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第6話 酒臭いおっさん

探索者登録が終わって外に出る。探索者協会の周辺は、まるでテーマパークのように賑わっていた。

ダンジョン入口へ続く大通りの両側にダンジョン産のアイテムや装備類を扱う様々な専門店、修理やカスタムを受け付ける装備工房などが立ち並び、探索者たちが行き交っている。

俺も眺めて歩いていると、頬を少し赤らめているおっさんが俺に絡んできた。


「おうおう小僧!おめぇ新人だなぁ!?」


「あ…はい。そうですけど」


「ならしょうがねぇ!B級探索者の俺様が案内してやろうじゃねぇか!」


全身からアルコールの臭いが漂ってくる。この人相当に酔ってるけど、B級ってことはかなりの実力者だな。

まぁ善意で言ってるっぽいし、素直に案内してもらうか。


「ありがとうございます。俺は鈴木海人って言います」


「敬語なんてすんじゃねぇ!男だろ!あっ、俺は立花太一だ、よろしくな」


「う、うん?よろしく」


急にテンションが上がったり、落ち着いたりと忙しい人だな。

立花さんは鼻を鳴らしながら、俺の肩をガシッと掴んで引っ張るように歩き出した。

完全にペースを握られてるが、抵抗するのも何だか悪い気がして、俺は大人しくついていく。


「まず見せてやるよ、あそこがアイザワ工房。武器のカスタムに関してはここじゃトップクラスだ!金はかかるが、職人の腕は確かだぜ」


立花さんが顎で指したのは、黒い鉄骨フレームに囲まれた無骨な建物だった。

入口からは金属を叩く音と、火花がチラチラと漏れていて、まさに“鍛冶屋”という言葉がぴったりだった。


「へぇ…すごいな」


「だろ?まぁ新人にはまだ早ぇかもしれんが、いいもんを見とくに越したことはねぇ。次行くぞ!」


そう言ってまた俺の腕を引く立花さん。目の前の通りを横切りながら、次々と店や施設を紹介してくれる。

スキルスクロール専門店、回復アイテムにが置いてある薬屋、さらにはダンジョンで拾ったアイテムの鑑定をしてくれる鑑定屋まで。

そして次は依頼が大画面で表示されている待合場所のような所だった。


「ここは中央電子掲示板だ!公式ルートだけじゃなくて、個人の依頼も見れるから新人はとりあえず目を通しといて損はねぇな!

スマホよりも大きくて見やすいってのが何より良い!」


「ハハハ、なるほど」


「ああ…おっ!ありゃフルーツトレントの果実酒じゃねーか!

そんじゃな小僧!あっけなく死ぬんじゃねーぞ!男は夢を大きくな!!」


そう言い残すと、立花さんは目を輝かせながら酒屋の方向へ一直線に走っていった。

ふらつきながらも迷いのない足取りで、まるで光に導かれる虫のようだ。


(…何だったんだ、あの人)


思わず小さく笑ってしまう。酔っ払いだけど、妙に憎めない人だったな。だけど教えてもらった情報は確かに役に立ちそうだ。

さてと、もう16時になるし帰るとするかな。ダンジョンは明日行ってみることにしよう。

俺は肩に掛けたリュックを軽く持ち直し、探索者協会を後にした。



「ただいまーっと」


もちろん返事はない。俺は黒革のリュックを下ろすと、中から荷物を全部取り出した。

そして探索者カードをスマホで撮って、母さんに送る。


『無事探索者になれたよ^^明日早速行ってみる予定』


というメッセージも添えて。

俺は探索者専用のスマホを開き、探索Lifeからダンジョンドローンの設定を見る。

そこにはコメントの表示方法、カメラアングル、AI探索アドバイスを使用するか、などの設定があった。

面倒くせぇ…なんて思っていると、個人の行動スタイルに合わせて設定していく簡易モードがあることに気づいた。

俺は迷わずそれを選択する。俺はスマホを放り出してベッドに倒れ込んだ。


(ついにダンジョンかぁ…頑張ろ)





翌朝、目覚ましのアラームが鳴り響く前に自然と目を覚ました。

今日は初めてのダンジョン挑戦だ。布団から抜け出し、簡単に準備を整える。

探索者協会から受け取った迷彩柄のジャケットとズボンを身に着け、朝食を軽く済ませる。

スマホをチェックすると、母親から返信が来ていた。


『おめでとう、無理しすぎないように』


「簡潔だな」


俺は軽く笑って『うい』と返信し、スマホを黒革のリュックへしまう。

ダンジョンドローンと短剣も忘れずにリュックに収納し、俺は玄関のドアを開けた。

澄んだ朝の空気が一気に肺に流れ込んでくる。

今日は雲ひとつない快晴だ。また駅に行き美女木支部へ向かうシャトルバスに乗り込んだ。


美女木支部にあるダンジョンは平原や森、山々などがある自然溢れる世界だ。

基本的に入口から近い平原にはスライムやゴブリンなどの弱い魔物しか出ないので、とりあえずはその辺りを探索することになるかな。

しばらく経つと探索者協会美女木支部に到着した。俺はバスから降りて入口まで向かう。まだ早朝だからか探索者の数は少ないな。

俺はダンジョンドローンを取り出して起動させると、ダンジョンドローンは浮かび上がって俺に着いてくる。


ダンジョンの入口は両開きの巨大な門だ。そこから直接ダンジョンに繋がっていて、広大な平原が見えている。

入口前には簡易的な柵が設置されていて、柵が無く空いている所では数人の警備員と探索者協会のスタッフ達が立っていて、入場のチェックを行っていた。

俺はそこに行くとスタッフに声をかけられる。


「探索者カードを貸してくれるかな」


「はい」


俺が探索者カードを取り出して渡すと、スタッフは手元の端末に通して確認する。


「G級…新規の探索者か。ダンジョンドローンはしっかり起動させているね。うん、大丈夫そうだ」


スタッフは小さく頷くと、探索者カードを俺に返してきた。


「最初は平原での活動を推奨してる。無理せず、異常があればすぐ戻るようにね」


「はい、ありがとうございます」


カードを受け取ってしまいながら、俺は軽く頭を下げた。 

スタッフが柵を開けると、いよいよダンジョンの内部へと足を踏み入れた。

足元に広がるのは一面の草原。時折吹く風が、静かに草の海を揺らしている。

思っていたよりも、ずっと穏やかで美しい景色だった。


ダンジョン側の入口にも警備員が数人立っている。

俺は呼吸を整え、リュックから短剣を出した。ダンジョンドローンが小さくブーンと音を立てながら、俺の真上をふわふわと付いてくる。


「…行くか」


誰に聞かせるでもない呟きを吐き出して、俺は草原の奥へと、一歩踏み出した。

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