機質な声のアナウンスで俺の番号が呼ばれた。
「21番様、カウンターEへどうぞ」
俺は無言で立ち上がり、案内されたカウンターへ向かう。
そこには探索者協会の職員らしい女性が座っていた。
端正なスーツ姿に、表情の崩れない完璧な接客スマイルだ。
「身分証明になるものはございますか?」
「はい」
俺はリュックから身分証明書を取り出して彼女に手渡した。
女性職員はそれを受け取ると、端末にスキャンさせる。
ピッという電子音が鳴り、すぐに彼女の手元のモニターに何かが表示されたようだった。
それを少し操作して確認すると、彼女の表情が少しだけ崩れて真顔になり動きが止まる、だがすぐに笑顔を取り戻して話し始めた。
「確認できました。それでは生体登録を行いますので、着いてきてください」
俺は無言で頷き、彼女の後ろを歩く。
案内された小部屋は無機質な白で統一されていて、周辺には生体登録用の機械が置かれている。
「中央の床にある目印の上に立ってください」
彼女の指示に従って目印の上に立つと、まず目の前にあったカメラが写真を撮り、そして周囲の機械から光が走り、全身を細かくスキャンしていく。
機械の音が静かに鳴り響き、記録されていく。
「生体情報が正常に登録されました」
再び無機質な声が響き、俺は短く息を吐いた。
女性職員は淡々と頷くと、タブレットを操作して新たな画面を表示した。
「では次に、あなたのステータスの確認を行います。手をこちらの機械に入れてください」
俺はステータス鑑定機に手を入れて置くと、数秒後に短い電子音が鳴った。
機械からステータスが書かれた用紙が排出され、女性がそれを受け取る。
「以上で初期登録は完了です。また受付まで戻りますね」
「はい」
女性職員と共に小部屋から出ると、また受付に戻った。
「それではこれから探索者カードを作りますので少々お時間を頂きます。あちらのソファにお掛けになってお待ちください」
指示されたソファに腰を下ろし、俺は一息つく。なかなかやる事が多くて大変だったな。
視線を泳がせると、ロビーの一角にある大スクリーンが目に入った。そこでは現在進行中のダンジョン探索のライブ映像が流れている。
若い男女がダンジョンの中で魔物と戦い、時折ドローンがその動きを滑らかに追っているのが映し出されていた。
しばらくそれを眺めて時間を潰していると、またアナウンスで呼ばれた。
「鈴木海人さん。カウンターEへお越しください」
言われた通りにまた受付に行くと、彼女の手には黒地に銀のラインが走るカードが握られていた。
「こちらがあなたの探索者カードになります」
受け取ったカードは、想像以上に重みを感じた。
表には俺の正面からの写真と俺の名前、そしてG級と記入されていた。
「本日からあなたは正式に探索者として認定されました。入場の際にはそちらのカードを提示してください。
そして、こちらは探索者専用のスマートフォンになります」
彼女が差し出したのは、黒を基調とした薄型の端末だった。見た目は一般的なスマホとそう変わらないが、背面には探索者協会のロゴと個別認証用の銀色のコードが刻まれている。
「この端末はダンジョン内での位置情報の共有、依頼の確認、ステータス管理、そして探索Lifeとの連携など、探索者活動に必要な機能がすべて備わっています」
俺は無言で頷き、それを受け取った。
手にした瞬間、端末が振動して、画面に俺の名前とIDコードが表示された。
次は複数のレンズがある白い球体、ダンジョンドローンを取り出した。
「これはダンジョンドローンです。ダンジョン内を探索する際は必ず起動させてください。
ダンジョン内にいることが認識されると自動で探索Lifeにて配信されます。探索者専用のスマホで色々と設定できますので確認しておいてください。
ダンジョンドローンは魔石を触れさせるとエネルギーを吸収させることができますので、魔物から手に入れた魔石は一定量取っておくようにしてください」
「分かりました」
俺は頷きながらダンジョンドローンを手に取った。
手のひらサイズの球体は想像よりも軽く、それでいて、内蔵された無数のレンズがこちらを見つめ返してくるような錯覚に陥る。
「現在、このドローンはスタンバイ状態です。スマートフォンと接続すれば、自動で同期が開始されます」
彼女の言葉に従い、端末を操作して接続画面を開くと、すぐにドローンが低く唸るような音を立てて起動した。
レンズ部分が淡く青く光り、浮遊するように宙に持ち上がる。
「認証完了。探索Lifeとの連携が正常に確認されました」
無機質な音声がドローンから発される。
「装備支給カウンターで装備セットの受け取りをお忘れなく。それが終われば、いつでも美女木ダンジョンへの入場が可能となります」
「ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げると、彼女はニッコリと笑った。
受付をあとにして、俺はリュックの中にドローンと端末を大事に収め、装備支給カウンターへと向かった。
受付にいる男性に声をかける。
「すみません、装備の受け取りができるって聞いたんですけど」
「はい。探索者カードをお借りしてもよろしいですか?」
俺は頷いて、リュックから探索者カードを取り出し、男性に手渡す。
カードを受け取った彼は、手元の端末に読み込ませると、小さく相槌を打った。
「確認できました。少々お待ち下さい」
そう言って、後ろにある棚から黒い革のリュックと短剣、そして迷彩柄のジャケットとズボンを取り出し、カウンターに並べた。
それぞれの装備は新品のようだ。
「これらは盗賊職の新人探索者様に配布しているセットになります。
まずこちらのリュックが最下級ではありますが、異空間収納リュックとなっております。
10ftコンテナ程度の容量となっておりますが、重量は関係ないのでどんどん入れちゃってください」
男の言葉に少し驚く。異空間収納なんてもの、最下級とはいえ新人にも支給されるのか。
「次にこちらの短剣は、ダンジョン産ですので通常の短剣よりも、若干ですが耐久性が高いです」
男が短剣を手に取りながら説明する。
「最後にこちらのジャケットとズボンですが、マジックスパイダーの糸が素材の耐魔繊維が織り込まれおり、低位の魔法に対して耐性があります。
そして動きに支障がない程度に防刃プレートが仕込まれていますので、接近戦の多い探索者にはありがたい仕様ですね」
そう言って男は軽く笑った。俺は無言で頷きながら、その装備をじっと見つめた。
まだ未熟な俺には過ぎた装備にも思えるが、それだけ危険が伴うということなんだろう。
男は最後に端末を俺の前に差し出した。
「では、こちらに署名をお願いします。これで支給完了となりますので」
俺はスタイラスペンを手に取り、名前を記入する。
その瞬間、確認の電子音が鳴った。
「これで装備の支給は終了です。ダンジョン内では無理をせずに、危険を感じたらすぐに脱出してくださいね」
「はい。ありがとうございました」
俺は軽く頭を下げ、支給された装備と元々持っていた荷物を異空間収納リュックへ詰めていき、受付から離れた。
そして軽く伸びをする。
(思ったよりもあっさり終わったか。それじゃあこの辺りを探索してみようかな)
そう思った俺は探索者協会から出て、周辺を探索することにした。