目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 甘え

「俺の忠告を無視したのかぁ?悪ガキ」


首がズレ落ちたフォレストベアを見ていると、後ろには刀を手に持った立花さんが立っていた。

だがその顔には笑みは浮かんでおらず、真顔だ。俺は慌てて弁明をする。


「いや違いますよ。俺と同じくらいの人がフォレストベアに追われてたんで代わりにヘイト貰ってあげたんですよ。

その人重傷みたいだったんで」


「なに?じゃあ救難信号はお前からじゃなかったのか」


俺は首を横に振る。


「いや、俺じゃないっすね。たぶんその重傷の人だと思いますけど…」


「重傷か…『フェアリーガイド』」


立花さんは顔をしかめてそう言うと、緑色に光る球体が現れた。


「怪我を負った人間を探せ」


フェアリーガイドはかすかに鈴のような音を立てながら、ふわりと宙を舞い始めた。そして迷いなく、別の方向へと進んでいった。

立花さんがそれを追って歩き、俺もその後を追う。


少し歩くと、フェアリーガイドが木の前で止まってその場をくるくると回って消えた。

そこには、血まみれの青年が木に寄りかかっていた。逃げろとは言ったが、さすがにこの状態では無理だったか。

さっきと変わらず顔色は悪いが、意識はあるようだ。


「こりゃひでぇな。えーっと、ポーションポーション…」


立花さんは自身のリュックから緑色の液体が入ったペットボトルを取り出した。

そして蓋を開けると、それを青年の全身にかけていった。液体は粘性があり、ドボドボと出ていく。

かけられた瞬間にじゅわっと白い蒸気を立てながら傷口へと染み込んでいった。青年は苦悶の声をあげ、全身をビクリと震わせる。


「ぐっ…!」


「我慢しろ。これは濃縮ポーションってやつだ。

市販のポーションの数倍は効くが、浄化の効果も上がってるから痛みも増す」


立花さんは淡々と言いながら、液体の残りを最後まで使い切った。そしてポーチから今度は白い包帯のようなものを取り出し、素早く青年の体を慣れた手つきで巻いていく。


「命に別状はないな。海人、担いでやれ」


「うっす」


俺は頷いて、リュックを前にして、背中に青年を乗せた。


「すまん…助かった」


弱々しい声が耳に届く。顔を向けると、彼は俺のことをじっと見ていた。

目に宿るのは感謝と、どこか申し訳なさそうな色。血だらけで分からなかったが、意外とイケメンなんだなこいつ。


「気にすんなよ……いや、少しは気にしたほうが良いな。立花さんが来なかったら危なかったし」


「ほんとだぜ。万が一それで海人が死んでたら探索者登録取り消し、最悪捕まってたな」


「そうですよね…」


青年は落ち込んだような顔をする。俺は話を変えるついでに気になっていたことを聞いてみる。


「何で1人で森に?それに名前は?」


「日野だ。…実は俺、職業が格闘家で、平原の魔物じゃ物足りなくなったから森に入ったんだ。

いけるかと思ったんだけど……」


「あぁ〜、力が高い近接職にありがちなやつだな。調子に乗って深追いして、戻れなくなるパターン。

今回は運が良かったな」


「ハハ…そうですね」


日野は力なく笑った。けどその表情には、まだくすぶってる悔しさと情けなさが見える。

歩いていると、出口の大扉が見えてきた。

大扉が近付くと、警備員の1人が俺たちに気付き、近付いてきた。


「どうも、立花さん。その子が救難信号の?」


「ああ。一応ポーションはぶっかけておいたが、まだ怪我があるかもしれねぇ」


警備員は頷き、すぐにインカムに向かって短く指示を飛ばした。


「救護班、至急入口に来てくれ」


それからこちらに視線を戻すと、俺の背中の日野の様子を確認するように覗き込んだ。


「大丈夫か?」


「はい。今はだいぶ回復してきています」


「そうか。君、その人をブルーシートの上に」


「うっす」


俺は敷かれてあったブルーシートの上に日野を下ろした。警備員は頷くと、大扉から救護員たちが現れた。

そして治癒系のスキルを使って治していっている。その姿を見て、俺はようやく安堵の息をついた。


「海人、ちょっと来い」


立花さんが俺に肩を回しながら、治療している日野から離れていく。そして話しだす。


「今回、たまたま俺が近くにいたから良かったが…もし同じようなことがまたあったら、迷いなく見捨てろ。

じゃなきゃ次死ぬのはお前だ。分かるな?」


「…はい」


「弱いやつを救えるのは強いやつだけだ。お前はまだ弱い、それを忘れるな。正義感もいいが、それで命を落としたら本末転倒だ」


言葉は冷たく聞こえるが、立花さんは俺のことを思って言ってくれてるのだろう。

俺は少しだけ反論しようとした。口を開いてから、言葉が詰まる。

それでも、助けようとした自分の選択を、完全に否定する気にはなれなかった。


「俺、たぶん見捨てられないっす。見捨てたら、その時のこと後悔し続けると思うんで」


立花さんは少しだけ眉を上げ、俺の目を見つめる。その沈黙が妙に長く感じた。

そして、ぽつりと一言。


「ったく…生意気言うじゃねぇか。まぁ、そうやって痛い目見ながら覚えていくもんだ」


立花さんの口元に、かすかに笑みが浮かぶ。

その瞬間、立花さんの指が俺の額を軽く弾いた。


「いって!」


「そんじゃあな。死ぬんじゃねぇぞ」


立花さんはどこか懐かしそうな顔をしながらダンジョンから出ていった。

俺も日野さんに軽く声をかけ、ダンジョンから出た。そしてまっすぐドロップ品の買取所に向かった。本日二度目だな。


俺は買取所内に入ると、中には何人かの探索者がいた。俺は空いている端末台に行き、探索者カードを差し込む。

そしてダンジョンポイントでの受け取りを選ぶと、ベルトコンベアの上に板をセットして、その上に12個の治癒の花を並べる。

ベルトコンベアのボタンを押すと、稼働して流れていった。


そしてタッチパネルに精算された物が表示される。


ーーーーーーーー

『治癒の花』×12

3600円

『納品報酬』

5000円


『売却費用』

−86円


合計8514円

ーーーーーーーー


思ったよりは悪くない、今日の手応えを思えばこんなもんか。俺は確定を押して、探索者カードを引き抜く。

そして買取所を出ると、外に出た。空は夕焼け色に染まり始めている。


「よーし、帰るかな」


軽く伸びをすると、バス停まで歩き出した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?