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第14話 調査

洞穴から離れていこうと歩いていると、一之瀬さんのポッケに入っていた探索者用のスマホから通知音が聞こえた。

一之瀬さんがスマホを取り出すと、少し驚いた顔をする。


「探索者協会からの通話だわ」


「えっ?なんだろうね」


「ええ…」


一之瀬さんは通話に出る。


「はい。一之瀬です」


「『一之瀬様ですね。こちら、探索者協会通信部です。先ほどご報告いただいた小型ダンジョンの件についてお話がございまして』」


通話のスピーカーからは、落ち着いた女性の声が聞こえる。


「お話…ですか?」


「『はい。近隣にいるお二人に、内部の映像をより詳しく調査するために小型ダンジョン内に入ってほしいのです。


小型ダンジョン内のボスと魔物は犠牲となったD級探索者様によって倒されましたので、あと1時間もしないうちに崩壊します。内部はそれほどまで広くありません。


報酬はお二人に10万ダンジョンポイントと、中にあるドロップアイテムの保有権となります。犠牲となった探索者様の遺品を回収したら、報酬に10万プラスさせていただきます』」


一之瀬さんが迷うように軽く視線を泳がせて、俺に顔を向ける。

報酬は魅力的だけど、本当に安全なのだろうか。俺は一之瀬さんのスマホから相手に話しかける。


「すみません。パーティーメンバーの鈴木です。自分たちはレベル1のG級なんですけど、内部は本当に安全なんですかね?」


「『はい。お二人の力量については把握しております。

犠牲となった探索者様のダンジョンドローンの映像を見るかぎりでは、すでに全ての魔物は倒されており、隠し通路などの魔物が隠れられそうな場所も確認されておりません。

その探索者様は盗賊でしたので、見逃すこともないでしょう』」


「…なるほど。それなら…」


俺は一之瀬さんと目を合わせて頷く。一之瀬さんは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに頷いた。


「分かりました。内部の調査と遺品の回収、任せてください」


「『ありがとうございます。それでは、お二人のご無事を願っています』」


「はい」


通話が切れた。スマホをポケットに戻す一之瀬さんの指が、かすかに震えていたのを俺は見逃さなかった。


「それじゃ、早めに済ませちゃおうか」


「ええ。そうね」


俺たちは武器を構えて小型ダンジョンの入口へと向かう。近づくにつれ、洞穴の内部から漂ってくる空気が変わっていくのが分かる。


ダンジョンドローンがふわりと俺たちの頭上に追従する。洞穴に一歩、足を踏み入れると、ドローンのライトが明るく点灯した。

薄暗かった内部は、ハッキリと見えるぐらいに明るくなっている。


少し進むと、途中で洞窟の岩壁に寄りかかって座っている、男性の探索者の遺体があった。彼が着ている探索者用の衣服はボロボロになっていて、深い傷がいくつもあるのが見えた。

軽く手を合わせて、遺体に触れさせてもらう。


「持っていくのは、リュックと腰にあるナイフぐらいかな」


「そうね」


俺はナイフを、この男性が持っていた異空間収納リュックの中に入れて持ち上げた。

俺たちは再び進み始める。通路は奥へ続いており、壁面にはかすかに爪痕のような傷が点々と走っていた。すでに魔物はいないとはいえ、緊張は抜けない。


十数メートル進むと、開けた空間に出た。ここで戦闘があったのだろう、床の一部が抉れており、魔法の焦げ跡のような黒ずみが散っている。

そして、数多くの魔石や大きな毛皮、そして鉄のような長い鉤爪がいくつも落ちていた。

他に道がないので、ここで終わりみたいだ。


「…全部探索者さんのリュックに入れちゃおっか。俺らが手に入れて売るのも何か違うだろうし」


「ええ。それが良いわ」


俺は頷いて、ひとつひとつ丁寧にドロップ品を拾い上げていく。魔石のひとつひとつが、戦いの重みを物語っているようで、指先にずしりとした感触が残った。

全てリュックに入れると、俺は一息つく。


「よし、じゃあ戻ろうか」


そう言うと、一之瀬さんは小さく頷く。そして戻っていくと、一之瀬さんは遺体の前で立ち止まった。

なんとなく、一之瀬さんが言いたいことが分かった気がして、提案してみる。


「この人、担いで大扉まで連れていこうか?」


「…私も、同じこと考えていたけれど…出来るかしら」


「そこまで距離もないし、行けるんじゃないかな。俺が運んで行くよ」


一之瀬さんはほんの少し目を伏せて、それから静かに頷いた。


「そうね、やってみましょう」


なるべく遺体を傷つけないよう、毛皮に包んで慎重に抱きかかえ、俺の肩に担いだ。

そして来た道を引き返して洞窟の小型ダンジョンから出ると、大扉に向かって歩き出した。

一之瀬さんは、あまり動けない俺の代わりに、いつも以上に辺りを警戒している。


平原では幸いにも魔物と遭遇することはなく、大扉に到着した。周辺には何人かの探索者もいる。

すると大扉の前にいた警備員たちが駆け寄ってくる。


「その肩に担いでいるのは、ご遺体ですね?」


「はい。誰なのかは分からないんですけど…」


「ああ。報告は受けています。帰還モードのダンジョンドローンも確認しました。ゆっくり下ろしてください」


警備員さんに手伝ってもらって、ゆっくりと地面に下ろすと、警備員さんはリュックの中から探索者カードを確認し、静かに頷いた。


「D級探索者の伊藤仁さんですね。遺体と遺品は、我々が責任を持って引き取りますので」


「は…?伊藤?」


近くにいた若い男性の探索者がこちらに歩いてきて、驚いた顔をする。


「マジかよ…伊藤…」


その男は唇を噛み締めながら、遺体に近づいて膝をついた。

目の前の現実を受け入れきれないように、何度も伊藤さんの顔と探索者カードを交互に見つめている。


「くそっ…信じらんねぇよ。昨日、俺に言ってたじゃねぇか。

明日は午前中に切り上げて、昼から居酒屋に行くって…」


声が震えている。「お知り合いの方ですか?」と、一之瀬さんが小さく訊ねると、男はゆっくりと頷いた。


「同期だったんだよ…いつも背中を追いかけてたのに……こんな、形で……」


沈黙が落ちた。風が草を揺らす。警備員たちが丁寧に遺体を運んでいくと、1人の警備員さんが話しかけてきた。


「君たちはもう大丈夫だよ。とりあえず休憩してきなさい」


「分かりました」


俺と一之瀬さんは並んで、大扉をくぐってダンジョンから出ると、大通りの脇にあったベンチに座った。


「ふぅ…なんか、大変だったね」


「そうね。探索者をやるなら、これから何度もこういった経験をするのでしょうけど」


「そうだね。おっと、ダンジョンドローン停止させよっか」


「そうだったわね」


お互いにダンジョンドローンを停止させると、リュックにしまう。


「あとマッスルピッグ1体で依頼は終わりね」


「うん。午後はそれをやったらとりあえず終わりかな。そういえば、調査の報酬はもう入ってるのかな」


俺は気になって探索者用のスマホからダンジョンポイントの残高を見てみると、30万が振り込まれていた。

詳しく見てみると、プラス10万が報酬で追加されていた。おそらくは遺体を運んだからだろう。


「30万振り込まれてたよ。プラス10万は遺体を運んだ分の追加報酬かな。たぶん」


「なるほど。それなら、依頼が終わったらスキルスクロールでも見に行きましょうか。30万もあれば1つくらいは買えるでしょう」


「それが良いね」


暗い空気を切り替えるように会話をする。

そして、俺たちはしばらくベンチの背もたれに体を預けて、大通りを行き交う探索者たちを眺めていた。

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