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第9話 森のくまさん

屋台街を抜けて大通りに行くと、何か人集りが出来ていた。

何なのか気になり少し近付いて見てみる。

そこでは20代ぐらいの人たちが中心で集まっているようだった。


「すげぇ!コウタtvさんだ!」


前にいる男性が目を輝かせながらそう叫ぶ。

コウタtv…?たぶん探索者の人達が熱狂してるってことは探索Lifeで活動してる配信者の人なのかな。


少し背伸びして覗いてみると、そこには金髪オールバックのド派手な赤いジャケットを羽織った男がいた。

サングラス越しでもわかるくらい、表情は自信に満ち溢れている。どこか昔の不良のような雰囲気だ。


空中にはダンジョンドローンが浮いている。リアルタイムで周囲を撮影…いや配信もしてるみたいだ。


「まじかよ、あのアラクネクイーンをソロで倒した配信リアタイで観てたわ!」 「サインもらいてぇ〜!」

「最近ダンジョンスターに所属したんでしょ!?」「そうそう!アカリ様も来ないかな〜」


取り巻きの中には女の子も混ざっていて、みんなスマホを手にして興奮気味に騒いでいた。


「ハッハッハ!みんな俺のこと好きなのは分かったからいい加減どけぃ!これからダンジョンに行くんだよ!」


白い歯をむき出しにして満面の笑みを浮かべながら、コウタtvは群がる野次馬たちを押しのけてダンジョンへと向かっていった。

いかん、何から何までタイミング悪いな。これから治癒の花を集めに行こうとしてたのに、ダンジョン内に人が多くなるかもしれない。


(まぁ、仕方ないか)


俺はダンジョンの入口である大扉に向かうと、案の定そこでは列が出来ていた。心の中でため息を吐きながら、その列に加わる。

待ってる間にダンジョンドローンを起動させておいた。そして少し経つと俺の番になり、探索者協会のスタッフに探索者カードを渡して、スタッフが端末にカードを通すと平原のダンジョンに入った。


「ふぃ〜、わりと待ったな」


軽く伸びをしてリュックから短剣を取り出す。治癒の花を見つけるためにも、なるべく人がいない所にいかないとだな。

周囲を見渡して、人が少ない方へと足を運ぶ。

配信もダンジョンに入ったことで開始されているだろうが、視聴者はゼロか数人程度だろう。


しばらく治癒の花を探しながら歩いていると、ガサリと不自然な音が左手の茂みから響いた。

すぐに足を止め、草の間に目を凝らす。

手元の短剣を握り直し、俺は気配を探るように身構えた。

ヒョコ、と茂みから現れたのは、ウサギだった。

耳の先が裂け、瞳が赤く光っている。黒い体毛は濡れたように艶やかで、口元からは鋭く尖った牙が覗いていた。


(ファングラビットか…1匹いるということは)


ひょこひょこっと追加で2匹のファングラビットが現れる。こいつらは肉食のウサギで跳躍力を活かした突進で噛み付いて、強靭な顎で噛み千切る。

噛み付きさえ注意していれば、一体一体は大したことがないが、若干厄介な相手だ。


俺は地面を蹴って一歩下がり、間合いを広げた。

ファングラビットたちは低く唸るような鳴き声を上げながら、こちらを囲むようにじりじりと動く。


呼吸を整え、膝を軽く曲げる。短剣を握る手に力を込めた瞬間、最初の一匹がぴょんと跳ねた。

それと同時に、俺も地を蹴って間合いを詰め、跳びかかってくる一匹の喉元へ短剣を突き立てる。

手応えと同時に、ファングラビットは光となって消える。


左右から迫る二匹目と三匹目が見えた。俺は姿勢を低くして素早く前方にステップする。

跳びかかってきた奴らが空振って地面に着地する。

俺は隙を晒している片方のファングラビットに短剣を突き刺した。ファングラビットはギャンッと短い悲鳴を上げて動かなくなり、光となって消える。

残った一匹が牙を剥き出しにして突進してきた。


突進してくるファングラビットにタイミングを合わせて短剣を勢いよく突き立てる。頭に短剣が突き刺さったファングラビットは光となって消えた。


「ふぅ、上手くやれたな」


俺は周囲を確認すると、ファングラビットがドロップした魔石3つとファングラビットの後ろ足だと思われる肉6つをリュックにぶち込んだ。

そしてまた治癒の花を探すために歩き出した。周囲を警戒しつつも気持ちの良い風を感じながら歩く。


「魔物がいなけりゃ、昼寝でもしてやりたいもんだが…」

「海人様、残りのエネルギーが60%を下回りました」


「うおっ!!」


突然ダンジョンドローンが無機質な声で喋り出して驚く。


「ビックリした……魔石を触れさせれば良いんだよな」


俺はリュックからゴブリンの魔石3つを取り出してダンジョンドローンに当てる。

すると魔石が全て粉々となり、細かい砂となって崩れた。そして再びダンジョンドローンが喋り出した。


「エネルギーが72%まで回復しました」


「む、中々厳しいな。魔石は全部取っておいたほうが良いかね」


そう言いながらまた歩き出した。鼻歌をしながら歩いていると、森の付近でようやく大きな緑色の花、治癒の花を見つけ出した。

それも10本以上は確実にあるのが分かる。


「大当たりだな」


思わず声が漏れた。どれも質が良さそうで数も多い。こりゃいい稼ぎになるな。

周囲に魔物の気配がないことを確認し、俺はしゃがみ込んで慎重に花を摘み始めた。

一つ、また一つと摘んでリュックにぶち込む。こういう静かに黙々と作業する時間も悪くないな。


「よしっと。これで12本目か、あと少し…」


その時だった。


「くそっ……やべぇ…」


明らかに人間の声が近くから聞こえた。

俺は咄嗟に身を伏せ、音のした方に目を向ける。


木々の影から現れたのは、血まみれの青年だった。年は俺と同じくらいか、ちょっと上くらいか。

肩で荒く息をつきながら、手には血塗れの剣を握っている。その後ろから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。


(フォレストベアかよ…!)


深緑の毛に覆われ、鋭く長い爪がある大きな熊だ。

森の少し深いところで現れる魔物だが、レベル1の俺にはさすがに厳しい。だが俺が見捨てれば確実にあの青年は死ぬ。


どうにかヘイトをこっちに移して、森の中で逃げ回ってみるか。

歯を食いしばり、リュックを背負い直す。短剣をしっかり握り、地面を蹴ると同時に大声を張り上げた。


「おらぁぁ!!こっちだ、このクマ!!」


フォレストベアの巨体がビクリと揺れる。そして、その赤黒く濁った目が俺を捉えた瞬間、地面が震えるような勢いで突進してきた。


(そんな食いつくの!?)


ギリギリで横に飛んで木の陰に身を隠す。フォレストベアが木に爪を叩きつける音が背中に響いた。木の幹が裂け、破片が宙に舞う。


「逃げろ!走れ!」


さっきの青年に叫ぶ。視線をチラッとやると、彼はフラつきながら反対方向へと走り出した。

よし、一応誘導は成功だ。あとはこっちが逃げ切れるかどうかだな。


俺は全力で森の中を駆ける。枝が頬を掠め、足元の根に引っかかりそうになる。だがそんなの気にしてられない。背後では、獣の唸り声と足音が地鳴りのように迫ってくる。


茂みを飛び越え、倒木を踏み台にして滑るように前方へと抜け出す。フォレストベアは巨体を持て余し、狭い木々の隙間に突っ込んで何度も速度を落としていた。


(よし、少しは撒けてきたか……)


そう思った瞬間、右手から突然、木を薙ぎ倒してフォレストベアが姿を現した。

どうも苛立っているからか、速度が増しているように見える。


(きっつい…!!)


常に全力疾走をしているからか息が切れてきた。けど、止まったら死ぬ。俺は奥歯を噛み締めて走り続ける。

すると先ほどの治癒の花を取っていた場所に出てきた。


(戻ってきたか…どうすっかな)


このままだとジリ貧だ。一か八か、戦ってみるか。

俺は森から出ると、フォレストベアへ振り返って、短剣を握りしめる。

フォレストベアも俺に向き合うと、後ろ足で立ち上がって威嚇してくる。


「グオオオオオォォ!!!」


耳が裂けるような咆哮が、空気を震わせた。


(こっわ…)


俺は短剣を握り直し、呼吸を整える。

目の前のフォレストベアは、今にも飛びかかってきそうに爪を振り上げていた。

動きは荒々しいが、あの巨体の一撃を食らえば一発で終わる。地響きと共に、フォレストベアが飛び込んできた。


俺はその爪の軌道をギリギリで読み、横へステップ。

爪が地面を裂き、土と草が弾け飛ぶ。すかさずその腕の脇腹へ、短剣を突き立てた。

だが筋肉と体毛に阻まれ、深くは刺さらない。逆にフォレストベアが咆哮し、振り払うように俺を跳ね飛ばした。


まるで車にでも跳ねられたかのような衝撃。吹き飛ばされながらも体勢を立て直す。


「だめだこりゃ。避けることを最優先だな」


そう言ってフォレストベアと向き合った。すると、何故かフォレストベアの動きが止まる。

そしてフォレストベアの首がズレ落ちた、フォレストベアが光の粒子となって消えていく。


「な、なんだ?」


「俺の忠告を無視したのかぁ?悪ガキ」


背後から声が聞こえ振り返ると、そこには立花さんが立っていた。

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